短編


青道の遊撃手、バレンタインデーにチョコを発見する の巻


 二月十四日。この日にそわそわしない男子生徒なんていないだろう。貰えるわけがないと分かっていてもどこか期待してしまう。義理チョコでも構わないと、なりふり構わず女子に物乞いする奴もいる。男としての矜恃を捨ててんじゃねぇか、そこまでして欲しいのかよと思う。そりゃあ俺だって貰えれば嬉しいけどよ。

───昇降口にて

 朝練の後、着替えて校舎へ向かう。と、ここまではいつも通り。バレンタインデーなんて行事は自分には縁が無いものだと割り切る───はずだった。

「ん? 何かあるな……」

 自分の下駄箱の中に見慣れない物が入っていた。ピンク色の包装紙に包まれた容器。男子高校生とは無縁の色をしたそのぶつは、明らかに女子からの贈り物だ。それは疑いようがなかったが、まずここが自分の下駄箱かどうかを再度確認した。ん、確かに俺の下駄箱だ。

「お、倉持も? 良かったじゃん。誰からだよ?」
「チッ、お前ぇに言われるとムカツク! っつかなんだよその溢れ出んばかりのチョコらしきものの山は! つーか落ちまくってんぞ!」

 一緒に登校した御幸は下駄箱を開けるなりドサドサドサーッと大量の色鮮やかな物体の雪崩を引き起こしていた。どこの漫画だよ!

「あーー…いる?」
「いらねぇよ! 嫌味かチキショウっ。…差出人の名前は…書いてねぇな。ほんとに俺宛てかよ?」
「まあ、入れ間違えって可能性もなくはないよな」
「〜〜っ、」

 ったく、なんでこいつはこう、いちいち人の気を逆撫でするようなことが言えんのかね。

───教室にて

「ん? 机ん中に何か入って………まじかよ」

 席につけば、机の中に置かれた色鮮やかな包装箱を見付けた。二個目のチョコだ。

「あ、お前も?」

 内心感動していると、御幸がまた同じようなタイミングで声をかけてきたのでそちらを振り向く。すると、何の嫌がらせだと思うような光景がそこにあった。男子にしてみれば羨ましいことこの上なくはあるが。

「……御幸、それどうすんだよ?」
「んーー、どうすっかなぁ」

 御幸は自分の机の中に詰められるだけ詰めたというような数のチョコ(仮)を眺めて途方に暮れたように頭を搔いた。

「御幸くん、この紙袋良かったら使って。ついでに私からのチョコも付けとくよ」
「やだーさっちゃんてば抜け目なーい」
「あはは」

 困った御幸に気を利かせて紙袋を差し出したクラスの女子。いや、気が回り過ぎねえ? そんなん普通、学校に持って来ねぇだろ。

「…はは、また増えた」
「コノヤロ…」

 コイツまじでムカツク。見せつけやがって!

───体育の時間

「おっと、………」

 教室のロッカーから体操着を引っ張り出すと同時に何かが一緒になって転がり出て落ちそうになったので慌ててキャッチした。しかしそれはまたしても色鮮やかな包装袋に包まれた物。バレンタインデーのこの日に発見したとなればもはやチョコと断定しても差し支えないもの。それが俺宛てに三個目だ。しかも何れも匿名。こんなことがあるだろうか。去年はまずなかった。おかしい。そう思ってしまうことが自尊心を多少傷付けたが、そう思わずにはいられなかった。

───廊下にて

「………四個目」

 廊下のロッカーを開くと(以下略)。


 そして昼休み。

「あっ、倉持先輩! お渡ししたいものが」

 いつも通り学食で御幸と食べていると、沢村と苗字が同席してくる。これもいつも通り。しかし、なんだか違和感があった。この違和感の正体はなんだ? と内心首を傾げていると沢村は懐から、俺が半日で既に見慣れてしまった系統の物を取り出して、それを俺に差し出した。沢村が俺にチョコを贈るなんて何の冗談かと顔を引き攣らせてしまったが、どうもある女子から渡すように頼まれたらしい。しかも匿名で。

