春が来て、夏が来て、
四季がめぐり、記憶が想い出となり、
いつしか記憶は薄れ、
人はそれを過去と呼ぶけれど、
なお得てして忘れられないものがある。

それが温かなものであるほど、人は幸せだったと微笑うのだ。


「──ああ、そうだな。すれ違ってばっかだったこいつらは人によっちゃ哀れだと思うかもしれないし、悼ましいとも同情するだろう。何度想いが通じて実を結んでも最終的にはいつの時代も同じ終末を迎える。どれだけ二人が葛藤して足掻こうが苦しもうが、それが定められた天命なんだと世の理のように同じ円環を辿る。平門も名前も、凄えやり切れなかったろうし悔しかったろうな」


ぼんやりとベッドに眠る男を見つめながら、朔は滔々とした口調でかつての戦友達を物語った。


────今度こそ。
そんな一念は、本気で愛し合っていた二人をどれほど傷付けたのだろう。戒めたのだろう。
こんな誰も浮かばれない決断を下さなければならないほど思い詰めてしまうものだったのか。他に最善の選択は残されていなかったのか。躊躇う余地は、猶予は。疑問は尽きることを知らない。

もっとも″彼″が消えてしまった今、本人に直接問い質すことも儘ならなくなってしまったけれど。


「なあ、平門。お前はさ、昔から凄いひねくれてたよな。歳上である燭ちゃんにすら邪険に扱われてもお構いなしで揶揄って、ワザと癪に障るようなちょっかい出して面白がって。名前に説教されてもちっとも悪びれてなくてよ、んでまた燭ちゃんにもどやされてやんの。身体は立派な大人だってのに中身は悪戯好きの子供みたいで、けど仕事に関してはクソ真面目で仲間想いで、どんな逆境に立たされても臆さないでさ。俺そんなお前のこと尊敬してたんだぜ? 戦友としてこれほど頼もしいヤツは居るかって信用もしてた。……でもお前にとって俺は、どんな小さな悩み事すら相談出来ねえ頼りないヤツだったか? 情けなかったか?」


自分達が望み、喉から手が出そうなほど求めた未来を得られず、慟哭に叫んだ日もあっただろう。
胸が張り裂けそうなほどの切なる悲願に、叶わない理想にいっそ己も殺してくれと全てかなぐり捨てて投げ遣りになった日もあっただろう。
巧みに取り繕った胡散臭い笑顔の裏側で着々と鬱積していった負の感情はやがて現在に繋がる布石でしか無くなって、積み重ねられた大小バラバラな石はやはり崩れて歪な″今″を生み出した。

───こうなる前に問い詰めて、力ずくでも弱音を吐き出させてやれば良かった。

苦しいでも辛いでも、例え今回も結末が変わらなかったとしても一人で抱えることを許さず誰かが言わせてやれば良かったのだ。そっと背中を押して促してさえいたら、平門は早まった決心を固めなかったかもしれない。
そうすれば、あの二人は短い間でも笑い合えていたのかもしれないのに。

そうすれば、名前は誰にも看取られず独りで逝くことは無かったかもしれないのに。

応えは、歯痒くも返ってこなかった。

「……いつの時代だって、あいつの最期はお前が傍に居てやってただろ……平門」

なのに何で、こんなとこで悠長に寝てんだよ。

規則的に木霊する心電図の音。一定に、かつ力強く心臓は脈打ってる筈なのに病院のベッドに横たわっている平門は一向に目を覚まさない。

衝撃が強過ぎたのか、或いは平門自身が意識を起こすことを拒んでいるのか。覚えてなくとも名前がもう存在しないこの世界に戻ってくる価値など無いと、生を放棄してしまったのだろうか。
頑なに閉ざされた双眸は開く気配を見せず、ずっと目蓋の奥に秘められたままだった。

ギリ、食い込んだ爪が手のひらの皮を破く。
(なんでこいつらが、)咀嚼して飲み込んだ言葉は朔の胸中を苛み、幾度となく彼を激情という名の怒りに支配した。二人は大きな幸せは求めず、ただ生涯を共にして歳食って縁側で寄り添いあえればとかそんなちっぽけな未来を願ってただけだったのに、俺もこいつらが笑ってる姿が見れればそれだけで十分満たされたのに。
何が二人を引き離す。運命? 天運? そんなもの──反吐が出る。

依然深い眠りに落ちたままの平門を見ながら一人憤懣を堪える朔の拳に、ふと遠慮がちに触れる手のひらがあった。男の無骨なそれとは違って柔らかく、包むように両手を重ねて彼の怒りを分かち合おうとする。おもむろに朔が視線を斜め後ろに下ろせば、そこには沈痛な面持ちで同じく平門を見つめる少女の姿があった。
目を凝らさずとも分かる、彼女の不安。その時ようやく自分が平静を失いかけていた事に気付き、彼は少女と向き合って俯きがちな頭を撫でた。

「……ごめんな、ツバメ。暗い話しちまって」

「いえ……」

朔の謝罪にかぶりを振ったものの、一緒に平門の見舞いに訪れていたツバメの表情は未だ陰りを帯びていた。居た堪れない、二人の悲しい末路。何度も何度も転生し出逢っても、決まって繰り返される死の別離。
それは果てしなく続き、エンドレスでやり直しになる毎に歯車は徐々に狂っていった。平門も、名前も。為す術がなく道を誤った。

生き地獄のような現実に嫌気が差して、途方に暮れても二人は懸命に生きていたのに。
望むようには、生きられなかった。

「……平門さんは、どうして……」

「……そうだな。きっと───」

これは、最期まで運命に翻弄されてすれ違い続けた二人の、
報われたけど報われない、哀しい恋のお話。
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