@challenge 1
「名前、……悪いが軽食を頼んでもいいか」
「構いませんけど……そういえば徹夜明けだったんですよね。なら胃に優しいものにします」
「ああ、助かる」

「……申し分ない味だな」
「うふふ、お褒めに与り光栄です」
「あんな所じゃ宝の持ち腐れだろう。前々より兼ねて話しているがどうだ、やはり研案塔に移動する気はないか」
「うーん……何度もそうお誘い頂けるのは嬉しいです。ですが、私の答えは変わりません」
「…………私は諦めないからな」


@challenge 2
「名前、研案塔に来い」
「今度は直球に来ましたね燭先生。流石に吃驚しました」
「茶化すな躱すな話をはぐらかそうとするな。いいか、お前は自分の才能を過小評価し過ぎだ。私はお前の腕を買っている。だから存分にその能力を遺憾なく発揮出来るだろう此処に居た方が更なる伸び代だって期待出来ると思うし、お前の為にもなるだろうからとこうしてわざわざ仕事の合間を縫って声を掛けているんだ」
「うーん。でも私、本当に燭先生が仰るほど大したことは出来ませんよ?」
「くどい、そんなことは無いと言ってるだろう。考えられた栄養バランス、テイスト、量配分ともに非の打ち所は全く無い。糖尿病や腎臓病、その他食事制限の掛けられている患者も以前お前が考案したレシピの物を口にしていたく喜んでいた」
「わあ、本当ですか? それは良かったです」
「ああ、だから」
「あ、すみません燭先生。私もう平門さんに呼ばれている時間が近いので今日はそろそろお暇させていただきますね」
「っな、待て!」


@challenge 3
「今日こそは途中で逃がさないからな」
「先生もなかなか粘りますね……」
「お前が一向に首を縦に振らないのが悪い」
「子供ですか。それ最初から私に拒否権は無いと言ってるようなものですからね?」
「実際イエスかハイしか聞く耳を持つ気は無いからな」
「違うわ暴君だった。わりと嫌いじゃないですそういうやり方。でも速やかにそこを退いていただけると両手挙げて喜びます」
「此処に来れば創作料理は作り放題、患者の為にといつだって新鮮な食材も豊富にたんと拵えてある。厨房だって好き勝手に使ってもらって構わない」
「うっ、魅力的……!」
「フッ、そうだろう。どうだ、これで漸く……」
「おおっとしかし私これから花礫君と无君達の買い物に付き合う約束をしてるんです! それでは先生また!」
「なっ……、〜っ名前!」




「お前さては私が嫌いなのか」
「なんですか藪から棒に」

不意に重々しく零された燭の独り言は、しかし珈琲を淹れていた女の耳にはしっかりと届いていたようで、まるで言っている意味が分からないとでもいうかのように小首を傾げられた。
上記に挙げたやり取りなどほんの一部。今回も例に洩れずのらりくらりと躱され振り切られ、悉く遠回しに断られてきた燭も流石にてんで進展を見せない膠着状態に辟易としてきた。
けれど折れるという考えは端から燭の念頭には無い。どんなにしぶとい諦めが悪いと揶揄されようが名前が肯くまで何度でも食い下がるつもりだ。

必要としてくださるのは嬉しいんですが…。

ある日苦笑していた名前を思い出して眉根を寄せる。そして自分でも気付かない間にうっかり呟いてしまっていた台詞が冒頭のあれだった。
いつもいつも曖昧に口を濁し、明確と断る理由を表に明かさない名前。どれほど彼女が惹かれそうな取引条件を提示しても、決して燭が欲する言葉が紡がれたことはない。
何か大元の原因があるのか。連日の徹夜続きで凝り固まった頭をほぐし、回らぬ思考を巡りに巡らせて考えてみれば。思い至った結論は一つ、原因は自分にあるのでは無いのかと。
けれど名前はそんな不機嫌そうに憮然とした面持ちの燭を見て、さも見透かしているかのように肩を竦めた。

「いくら仕事だからといえど、嫌いな人のもとにこう何度も足を運ぶほどお人好しではありませんよ。案外我儘ですから、私」
「……そうか」

なら、何故。
口にしようとして、思いとどまった。普段からこの女が考えていることは計り知れない。
普段こそ飄々としているが、人の感情の機微を読むことに長けた朔でさえ名前の思考は推し量れないという。
一線引かれているのか。見えない壁のようなものが、自分達の狭間に高々と存在しているような気がしてならない。
額にかかる前髪をくしゃりと乱し、程なくして手前に置かれた珈琲を少量嚥下する。けれど少し甘い、珍しく砂糖が入れられているのだろうか?
不思議に思い名前の顔を見上げれば、「徹夜明けでお疲れでしょうから、糖分をと」……どこまでも抜かりなく気の利いた女だ。ますます手中に収めておきたいと熱が上がる。

「これは前から思っていた事なんだが…何故お前はそこまであの貳號艇に執着する? 朔からも壱組に来いと誘われているらしいが、そっちも有耶無耶にしてるみたいじゃないか」
「あら、よくご存知で」
「茶化すなと以前言わなかったか?」
「相変わらず手厳しいですね……。ただ貳組の子達がほっとけないだけ、っていうのはあくまでも建前で、私があの子達の傍に居たいだけなんです。私の作ったしがない料理を食べて、それでも美味しい美味しいって笑ってくれるあの子達がどうしようもなく大切で、大好きなんです。だから」

いつだってあったかいご飯を作って待っていて、あの子達がクタクタに疲れて任務から帰ってきた時「おかえりなさい、ご飯ですよ」って笑って出迎えてあげたいんです。

そう語る名前の顔は、我が子を想う母の姿そのものだった。
(───これは、)
適うわけが無い。
無理にでも引き離そうものなら名前は恐らく実力を行使してでもあの子供達の側にいることを選ぶのだろう。

いっ、いくら燭先生でも料理長はあげませんからね!

いつか怯えながらも真っ向から啖呵を切ってきた金髪の青年を思い出して口角を上げる。
……面白いじゃないか。
適うわけがないと知りながら、その上他の連中から手を出すなとあからさまに牽制、威嚇されてはいそうですかと黙って引き下がれるほど聞き分けの良い男では無い。
まだ懲りた訳じゃない。名前の迷惑?そんなもの知ったことか。欲しいと思ったならば手に入れる。
ゾクリ。サンプルデータを整理していた名前は身の毛の弥立つ悪寒に身を震わせた。慌てて後ろを振り向けば、何故か不適に笑う燭が強い眼差しで自分を見据えていて。

「覚悟しておけ、いつか目にもの見せてやる」
「いつの間にか趣旨変わってませんか」

無理強いはしない。
だから彼女がいずれ自ら此処で働きたいと泣いて縋るようになるまで───諦めない、屈しない。

(さて、じゃあ先ずは手始めに週に一回は来てもらうぞ)
(理不尽! 横暴! 傍若無人!)
(給料はこれでどうだ?)
(喜んで勤めさせていただきますわ)


燭先生の奮闘記

(名前が燭さんに買収された……と……)
(うわあああん料理長のばかあああああ)
(すみません、つい目が眩みました)
(素直なのは美徳だがお前は欲に忠実過ぎる)
(お金は大事ですよ!?)
(黙れこの守銭奴)


◎この場合の目にものを見せるっていうのはぎゃふんと言わせてやるって意味です(笑)酷い目に遭わせる訳じゃないよ!
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