従兄弟が男の娘な松田陣平の話

『あの、爆弾を見つけました! えっと、場所は……』

 そんな物騒な通報も、この街ではごくありふれた日常の出来事だ。

『え? あ、大丈夫です! 一般の人が来ないように見張っておきます!』

 一般人から掛かってきたはずの電話を受けて、オペレーターは首を傾げたという。

『爆発物処理班の方がいらっしゃるんですよね? お待ちしています!』

 あまりにも対応がスムーズ過ぎた。質問した必要事項を丁寧に話す電話口の高くも低くもない声を聞いて、イタズラかと思いながらもキーボードを叩いたらしい。

 米花町は他のどの地域より犯罪件数も検挙数も、死亡件数すらぶっちぎりの1位だ。
 必然と、一般市民からの通報数も群を抜いているわけで。
 何もしなくたって、次から次へと事件の方から俺たちの前へ出てきてくれるのである。
 勇気ある市民によってもたらされる第1報はとても助かるのだが、1つ厄介なのは例えどんな内容だったとしても通報があった以上は駆けつけなければいけないということ。
 救急車を走らせたものの、行ってみたら緊急性もなければ、足が無いから救急車を呼んだ? 正気か? というような『迷惑119番』の話は有名だけど、『迷惑110番』もなかなかにエグい。
 全国で確認されている110番通報のうち、その1/4は悪質なイタズラだったりするという統計を資料で見てしまった時は思わずそっと目を閉じてしまった。
 残酷かよ、この世界。
 とはいえ、爆弾を見つけたと先方が言う以上は、爆処が出動しないわけにもいかない。
 ふう、と息を吐きながら出動準備をしていれば同僚たちが俺を呼ぶ。

「萩原ー、先出てるぞー」
「はいよー、すぐ行くー」

 今日は爆処のダブルエースたる片割れは非番。
 まあ、イタズラ電話で出動した時のあいつは最高に機嫌が悪くなるから、自分だけで良かったのかもなあと思った。


***


 指定された住所から分かっていたけど、爆弾が見つかったという場所は病院。
 公共の施設でこういった類の通報があった場合、俺たちが駆けつける間に連絡班から施設宛に第1報を入れることになっている。
 そのお陰で身分を明かすだけで裏口からスムーズに入れてもらうことが出来る。
 うんうん、やっぱり情報の連携は大事だよなあとしみじみ思うのは。
 俺がまだ現場に出たばかりの頃はこういったひと手間がなく身分証明と状況説明などなど、絶妙なタイムロスを食うことが当たり前だったからだ。
 また、もしもの時の為に患者さんたちは避難させてくれたというから大変ありがたい。そう、思っていたんだけど。

「あ、警察の方ですか?」

 高くも低くも無い声。
 病院の中庭に設置されている自動販売機の隣。
 そこのベンチに腰掛けていたのはどう見ても一般市民。
 小さなリュックを膝の上で抱えていたその人は、俺たちの姿を認識するなり飛び上がるように立つ。
 膝上15センチのスカートからは細くて長い素足が惜しみなく晒されていて、思わずゴクリと生唾を飲み込んだのは俺だけじゃない。
 すらりとした長い手足の体躯に、ぱっちりとした大きな瞳と色白の肌を彩るように潤ったピンクの唇が大変可愛らしい。
 所謂ゆるふわなクセのついた胸までの髪はパーマというより地毛っぽい。
 胸は、まあ、あまり恵まれなかったようだけど、とあれこれ考えたところで我に返る。
 バカ! 俺は今お仕事中なんですよ!

「君が、通報してくれた松田さん?」

 一番最初に復活した俺が声を掛けると、きょとりと首を傾げた松田さん。
 は、破壊力がすごすぎる。
 深刻な語彙不足が何とも言えないけど、俺たちを取り囲む同僚たちは揃いも揃って両手で胸を押さえていた。

「はい、松田です! 皆さんが来てくれるのをお待ちしていました!」

 にこり。
 眩しい笑顔を前に、思わず顔を両手で覆う。
 何これ。
 もうイタズラでも良いや。
 君に会えただけで俺たちのささくれた気持ちは癒されました! 通報してくれてありがとう!
 別な意味で心に深刻なダメージを負いながらそっと天を仰ぐ。

「あの、爆弾はそこにあります」
「え、爆弾本当にあるの!?」
「え? はい、だから通報したんですけど……」
「ちょっと! なんで逃げなかったの!?」
「え、と、……他に近づく人が居たら危ないと思って……」
「君も! 君も危ないからね!!」

