「──運命だと思うの。見えない糸に手繰り寄せられて私達は出会いを果たした。きっとこれは偶然じゃない、そう、全ては必然だったのよ! 黒曜石のような瞳を見て私は雷に打たれたようだった…今まで幾度も恋をしたけれど、こんな感覚は初めてだったの。この巡り合わせは神の思し召しなのよ……私と花礫くんがともに幸せになるためのデスティニー!!」
「頭にウジでも湧いてんじゃねェの」
「私の頭は燭先生も太鼓判を押したわ!」
「単細胞加減にか」
「花礫君ピンポン」
辟易した様子の男二人など意にも介さず、恍惚とした表情で雄弁に語る名前は渦中の人物の顔を見つめ夢見心地で息を吐いた。この間にも勝手な想像に付き合わされていると思うとゾッとする。寒気すら催される彼女の長話を聞き流しながら、花礫はつまらなさそうに頬杖をついた。
(何が嬉しくてこんな女の長ったらしい妄想話を聞かされなきゃならない)
のうのうと一人だけ安全地帯に佇む喰をキッと睨みつけながら、肯定するくらいなら何とかしろと目で訴える。が、容易く笑顔で一蹴された。
当然といえば当然だ、こうなるように仕組んだ元凶はあの青年なのだから。
幼馴染みの自分でさえ手に余るのだから、もういっそ本人に投げてしまえ。
それが青年…喰の心境であり、本音だった。
つまりは毎日惚気を聞かされる事に嫌気がさし面倒臭くなった為、彼女が心酔している花礫に直接言えと丸投げしたのである。とばっちりを食らった花礫からすれば全く迷惑甚だしい話だ。
まだこんな状況が続くのかと察するなり忌々しげにチッ、と舌を打った少年を見て、こんな子供のどこが良いんだかと喰は呆れ気味に肩を竦めた。
名前は未だ流暢に喋り続けている。
彼女が元から惚れっぽい性格をしている事は知っていたが、ここまで悪化していたとは知らなかったし知りたくもなかった。
チラリと一瞥した名前は頑なに花礫の手を離そうとせず、また喰の部屋から退室しようとする兆しも見せない。花礫は己の腕を掴む華奢な手を振り払おうと何度も試みているが、随分強く掴んでいるのか名前の手が離れる事はなかった。
(どんだけ馬鹿力なんだよ…!!)
好きなものは手放しませんと言わんばかりの輝かしい笑み。その含み笑いを目の当たりにした花礫はひくりと頬を引き攣らせた。
可哀想に、と憐れむ視線が少年に注がれる。
「っ、いい加減離せよ。もうその話は聞き飽きた」
「じゃあ私と花礫くんの未来について話し合う?」
「ばっ…かじゃねーの!? いやバカだったなオイやめろ離せ!」
「良い上腕二頭筋してるねー、花礫くん…抱いて!」
「マジでこいつ誰か煮るなり焼くなり何とかしろ」
話が通じない。
二の腕を血眼で撫でさする名前に鳥肌を立て、死に物狂いで魔の手から逃れようと足掻く花礫。あべこべな二人の姿を見て助けようと動くどころか寧ろ面白いと傍観している自分はやはり中々いい性格をしていると喰はほくそ笑んだ。
馬鹿は死んでも治らないからどうしようもないね、そう微笑めば剣呑とした光を宿す瞳が喰を射抜く。
相変わらず威勢はいいな、と感慨深くも失笑を零せば、喰はようやく重い腰を上げて花礫に張り付く幼馴染みの首根っこを引っぺがした。
「ちょ、喰!」
「…どうせ助けんならもっと早く助けろよ」
「助けてあげただけでも感謝してほしいんだけど?」
「お前って……も、いいや。あー、誰かの所為でムダに疲れた」
「大丈夫花礫くん? 私の愛のポーションいる!?」
「イラネ」
肩を回して扉に向かう花礫に「お疲れ様」と一応労いの言葉をかけておく。顔だけ振り返ったその表情は明らかに不機嫌さが際立っていて、名前に対する嫌悪を隠そうともしていなかった。
果たして彼の心情にこの鈍感な幼馴染みは気付いているのか否か。
どのみち今回も叶いそうには無いなと今後の予想を立て、いつか泣き付いてくるであろう彼女をどう慰めるかあらかじめ思考を巡らせておく。
自分でも損な役回りだと思う。
彼女の世話を受け持つことで生まれるメリットなんて微塵も無いのに、長く一緒に過ごすことで情にでも絆されたか。いつしか傷付いては泣いて帰ってくる幼馴染みを宥めるのは喰の役目となっていた。
(僕的にはそろそろ落ち着いてほしいんだけどね)
誰でもいいからこの子を受け入れてやってくれ。
若干投げやりにもなっている事は否めない。が、幼馴染みとして幸せになってほしいと思っているのも事実だ。けれど現状を見ていて花礫の態度から推察するに、あれは名前のことを好いているどころか疎んじてさえ居るだろう。
対する名前ときたら能天気なもので、昔から好きになったら一直線。猪突猛進のアタックを繰り返しては惨敗しているというのに懲りる様子もなく、再び新たな恋に落ちては前車の轍を踏む。
馬鹿と言わずなんと言おうか。このまま接し方を改めなければまた繰り返すだけだと、喰は嘆息せずにはいられなかった。
「いい加減、そのいたちごっこどうにかしたら?」
「……いやー、私こうする事でしか想い伝えらんないからさ! 面と向かって真面目にビシッと! なんて私のガラじゃあ無いじゃない?」
「名前の言い方はどうも嘘臭く聞こえるんだよ。信憑性の欠片もない」
「うわヒドッ。愛はたっぷり篭ってるよ」
「だったらそれらしく振舞ってみなよ。ツクモちゃんみたいな可愛げを見習っ………名前には無理か」
引き合いに出す人選を間違えた。
到底及ばないと首を振れば、「ツクモには敵わないよー」と名前もあっけらかんに笑う。
ここは笑うところじゃなく反省すべきところだと内心突っ込んだが、その笑顔が緩んだ隙に一瞬切ない影が落ちたのを喰は決して見逃さなかった。
彼女は知っていました。たった一人できた好きな人が、自分を嫌っていること。
然れど諦めませんでした。无や與儀、ツクモ達に見せるような笑顔を自分にも向けてほしかったから。
「私、欲深なの。欲しいと思ったら手に入れなきゃ気が済まない」
「………知ってるよ」
──嫌というほどにね。
にしし、と屈託無く笑う彼女はまるで挫折を知らない子供のようだ。いつでも全力でぶつかって全力で砕けて、それでもなお立ち上がる。
しぶとさで言えば輪の中でも群を抜くだろう。故にこっ酷くキイチやイヴァに叱られている場面も多々見られるが、皆そんな彼女の事を嫌いではなかった。
「いつか花礫くんに好きって言ってもらえるようになるまで頑張るんだー」
そうヘラリと笑った幼馴染みは、青年にとってひどく遠い存在に見えました。
(理解できない)(する必要もない)
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