松田陣平

最近、引ったくり捕まえたか?
――ん?あー、追いかけただけで刑事さんに引き渡したよ。
そうか。そんとき伊達って奴だったか?
――あ!うん、そう、陣平くんの同期さんにも居たなあって思った!
同期だ。
――え!そうなの!ちゃんと挨拶すれば良かったなあ。
また今度な。
――うん!分かった!楽しみにしてるね!
ん。今日も弁当美味いぞ。
――本当?良かったー!
ありがとな。
――いいえ!陣平くんが喜んでくれるならいくらでも!
今日はフルコマだったな?
――うん、最後まで授業入ってるよー。
迎えに行く。
――大丈夫だよー?陣平くんお仕事で疲れてるでしょ。
俺がしたいから。
――んー、じゃあ、お願いします。
はいよ。また連絡する。
――はーい。午後も頑張ってね!
旭も。
――うん!ありがとう!頑張るよ!

 正直に言えば、あいつはまた…と溜息を吐きたくなった。その場にたまたま伊達が居てくれて助かったが、旭は自分でも気にしている通りその辺の成人男性と比べてもウェイトが足りない。背はすらりと伸びて手足は長いが、とにかく筋肉が付きづらく細っこい。華奢な体は俺が抱き締めるだけで折れるんじゃないかと時々本気で心配になるほどで。そんな旭は俺の体つきに心底憧れているらしいから、何かにつけて触ってくる。その時の細い指先や滑らかな掌があまりにも柔らかく触れてくるから、くすぐったいと笑えば小さな唇を尖らせてわざとぎゅうぎゅうに押してきたりする。可愛いことをするばかりの掌はすぐに掬って、指を絡めるようにして握る。旭は掌も小さいんだよな。そんなことを思いながら目を細めては堪らず手の甲に唇を当ててしまう。子供のように柔らかい髪を撫でてやれば、むくれながら良いなあと言う。陣平くんは本当に格好良い、なんて何度も言われたら。自然と口角は上がり、旭はそのままで良いんだと返す。頭を撫でていると、そのうちとろけたようにふにゃりと笑うから可愛いなと思う。

 ウェイトが足りないから、きっとまともに向き合えば平均的な体格の男にすら負けてしまうだろう。それでも、旭は瞬発力を使って『悪い奴』のあとを追い掛ける。そして賢い頭を働かせながら、これまでの経験則で培われた冷静さと度胸を武器にそいつを転ばせるくらいはやってのける。自他共に認める万年不幸体質は旭自身に何かしらを引き起こすこともあれば、そういった現場を見掛ける程度のことだってあるわけで。何かあったことを知ったり聞いたりする度に、お前は何もしなくて良いと何度だって言い聞かせるのに。それでも、旭は走って行ってしまう。その根底にあるのはどんな時も俺の存在。俺の役に立ちたい。俺みたいになりたい。そう、思ってくれることは嬉しい。だが、本当のことを言えば陣平くん、陣平くんとにこにこ笑って隣に居るだけで良い。旭がどこまでも真っ直ぐに俺を見ていてくれさえすればそれで良い。心配で心配で堪らないし、どうしようもなく可愛いとも思う。あーあ。本当に、どこにも行けないようにしたい。

 あの日。借りていた家が燃え、爆弾を発見して通報したという旭と警視庁で保護をしてくれていた萩原と夜飯を食った後は、宣言通りに俺の家へ連れてきた。お邪魔しまーすと玄関の敷居を跨いだ旭に、これからはただいまだぞと茶化すように言えば。大きな瞳をぱちぱちと瞬いた後に、はにかんだ笑みを浮かべて。うん、ただいま。なんてわざわざ言い直すから。俺も噛み締めるように、言い慣れないおかえりを返した。ふにゃりと甘く笑う旭が穏やかな声で口にするおかえりが、やたらとくすぐったく感じる。良い子だなと囁きながら伸ばした腕の中に閉じ込めて。思い切り抱き締めて、額にキスをした。軽く家の中を案内して、まるまる一室空いてる部屋を見せながらここが旭の部屋だと告げる。

