白い梔子の花弁が、風に揺れる。


「……相変わらず、幸せそうな間抜け面晒して寝てんな」

 いつもと変わらない女の表情に男はぶっきらぼうにそう言いつつも、眼差しは宝物を慈しむように凪ぎ頬は柔らかく綻んでいた。

 風は穏やか、陽射しも麗らか。
 文句の付けようが無い優れた天候の中、二人は想い出に満ち溢れた例のテラスで向かい合わせに横たわっていた。

 女の返事は無く、指先すら動かない。
 本当にただ眠っているだけのように綺麗であどけなく、ウェディングベールを被せたらもっと綺麗になんだろなと花礫は物思いに耽りながら女の頬を撫でる。

 白い肌に温もりは、無く。
 これ以上体温が失われないように、細い身体を抱き寄せた。

「……寒ィか? 今日そんな気温低くねぇけど……お前、こんな冷てーもんな」

 でも、ココが良いんだろ?
 返事は無いのに、まるで彼女の表情は花礫の言葉を聞いてるような優しい微笑みが浮かべられていた。

 顏を覗き込むと彼女との色々な出来事が脳裏を過って泣きそうになる。
 告白され、すれ違い、追いかけて、捕まえて。
 子供も二人に恵まれ、自分でも驚くほど円満な家庭を築いて。今やその子供達も親元を離れて己の道を歩み出し、花礫と彼女の顏にも年齢の象徴であるシワが出来てしまったけれど。

 歳食ったな、俺も、お前も。

 鬱陶しいと、煩わしいと思っていた存在がこんなにも自分の生涯を逆転させるほどのかけがえない存在となるなんて思ってもいなかった。
 互いのシワをからかって笑い合うような年齢になり、前線からも外れた今となっては自分も緩やかな死を待つだけ。但しまだやり残したことがあるから、自分は今一緒に着いて行ってやることは出来ないけど。

「だからって、待ちくたびれて浮気なんかすんじゃねーぞ。目移りしてたら焼くか煮るか好きな方選ばせてやるかんな」

 ────名前。
 お前は俺の、唯一無二だった。


「 花礫くん 」
 当然のように俺の名前を呼ぶ凛とした声が好きだ。
 そう言ったら、きっとお前はスゲェ驚くんだろうな。もしかしたら熱でもあるのかと言われるかもしれない。それくらい俺は意地っ張りで、素直さの欠片もなかったから。

 だけど、
 もしもやるべき事を果たして、天寿を全うした後その手を差し出されたならば、きっと俺はすぐさまその手にしがみ付くのだ。手と言わず、全身で抱き付いてしまうかもしれない。

 恥も外聞もなく。
 一片の迷いもなく。
 二度と離さぬように。

 そうしたらきっとお前は面食らった顔をした後、今のように優しく微笑んで受け止めてくれるだろう。

 そして今度は抱きしめてくれる。
 得意げな顔で嬉しそうに俺をその腕に閉じ込めるだろう。

 それからもう一度俺の名を呼ぶ筈だ。
 確かめるように、愛おしむように。

「健やかなる時も病める時も…か」

 左手を翳すと薬指に嵌ったシルバーリングが光に反射する。
 永遠なんざ信じてない。
 いつだって必ず終わりは来る。
 だけど終わったなら、また一から始めれば良いだけの話だ。


 なあ、そうだろ?


「………またな、名前」


 俺がお前を見つけるその日まで。
 少しの間だけ、遠距離恋愛を始めよう。


「おやすみ」


 ──ありがとう、
 今だけの、さようなら。


END.
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