 思わずがしりと掴んで揺さぶってしまったけど、あわわと慌てる松田さんの肩めちゃくちゃ細いね!? どうしたの!? お兄さん美味しいもの食べさせたくなっちゃうよ!? と心の中で半ギレになる俺に、同僚が落ち着けよと背中をど突いてくる。

「は! ごめん、大丈夫? 君が心配になってつい……」
「あはは、びっくりしましたけどよくイトコにも心配だって怒られるんです」

 いやそうだよなあ〜、こんな子心配しちゃうわ〜。
 イトコさん頼むからもっとこの子に危機感持たせてよ〜〜。困ったように眉を下げる顔を見て頷いてしまった。

「とりあえず、爆弾は解体するから、君は避難すること!」

 いいね!? と言った所で、同僚たちと目配せし合い準備するぞと顔を引き締める。

「あの、」
「ん?」
「あの、解体するところ見てちゃだめですか?」

 こてり。
 眉を下げて笑う姿は一見あざといのに嫌味がない。
 んん〜〜〜〜〜〜〜。
 ちょっと顔面が崩壊しそうになったので、本日2回目だが両手で顔を覆う。
 落ち着け、萩原研二。俺は大人。
 俺は今お仕事中。それじゃあ、はい、深呼吸して。
 自分に言い聞かせおそるおそる両手を退かせたが、こてりと首を傾げた大きな瞳は見上げたまま。
 か、可愛い〜〜! 可愛いです〜!! でもだめ! だめだから〜!!

「興味があるのは分かったけど、そのお願いは聞けないな」
「……そう、ですよね。わがまま言ってごめんなさい」

 深く深く下げられた小さな頭は、思わず撫でたくなるけど。
 まずは解体しないと。

「とはいえ話は聞かなきゃいけないから。解体した後、また話させてくれる?」
「はい、調書とか、必要ですもんね」
「……うん、そう。だから大人しく待っててね」

 言葉の端々に感じた違和感を内心で反芻していると、そんな俺の様子には気づく素振りを見せることもなく、松田さんは素直に頷いてくれた。
 とりあえず同僚を1人付き添わせて避難するように促して。
 2人の背中を見てからふう、とひと息。
 俺はようやく爆弾へと向き直る。
 さて、さっさと片付けて話を聞いてみますかね。


***


 爆弾の処理はさっさと済ませブツを回収している間に、刑事部や鑑識が到着し現場検証を始め出した。
 俺たちの仕事は一通り終わったので残すは現場を引き継ぐのみ。
 刑事部と一緒に通報してくれた一般市民から話を聞いた方が良いかな。
 そう思って、安全な場所へ待機させていた第1発見者の元へ向かったわけだけど。

「あ、解体終わったんですか?」
「ん???」

 にこりと笑う顔も、高くも低くもない声もそのままなのに。胸まであったゆるふわの髪は無い。
 その代わりにと言うか、前髪が長めに揃えられた前下がりのマッシュヘアーは柔らかそうにふわふわとした毛先を遊ばせている。
 白い丸襟のブラウスと薄手のロングカーディガンは見覚えがあるけど、すらりとした細い足は黒いスキニーパンツに覆われている。
 待って? なに、これ。どういうこと???
 混乱するばかりで頭が追いついてこない俺に、同僚は真顔で頷きながら口を開いた。

「萩原、松田くんを連れて行こうか」
「まつだくん」

 身長差故に見下ろしたその人は、困ったように眉を下げて。
 穏やかな声を出す。

「あはは、すみません。身分証明とか必要かと思って格好を戻しました」
「かっこうをもどした」
「えっと、その、気持ち悪いですよね……すみません」
「違うよ!? 大丈夫だよ!? なあ、萩原!?」
「え!? うん! そうだね! 全然! 大丈夫!!」

 しゅん、と目に見えて肩を落とす松田くんを前にデカい声で半ギレになった同僚。
 勢いに押されて俺も半ギレになりながら答える。
 そんな俺たちのやりとりを見ながらも、松田くんは眉を下げて困ったように笑っていた。

 名前は松田旭。
 年齢は19歳。
 現在は東都大学文学部に通う1年生。
 実家を出て1人暮らし中だが、本日早朝に住んでいたアパートが不審火で半焼。
 運悪く煙を吸い込み念の為病院で受診した後、たまたま院内の中庭で爆弾を発見。
 110番へ通報し現場で待機。駆けつけた爆発物処理班に促されてようやく避難。

 財布から出された真新しい学生証の写真と本人の顔を見比べる。特に異なる点はない。
 ありがとね、と返せば細い指先と触れた。
 特筆すべき不審な点はないし、何か質問や問題があれば刑事部から電話が行くことになっている。
 都合上で止むを得なく携帯番号を控えさせてもらえば、やることはこれで終わりなのだけど。一体、どうしたものか。