「え?なんで一室丸々空いてるの?」

こてりと首を傾げる旭を見下ろして。言うつもりもなかったことだとは思いながらも、結果的にこうなったのなら。話しても良いかと判断して、話すことにした。

「一緒に暮らすつもりだったから、勝手に物件探して決めてた」
「え、探したのいつ?」
「旭が大学受験くらいの時か?」
「え!?それで俺が一緒に住まなかったから一部屋空いてたってこと?」
「ああ」
「んん〜〜〜〜〜??それはちゃんと教えてよ!」
「いや。まあ、仕方ねえかって。」
「お引越ししたとは聞いてたけど、なんで教えてくれなかったの⁉」
「旭、すげえ怒ってただろ。一人暮らしするって言って。」
「もう〜ちゃんと言ってよ!そこまでしてくれてたなら一緒に住みました‼」
「は?」
「あの時は陣平くんが頑なに一人暮らしなんて無理!って言うから〜〜。」
「ああ、泣くな旭。」
「バカに、されてるんだと、思って〜〜うう〜〜。」
「俺が悪かった。」
「んん〜〜、悪いのは俺だもん。陣平くんが俺のこと考えてくれたのに。」
「いい。こうして旭が使ってくれることになったんだ。全部チャラだろ。」
「うう〜〜、陣平くんが優しい。」
「俺はいつも優しいだろ。」
「陣平くんは過保護なんです〜。」
「旭が可愛いから仕方ねーなあ。」
「もう〜。いっつも可愛いで済ませる〜!…なんでも、ちゃんと話してね。」
「ああ、分かった。」

 今から迎えに行く、と旭にメッセージを送り車を走らせる。なんていうか、今日からその日あった出来事をもっと詳しく互いに話すようにするかなんて考えて。それと、萩原とのデートとかいうクソイベントについても詳細を聞き出す。結局のところ、萩原は何を聞いても冷や汗をかきながらのらりくらりとかわすから心底ムカついて終わった。考えてみれば、旭が萩原や伊達と会ったであろうその日は帰って早々に敬礼してくれなんてねだってきたように思う。突然なんだ?とは思いながらも滅多にしない敬礼をして見せるとはあ、と溜息を吐いて。やっぱり格好良いねえ、なんてやたらご機嫌だったな。その顔があまりにもふにゃふにゃで可愛いから丸い頭を撫でてやったが、どうせ伊達あたりが敬礼でもしたんだろう。いつの日か萩原が言っていた通り、俺の与り知らぬところで同期たちと邂逅を果たしていく旭は、その内あいつらにも会うのだろうか。いつの間にか、連絡一つ取れなくなってしまったあいつらは一体どこで何をやっているのやら。まあ、生きてくれてさえいれば何をしてたって構わないけど。

 軽い渋滞に巻き込まれかけたものの、思ったよりもスムーズに車が流れてくれたようだった。随分と陽が長くなってきたなとフロントガラスから空を一瞥して、目的の東都大学前で駐車する。着いたぞと連絡しようと思ったその矢先、視界の端に映った姿を捉えて口角が上がった。ぱたぱたと走り寄ってきて、助手席の窓から見えるにこにこと笑った顔が可愛い。勢いを殺しながら慎重にドアを開ける様子に小さく笑ってしまう。

「ただいま!陣平くん!」
「おかえり、旭。」

なんだかんだ言いながら、迎えに来たのが嬉しいのだろう。買ってやった鞄を大事そうに膝の上で抱え、上機嫌でシートベルトをつける様子を見守り目を細める。

「ばっちりです!」
「ん。じゃ、帰るぞ。」
「はーい!」

目を細めてしまうほどに眩い笑みは絶えず、楽しげな声が空気を跳ね回る。今日の夜ご飯はねえ、と朗らかに話す声を聞いては相槌を打って。気づかぬうちに、仕事の疲れなど吹き飛んでいた。