「………」
「ははっ、倉持、お前モテ期到来じゃん」
「るっせこの!」

 御幸の減らない口はこの際置いておく。俺は、先程感じた違和感の正体にようやく気付いた。

「苗字」
「なんですか?」

 こいつは俺のことを好いてる。日頃からそう公言しているし、俺自身もそう確信できるほどにこいつの好意は明け透けだ。なのに今日、俺はこいつから何も貰っていない。それが違和感の正体だ。何か事情があるのかもしれないが、バレンタインに関して一言もないのは流石に気にはなる。今だって、俺がどこぞの女子からチョコを貰ったというのに、まるで意に介していない。むしろ俺の顔色を伺ってなんだか嬉しそうだ。意味分かんねえ。何考えてんだ、コイツ。

「なんでもねぇ」
「そうですか」

 好かれているからといって、チョコくんねぇのかと俺から強請るのもなんか負けた気がするから言えねえ。でも正直気味が悪い。なんでそんなに機嫌良いんだよお前。

◇◇◇

 しめしめ。倉持先輩はどうやら私からチョコを貰えるのか貰えないのか悶々としている様子だ。沢村くんから匿名のチョコを受け取った直後に私を意識してるなんて、そんなに欲しいんですね、私からのチョコレートが! ニヤけまいと噛み締めていれば、倉持先輩はどこぞの女子ともしれない誰かからのチョコ箱を机上にコトリと置いた。まるで小銭入れでも置くような、なんでもない仕草で。その一部始終を見て、もしそのチョコが私からの本命チョコだと言ったらどう扱ってくれたんだろうと思案すれば、倉持先輩は色んな顔を私の脳内で披露してくれる。ああ、バレンタインデーってすごく愉快なイベントだ。


───時を遡って、今朝のとある会話。

「名前ちゃん…その紙袋どうしたの?」
「あ、春乃、おはよう。これ? 勿論倉持先輩にあげるチョコだよ」
「それ全部!?」
「うん! 私の気持ちがチョコレートたった一個で伝わるわけないもん」
「な…なるほど」


───そして時は放課後。

 マネージャー一同からの義理チョコを配って回り、やがて倉持先輩の前に立った。勿論、この義理チョコを倉持先輩に配るのも私の役目だ。これだけは譲れない。しかしその前に彼には尋ねておくべきことがある。

「倉持先輩!チョコ何個貰いましたか!?」
「あ? なんでお前に言わなきゃなんねーんだよ!」
「いーじゃないですか、教えてくださいよ」
「(んだよこいつ。昼は無関心装ってやがったくせして)…五個だよ」

 女の子からチョコレートを貰えたことが相当嬉しかったのか、少し頬を染めて照れくさそうに白状する倉持先輩に、私はズキッと胸が痛く───なるなんてことはなく、思わずにんまりと笑みを深めた。

「チョコ、美味しかったですか?」
「それって…は? お前のもあったのかよ?」
「ふふふ。五個ってことはー、やっぱり寮のドアの取っ手に引っ掛けた分はまだ気付いてないんですね?」
「寮のドア…?」
「下駄箱に一つ、教室の机に一つ、それから教室のロッカー、廊下のロッカー、あと沢村くん伝いで一つ」

 全てお見通しと言う風に淡々と指折り数えていけば、倉持先輩は徐ろに顔色を変えていく。そうして数え終わるととうとう絶望に染まったような顔になってわなわなと震えながら私を指差した。

「まさか、アレ全部お前の…?」
「全部で六個です。背番号の数! っへへ、倉持先輩の今年のバレンタインは私が独り占めですね」

 好きな人が自分以外の女子からチョコを貰わなかったらしいことに実は心底安心している。こんなに嬉しいことがあるだろうか。白い灰みたいになってショックを受けている倉持先輩には悪いけれど、今だけは私だけの気持ちを受け取って、そして私の想いを思い知って欲しい。