「お家、帰れそう? 」
「んー、無理だから新しいお家探してって大家さんに言われちゃいました」
「え、大家さんに他の物件紹介してもらえないの?」
「他の物件は、今耐震工事中で空きがないみたいで」
「うわあ、タイミング悪いねえ」
「あはは、ツイてないですよね」

 取調室はあとが詰まってるから終わったならさっさと出ろと言われてしまった。
 仕方なしに休憩室へ移動して、向かい合うようにしてテーブル席に座る。
 からりと笑う松田くんは、ミルクたっぷりと書かれたカフェオレを両手で包んでいた。
 出動要請がない限りあと何分かすれば本日の業務もめでたく終了。
 制服の袖を捲り腕時計で時間を確認していればお仕事は大丈夫ですか? と首を傾げられる。

「大丈夫。それよりもう少しで終わりだからさ、良ければ家探し手伝うよ?」
「え? いえ、そんな悪いです」
「まあまあ、これも何かの縁だと思って?」
「うーん?」

 困ったように笑う顔を見てばかりだなあ、と思う。
 松田くんが屈託なく笑っていたのは俺たちが現場に到着した時だけだ。
 お待ちしていました、と言ったその通りに心から俺たちのことを待っていたとでもいうような眩い笑顔だった。
 可愛かったなあ、なんてぼんやりと思いながらその真意を考えてはみるんだけど。

「じゃあさ、家探し手伝った後、君の話を聞かせてくれない? 」
「話、ですか? 」
「そ。なんかやたらと警察に親しみを抱いてそうな君の話」

 俺の言葉を聞いてぱちぱちと何度か瞬いた松田くんは、ゆるりと目を細める。

「大した理由はないです。ただ、憧れている人が居て」
「憧れている人?  ここに居るの? 」
「はい。今日は見掛けてないので、お休み?なのかもしれないですが」
「ふうん?」
「その人が、危ない物を見つけたらすぐに110番しろっていつも言ってて」
「なるほどね、それで一般の人が近づかないように見張っておきます、かあ」

 はにかんだように笑う松田くんは、やっぱり男の子とも男性とも言い難い。
 見た目はもちろんのこと、仕草とか表情がやたらと可愛いんだよなあとまじまじ見ては思ってしまう。
 頭が混乱しすぎたけど、女装も大変お似合いで可愛かったなあ。
 正直、よく考えなくたって『そういうの』が特殊だということは分かっているから、これまでの人生を振り返っても関わりが無かったんだけど。
 実のところ、新しい扉が開きかけてるのは気のせいじゃないと思うんだよね。

 そっかー、ここに憧れの人が居るのかあ。
 微笑む顔を見ながらそう思った時。

「あれ?」

 突然声を上げる俺に、松田くんはきょとりと首を傾げていた。か、可愛いね……。

「その人と連絡は取れないの?」

 可愛いのはひとまず頭の隅に追いやって。
 ここに居る人なら家もこの辺だよね? 休みなら尚更、連絡取ってみたらどう? なんて問い掛けると松田くんは困り顔だ。

「あはは、その通りなんですけど。その、怒られちゃうかな、って……」

 ンンン〜〜〜〜〜〜〜。
 どんどん小さくなる語尾は、きっとわざとじゃないのに。
 はあ〜〜〜〜〜〜〜〜、この子、男の子!? これで!? 無理だろ〜〜〜〜〜〜〜〜。
 反射で両手で顔を覆う俺に、あの、と小さな声が掛けられる。ちょっと待って……。

「あの、萩原さんから連絡してもらえませんか?」
「へ?」
「萩原さん、知り合いですよね?」
「え? 俺?」
「松田陣平。従兄弟なんです」
「まつだじんぺい。……は、はあ〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

 座っていた椅子を転がす勢いで立ち上がったら、両手を前に出した松田くんが落ち着いてくださいとあわあわし始める。
 う、うわあ〜〜何それ!? めちゃくちゃ可愛いんだけど〜〜〜〜〜〜!?

