松田旭
「ん〜〜。」
「ここはこっちに通すんだ。」
「あ、そうだね。これで、ぎゅっと。出来た?」
「ん。あと何回かやってみれば一人で出来るだろ。」
「やったー!」
ソファで夕食後の一服タイムに入るのは陣平くんの日課。そんな陣平くんの膝に横向きで座りながら、厚い胸板に頬を擦り付けた状態でネクタイを巻く練習をする。あいにく、これまでの人生でネクタイを巻く機会に恵まれなかった俺の先生は陣平くん。巻き方を教えてもらって、ちょっと悩みながらも練習を繰り返せば形になる。見てーと首に巻いたネクタイの結び目を持ち上げると、良く出来たなと優しい声が降ってきて。ウィッグを被っていない頭を柔らかく撫でる掌はいつだって気持ち良い。ゆるりと笑いながら、鎖骨近くにおでこを押し付ける。くん、と鼻を使うとふわりと香る煙草の匂いと陣平くんの甘い香り。少し、汗の匂いも混じってるかなあ。安心する陣平くんの香りを吸い込むと、ふにゃりと体の力が抜けてしまう。格好良い男の人からは良い香りがするんだなあ。
二十歳の誕生日には、両親と陣平くんと一緒にスーツを見に行ってお昼ご飯を食べて。夜は陣平くんがわざわざ予約してくれたというとってもお洒落なお店に連れて行ってもらった。そこで初めて飲んだお酒は甘い綺麗なカクテル。女の子が飲むようなお酒は少し恥ずかしいけれど、飲みやすくて美味しかったなあ。隣に座る陣平くんが飲むお酒も味見させてもらいながら、言われた通り合間にお水を挟んだ。運ばれてくるご飯も美味しかったし、目の前に広がる夜景がとっても輝いて見えて。何度も瞬きしながら夢じゃない?って陣平くんに聞き直したんだよね。夢じゃないって笑う陣平くんが何度も頭を撫でてくれて、降ってくる熱の感触がちゃんとあった。そっかあ、夢じゃないのか。何となくふわふわしながら、すごく幸せっていっぱい笑って。最後にサプライズでバースデーケーキが出てきて、お店に居たお客さんたちが拍手しながら歌を歌ってくれた。優しい顔で笑う陣平くんに促されて蝋燭の火を消すと、ケーキを運んでくれたスタッフさんも他のお客さんたちも皆が笑いながらいっぱい拍手をしてくれて。すごい、こんなにびっくりする誕生日初めて!本当にありがとう陣平くん!なんて堪らずに抱き着いたら、良かったなって言われて。考えるまでもなく、こうしていつの誕生日にも陣平くんが隣に居てくれた。陣平くん、こんなサプライズも出来るんだもん。すっごく格好良い!思わずふふ、と笑うと陣平くんが俺の頭に頰を押し付けながらどうした?って聞いてくる。
「どの誕生日もちゃんと覚えてるんだけどね。」
「ん?」
「ふふふ、今年はとびっきりだったなあと思って。」
「ふ、楽しかったか?」
「うん!とっても!」
「そりゃ良かった。」
「陣平くんとお揃いのジャケット着て、またお出掛けもしたいなあ。」
「どこが良い?」
「んー、ふふふ。」
「なんだ?」
「陣平くんと一緒ならどこでも楽しいだろうなあって。」
「そうか。」
「うん!」
普段のお買い物でも良いし、落ち着いたカフェとかも良いし、ちょっと遠出してブラブラするのも良いなあ。陣平くんと一緒ならどんな所にだって行ってみたいし、どこへ行ったって絶対楽しい。そんなことを話せば、逞しい腕に体をすっぽり包まれてぎゅうぎゅうに抱き締められる。
「あはは、捕まっちゃったー!」
「もう、離せないぞ。」
「ふふ、良いよ。」
「ん?」
「俺はずーっと陣平くんの隣に居たいから、良いよ。」
「旭。」
「なーに?」
額をこつりと合わせて、陣平くんは奥の奥まで見透かすように俺の目をじっと見る。甘やかに細まる透き通った綺麗な瞳を見つめ返すと、大きな掌で頬に撫でられて。そしてすぐに、目元に唇が降ってきた。強くて格好良い、憧れてやまない俺のヒーロー。陣平くんの隣に立ち続けるためには、どれだけの努力が必要になるんだろう。今までは俺が子供だったから、特別何をした記憶もないままそれが叶っていた。でも、成人して子供ではなくなった今、ちゃんと自分で努力をしなければいけないんだろうなと思っている。いつ、どんな風に何を求められても良いように準備を怠ってはいけない。気を抜けば、きっとあっという間に掠め取られてしまう気がする。俺は何度だって、陣平くんが隣に居ることを夢じゃないかと思ってしまう。そんな、弱い奴だから。
「そうだ、成人式の日なんだけど。マナちゃんが写真撮らせてって言ってた。」
「はあ?旭の行事の度にだな。」
「んん〜〜、でも、色んなお洋服譲ってもらったりしてるし。」
「服なら俺が買ってやる。」
「だーめ。そう言って陣平くんは俺に対してすぐ無駄遣いするんだから〜。」
「無駄遣いじゃない。俺のための投資だ。」
「投資ー?あはは、どこが?」
「旭は俺のものだって主張出来るだろ。」
「やだー!陣平くんが格好良い!」
あはは、と声を出して笑いながら陣平くんのお腹に腕を回して抱き着く。うわー今日も筋肉が厚くて腕が回らない!俺の腕が短いわけじゃないよね⁉はあ〜〜、いつも思うけど何なのこの硬さ!羨ましい!ずるい!俺も欲しい!お返しー!って言いながら陣平くんをぎゅうぎゅう抱き締める。そうすると、俺の可愛い旭って言われて。緩やかに口角を上げながら、優しい声で囁く陣平くんを見上げて目を細める。はーい、陣平くんの旭ですよ。なんて、笑いながら返した。