萩原研二
後ろから着いてくる華奢な体躯の子がほわりと笑うのを空気で感じた。一応書類なんかも置いてあるしヤバいかなあとは考えたけど。なんとなく、一瞬でも目を離したら何処かへ連れ去られちゃうんじゃないかという心配の方が優った結果、爆処の居室に入れる方が安全だと判断した。今日の日中に俺と出動した奴らは松田くんのことを見てああ、と納得した顔をしていたけど。さっき来たばっかりの夜勤組は目に見えて浮かれてたなあ。まあ、そりゃあそうだよね。全体的にむさ苦しいこの場所で、こんな可愛い子が歩いてたらどうしたって目が引き寄せられる。ほぼ無意識に近い状態で。現に、ご機嫌になった松田くんを見て顔を赤らめている野郎が傍を通り過ぎるのを、何度視界の端で捉えたことか。お前ら知ってる?この子、これで男の子なんだぞ〜〜?ンン〜〜〜〜〜??なんてマウントを取るようなことはしませんけどね。今日は散々醜態ばかりを晒しているような気がしなくもないけど、萩原さんはねえ!これでも大人なんだよ!
振動した端末をポケットから取り出すと、もうすぐ着くとメッセージが入っていた。りょーかいと返しながら、そういえばと後ろを振り返る。いやあ、きょとん顔可愛いね……。
「今日は松田が泊めてくれるって」
家に住まわせるとは言ってたけど、2人で良く話し合った方が良いだろうなと思ったからあえてそう言った。迷惑掛けちゃったなあと困ったような笑い顔に。
「迷惑だとは思わないんじゃないかなあ。電話はすごい心配した声だったよ」
あんな松田の声、初めて聞いた。これまでの色んなことを思い返しながらそんな風に笑うと、松田くんは眉を下げて笑う。陣平くんすごい心配性なんです、と唇を尖らせる顔を見ればついつい小さな頭を撫でてしまった。
「萩原さん、頭撫でるの好きなんですか?」
「うーん意識したことはないけど、君の頭を撫でるのは好きかなあ」
「ふふふ、そんなことばっかり言ってるんだあ。悪いお兄さんですねえ」
「嫌だなあー、松田くんにしか言わないよお」
間延びした声でゆったりと話していれば、どちらからともなくくすくすと笑う。
休憩室に行くと、松田はまだ来ていないようだった。さっきと同じテーブルに荷物を置きながら何か飲む?と聞いたけど大丈夫と首を横に振られる。今日は土曜日だし、さっき聞いた限りだと消火が済んだ自宅には明日入れるようになるらしい。荷物の回収はタイミングを見て松田と一緒に出来るだろう。それから、月曜日はカレンダー的には祝日にあたるので、松田くんは大学の準備もどうにか出来るんじゃないかな。でも、もし教科書なんかがご臨終だったら祝日の中での準備は難しいかも?今時は教科書類もネットで買ったりするんだろうか。まあ、細かいことは明日から考えてもらうとして。今日は朝から色々あって疲れただろうし、美味しい物でも食べに行こうねと頬杖をつきながら話し掛ける。
「え、良いんですか?」
「うんうん良いよお。むしろ、俺がもっと松田くんと話したいからさ」
「ふふふ、今日はお言葉に甘えたいです。陣平くんすごい怒ってそうだから」
「松田?怒るの?」
「昔から、何故か危ないことに巻き込まれやすい体質といいますか…」
陣平くん、何かある度にすごくすごく心配してくれるけど、同じくらい不機嫌になっちゃうんですよね。線の細い肩を竦めつつ、淡い色がついた小さな唇をつんと尖らせた表情を眺める。
「へえ、松田がねえ」
それって松田くんのことが心配で堪らないからだと思うけどな、とは言わない。さっきの電話での反応を聞けば簡単に分かる。でも実際問題、あの松田がどんな風に従兄弟に触れるのかを直接見たわけじゃないから迂闊なことは言えない訳で。
「そうだ。松田が来たら紛らわしいからさ、名前で呼んでも良い?」
「確かにそうですね。お好きなように呼んでください」
「ありがとうー。旭くん?旭ちゃん?」
「旭ちゃんって呼ぶ人が多いかもしれません」
「あはは、可愛いね。じゃあ、俺は見た目通りに呼ぼうかなあ」
だから今は旭ちゃんかな、と言えば透き通る大きな瞳が柔らかく細まっていく。
「それは初めてのパターンです」
「お、旭ちゃんの初めていただきましたー」
からりと笑う旭ちゃんは文句なしに可愛い。これは男女問わず狙われてたりするのかなあ。文学部大学生のノリはいまいち想像出来ないけど。聞いてみたいことは幾らでも出てくる。でも、そろそろ松田来るかなあ。どんな感じなのかなあ。楽しみだなあ。と、思っていた時が俺にもありました。