伊達航
「ん?伊達さん、なんかあの子追われてません?」
「んー?どの子だ?」
声を上げる高木が指差す方向を見れば、すらっとした細っこい女の子がかなりのスピードを出して走っていた。その後ろからは近からずも遠からずと言った距離で男が走っている。なんとも微妙な位置関係だが、きっと追われているんだろうなあ。何より、風に乗ってふわふわ揺れる黒髪とその体躯には見覚えがありすぎた。
「高木!追うぞ!」
「は、はい!」
スタートを切り、反対の歩道を駆け抜ける姿を捉えながら端末を取り出す。こんな朝っぱらに何故あの子が居るのかとか色々と気になることはあったが、あの子に何かあったら真っ先に連絡しろと言っていた同期の番号へ発信すると、応答したのはツーコール後。
「朝からすまんな松田!お前の彼女見つけたぞ!」
『あいつに何かあったのか⁉』
「良く分からんが追われてるみたいでな、後輩と追跡中だ!」
『は、頼む。どの辺だ?』
「いや、場所を言おうにもあの子の足が速いからすぐに場所が変わるだろう。」
『今迎えに行ってたところだ。すぐ着くが、捕まえてもらえると助かる。』
「おう!任せておけ!」
『悪いな、頼む。』
終話した端末を手に握りながら、全く本当に足が速い子だと思った。だが、見る限りあの細っこい体では持久力には欠けるだろう。実際に、少しずつ持ち上げる足の高さが下がってきている。どうにか、男を捕まえられないだろうか。そう思いながら車道を横切るタイミングを探す。
この辺りを通ったのは本当にたまたまだ。最近、東都大学の近くで女子学生が不審な男から声を掛けられるという事件が多発しており、大学側にも注意してもらうよう女性刑事が先日頼みに行っている。近隣を担当する自動車警ら隊にも重点的にパトロールしてもらうことになっているが、そういった行動をとれば必然と犯人の検挙からは遠ざかるものだ。まあ、予防することも大事かなんて思いながら別件での張り込みの後に、無いとは思いながらもついでだからと後輩の高木を連れて見回っているところだった。持久力には自信がある。そして、どんな男かは分からんが一般の男に負けるような鍛え方をしてはいないとも自負していて。後ろからついてくる高木も、まだ走れそうな顔をしている。嫌なやり方だが、お嬢ちゃんにはもう少し頑張ってもらってへばった男を捕まえるしかないのだろうか。朝方なだけあって車の流れは無い。よし、今だと高木へ合図して車道へ足を踏み出した時。
「あれ?伊達さん!なんか女の子戻ってきますよ⁉」
「はあ⁉」
高木の声で一瞬離していた目線を遣れば、随分前を走っていたはずのお嬢ちゃんが何故か今にも泣きそうな顔でこちらへ走ってきている。何やってんだ⁉と対応に困った俺を見て高木もおろおろとするばかりだ。
「うわあああお兄さんちゃんと避けて〜〜!」
高くも低くも無い声が叫ぶのは、今まで自分を追い掛けた男を心配する言葉。俺たちと同じように対応に困った男は動かしていた足を止めている。そして、お嬢ちゃんは走る勢いをそのままに、男を思い切り突き飛ばして歩道の端に寄せた。はあ⁇俺も高木もその男も、全く同じ顔をしている。一体何事なのかと思った時、向こうから蛇行するトラックが走ってきたのが見えて。
ふらふらと車体を揺らす運転手の様子を見る限り、恐らく意識を失っている。まさか、あのトラックを見つけて戻ってきたのか?成り行きを見守っていれば、お嬢ちゃんが走る歩道の方へ車体が流れ始める。それに気づいたのか、顔はいよいよ半泣きへと変わっていた。こっちだ!と堪らずに声を出せば、顔を向けた大きな瞳と目が合って。思い切り駆け寄ってくる華奢な体はすんでのところでトラックを避けて俺の方へ飛び込んできたのだった。細っこい腕を掴んで引っ張り、華奢な抱き込んで。受け身を取りつつ勢いを殺すために敢えて倒れる。
「伊達さーん‼」
焦った高木の声を聞きながら、ごろごろと地面を転がった。向こうでガシャン!と大きな音が聞こえる。どうやらトラックは対向車線の電柱に突っ込んだらしい。
「はあ〜〜。大丈夫か、お嬢ちゃん。」
「はっ、はあ、……伊達、さん……ありがとう、ござい…ました……。」
「ははは、さすがに疲れたなあ。」
「……そう、……ですねえ………。」
安堵したからか、腕の中の小さな体はくたりと脱力しきっていた。ぽんぽんと頭を軽く撫でると、半泣きで走り寄ってきた高木が視界の端に映る。
伊達さーん‼大丈夫ですかあ〜〜〜。」
「わはは、大丈夫だ、泣くな泣くな!」
「そんな、こんなの見て無理ですよお〜〜〜。」
お嬢ちゃんを起き上がらせながら立ち上がると、見知った車が近くに停車する。
「旭‼」
「ふあ、……陣平くん、ふえぇ……。」
降りてきた松田の姿を見た途端、お嬢ちゃんはぼろぼろと泣き出してしまった。すがるように細い両手を伸ばして松田へ抱き着いている。良かったと眉を下げた同期の顔を見て、俺も安堵の息を吐き出す。
「悪かったな、伊達。」
「いや、本当に良かったよ。」
「助かった。」
「ここは俺たちが処理しておくから、早く家に帰って安心させてやれ。」
「悪い。」
「気にするな。」
高木に応援を呼ぶよう指示を出す。松田は、声を出して泣いてしまっているお嬢ちゃんを横抱きにして車に乗せた。こちらを伺う視線に右手を軽く振ってやれば、やがて走り出す車を見送って。ようやく周りを見渡した。
お嬢ちゃんを追いかけていた男は未だに放心状態で座り込んでいるし、電柱にぶつかったトラックの運転手は見た限りだとそう大きな怪我もなさそうだった。目紛しい出来事を目の当たりにして、ようやく大きな息を吐き出すと色々聞きたそうな顔をしている高木が視界に入る。そわそわとする姿に苦笑しつつ、まずは仕事するぞと肩を叩いたのだった。