松田陣平

そろそろ帰る。
——はーい。気をつけてねえ。それと困ってるお友達を家に連れて行きます。
ん?大学のか?
——んーん、歩いてたら助けてもらった人。
詳しく説明しろ。
——ごめんなさい、急いで帰るから。なんか追われてるみたいで。
は?電話は?
——ダメ。早く帰ってきて。

 退勤時間になった瞬間、お先と声を掛けて爆処の居室から飛び出す。お疲れー
なんていう同僚たちの声は既に遠い。駐車場までダッシュして、車のエンジンをかける。この時間帯なら十五分もあれば帰れるだろうか。無意識に近い状態で、車内のデジタル時計を睨む。一体どういうことだ。というか、旭はまだ帰っていなかったのか。帰ったらまた怒るべきか?と悩みつつも煙草に火を付ける。大きく吸い込んで、煙を吐き出すことを繰り返せばあっという間に一本吸い終わってしまった。とにかく、旭の顔を見るまではイライラしたところで仕方が無いのに。

 空いている道路を飛ばして帰れば、少し遠くの方から歩いてくる二人分の人影が見えた。目を凝らすと、あれは間違いなく旭だと直感する。だが、家を出る前に巻いてやったマフラーもしていなければ着ているジャケットは見たことが無い形で。旭に手を引かれて歩いているのは背格好からして男。意識せずとも眉が寄り、思わず舌打ちをしていた。さっさと駐車場へ車を入れてエントランスに入る。エレベーターへ駆け込み自宅があるフロアへ降りたものの、人影は無い。家の鍵を開けても中は真っ暗だった。仕方ない、このまま待つか。小さく息を吐きながら、閉めた自宅の扉へ背中を預ける。やがて、もう少しですよという柔らかい声が聞こえてきて。その方向へ顔を向けると、俺に気づいた旭が陣平くん早かったんだねえとほっとしたような顔をする。その後ろに続く男の顔が光に照らされた。

「……………は?」
「……………え?お、お前…………。」
「…………はあ?諸伏………?」
「あれ?陣平くん、お兄さんのこと知ってるの?」

こてりと首を傾げた旭に、同期だと呟けば。

「わあ、そうだったんだ!すごい偶然だねえ。」

ふにゃりと笑う可愛い顔。まさか。いつの日か思ったことが本当になるなんて。

「久し振りだな、諸伏?」
「ああ、うん、本当にな。」
「まあ、今は深く突っ込まないでやるから、とりあえず上がれ。」
「悪い。助かる。」

眉を下げて笑う諸伏は暗がりで見たからか、どことなく顔色が優れないように思う。とはいえ、見下ろした先。繋いだままの手を外させ、小さな手と指を絡めた。

「お兄さん、やっぱり一緒に来て良かったでしょう?」
「そうだね、うん、ありがとう。」
「いいえ、すぐにご飯作るので待っててくださいね。」

からりと笑う旭はドアを開けて。靴を脱ぎ、土間から上がって俺たちを振り返る。

「おかえり、陣平くん。いらっしゃい、お兄さん。」

甘やかに細まる大きな瞳を見つめながら、ただいまを返した。俺の後ろに続く諸伏も、少し緊張が緩んだ声でお邪魔しますと言っている。ぱたぱたと奥へ引っ込
もうとする旭におかえりと掛けると、ただいま〜!と呑気な声が返ってきた。

「なあ、妹?彼女じゃなくて?」
「あ?彼女だ。」

今の今まで、どこで何してるかすら分からなかったんだ。探らないとは言ったが、こっちだって全部を教えてやる必要は無いよな。久し振りに見た同期の顔を、互いにまじまじと眺めては。従兄弟だとは絶対に教えてやらねえと心の中で呟いた。