「倉持先輩、」

 私が呼びかければ、灰状態からハッと我に返ったように見返してくれる。その表情がどことなくあどけなくて、更に愛しさが溢れてくる。この想いを同じだけ返してくれとは言わないから、ほんの少しだけ、私を意識してくれればいいのにな。

「ホワイトデーのお返しは、出来ればプライスレスなものが欲しいです」
「…なんだそりゃ」
「さて、なんでしょう」

 私の思惑通りの答えを導けるかは分からないけど、願わくば、うんと頭を悩ませて私のことを考えてくれたら嬉しい。──なんて、私は性格が悪いだろうか。

「まあ…その、チョコ…ありがたく頂くわ」
「……、」

 素直にお礼を言われるとは思わなかった。その、少し赤い頬も照れた表情や視線を逸らす仕草も反則だと思う。ひょっとして、少しは私からの好意を嬉しいと思ってくれているんだろうか。だとしたら、もう何も望むものは無い。

「んだよ」
「いえ! こちらこそ、受け取ってくれてありがとうございます」

 春には甲子園出場して倉持先輩も注目を浴びるだろう。だから私からのチョコを有り難がってくれるのも今年だけかもしれない。来年は、特定のお相手ができてしまって受け取ってさえくれないかもしれない。今の幸福感がいつまでも続くものじゃないことが分かってるから、もっと欲張りになってしまう。女の子はいつも不安でいっぱいなんですよ、倉持先輩。

「はい、倉持先輩、どうぞ」
「おう、サンキュな」

 おあずけ状態だった倉持先輩に、マネージャーからの義理チョコを手渡せば、ニッと笑って受け取ってくれる。私も嬉しくなってつられたように笑ってしまう。やっぱり倉持先輩は私を笑顔にする天才だ。

「あーんしてあげましょうか?」
「いらねぇっての!」
「倉持……」
「あ゛ん?」

 ここぞとばかりにじゃれ合っていると、とびっきり低く重く地を這うような声が私達の背後から投げかけられた。呼ばれたのは倉持先輩だけだけど、私は本能的に危険を感じて思わず倉持先輩の服を掴みながら恐る恐る振り返る。対して当の彼は特に動じた風もなくそのままのキレ気味のテンションで振り向いた。しかし───。

「おっまっえー!! 調子乗んなや!」
「もっと有難みを感じやがれ!」
「目の前でイチャイチャしてんじゃねー!」
「くっそー! 羨ましい!」

 私の好意を迷惑がる倉持先輩の態度が先輩達の逆鱗に触れたらしく、珍しく倉持先輩が多勢に無勢で劣勢という図を新鮮な気持ちで眺めた。ていうか、イチャイチャしてるように見えてたのか。それはちょっと嬉しいかも。

「はっはっはっ」
「御幸ぃ! お前も笑ってんじゃねぇ! なんだそのふざけたチョコの量!」
「モテる野郎はオレ達の敵だ!」
「え」

 今日一日やたらモテモテだったキャップも糾弾され、食堂はさながら無法地帯……とまでは言わないけれど、とても賑やかだった。だけど、なんていうか───。

「これぞ青道の野球部」
「確かに」
「うん」
「ははは…」

 じゃれあって騒いでいる部員達をマネージャー四人で楽しく見物した。まだ恋が実らなくても、今はこれでいい。ううん、ずっとこのままがいい。この居場所が、とても居心地が良いから。たとえチョコレートに込めた想いが溶けてしまっても構わない。また来年、作ればいいだけ。この日常がいつか終わってしまうまで、私は毎日、何度でも、チョコレートなんか無くても、好きだって伝えることが出来るから。それこそ明日の朝一番にだって伝えたい。この想いが溢れるままに。


─end.




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