「え!? 松田!? あの、松田陣平!?」
「はい、爆発物処理班の松田陣平です」

 あれ、もしかして同姓同名の人が他にも居ますか? と首を傾げられて、思わず片手を前に出す。
 ごめんね、ちょっと待ってね……。萩原さん今落ち着くからね。
 なんだろう、今日ものすごく頭忙しいな!? 偏頭痛持ちとかそんなんじゃないけど、さすがにガンガンしてきた! 倒れた椅子を起こして座り直し、何度か深呼吸をする。
 加えて、こめかみを指で揉み解しているとようやく気持ちも落ち着いてくる。
 そっと息を吐くと、こんな大人の醜態を見てもふにゃりと気の抜けるような笑みを浮かべる松田くんはすごく優しい子なんだろうなあと思ってしまった。

「……ごめんね、お待たせ。動揺が隠し切れない大人で恥ずかしいです」
「いいえ、萩原さんは陣平くんと同じくらい表情豊かなんですね」
「待って? 松田が表情豊か?」
「え? はい、そうです」
「一応聞くけど、本当に俺が知ってる松田?」
「えっと……、そうだと思います。萩原さんのお話も聞いたことありますし」

 確かに、警察学校時代はもっと若かったからやんちゃしてたこともあったけど。
 どちらかと言えば松田は表情が読めないタイプだし、ぶっきらぼうな奴だ。
 その松田が? 表情豊か? 自分で言うのはアレな気もするけど、散々取り乱している今の俺と同じくらい?? 混乱ばかりする頭のまま、思わず真顔で松田くんを見ては。
 まっさかあ〜〜〜と手を叩いて笑ってしまったのは、許して欲しい。
 だってさあ、あの松田だよ!? 表情豊か!? そんなに短い付き合いじゃないとは思っているから、どうしたってすんなり飲み込めない。
 まあ、とりあえず松田に連絡してみるねと言ってポケットから端末を取り出す。
 ロック画面に表示される時間を確認すると、今日のお仕事は無事に終わり。
 松田にさらっと事情を説明して、都合が良さそうなら待ち合わせようなんて考えて。
 端末を耳に当てるとスリーコールで応答の音。

『萩原? 何か用か?』
「よー、非番なのに悪いねえ。あのさ、松田旭くんなんだけど」
『あいつが何だって?』
「おわあ、食い気味。今日色々あってさ、今うちで保護してんの」
『すぐ行く』
「待って待って! 不動産に行きたいから、どっかで待ち合わせない?」
『はあ? 不動産?』
「そうなの。お前の従兄弟くんの自宅がね、不審火で焼けちゃったんだって」
『怪我は!?』
「ないよ、大丈夫。念のため病院には行ったみたい」
『そうか。……不動産は必要ない』
「え? だって今日帰る所も…」
『うちに住まわせる』
「あっ、はい」
『とにかく迎えに行く。警視庁だな?』
「うん、休憩室に居るよー」
『分かった。悪いが、俺が行くまで旭のこと頼む』
「はいよー、ごゆっくりー」

 終話した端末をポケットに仕舞って。
 松田すっ飛んで来そうだったよと伝えると、ありがとうございましたと丁寧に頭を下げる松田くんに良いよと首を横に振った。

「あの、」
「んー?」
「着替えて来ても良いですか?」
「え?」
「陣平くんが来る前に」

 先ほど言っていた憧れの人というのは、どう考えても松田のこと。
 しかも話を聞いてる感じ、2人は相当親しい関係性なことは間違いないと思う。
 そんな従兄弟に今から会うっていうのに。
 くしゃりと眉を下げて笑う表情の意味を考えてしまう。
 とはいえ、どうして? なんて軽々しく聞いてしまえるほど今日会ったばかりの松田くんと心の距離は近づいていないだろうなと思って言葉を飲み込んだ。

「良いよ。ただ、迷うと大変だしついてくね」
「すみません、ご迷惑をお掛けしてばかりで」
「んーん、迷惑じゃないよ」
「ふふ、ありがとうございます」

 ふにゃりと笑う顔がとっても可愛い。
 そっと伸ばした手で丸い頭を撫でれば、予想通りにふわふわで。
 柔らかい髪がさらりと流れていく様子に頬が緩んでしまう。

「そうだ、俺も退勤してくるからさ。少し付き合ってもらえる?」

 首を傾げると、ゆるりと頷く仕草だとか穏やかな声色だとか。
 いやあ、まじか。
 あまりにも可愛すぎて戸惑いすら出てこないから、思わず笑ってしまう。
 すごいなあ。この子、これで本当に男の子なんだよね。
 すんなり飲み込めているようで、あまり飲み込めていないかもしれないこの事実には慣れていくしかないのだろう。
 こっそり大きく息を吐き出しながら、ゆったりと立ち上がる。
 俺に倣うように立ち上がった松田くんは丁寧な動作で椅子をテーブルにしまっていた。
 いやあ、どれもごくごく普通のことなんだけど。
 良い子だなあ、としみじみ思ってしまう。