諸伏景光

——ヒロ!今!
——松田と美少女が来てる
——んだが、あれ
——あれ もしや まさか
——松田旭⁉
——⁉⁉
——⁇⁇⁇

 ピコンピコンと忙しなく鳴り始めた端末を確認すると、物凄く取り乱している幼馴染から連絡が来ていた。わざわざ用意してもらった昼飯を咀嚼していると、そういえばあの二人、今日はポアロへ行くと言ってたなあと思う。ゼロがどんな反応するのか楽しみだったけど、こんな慌てたメッセージを送ってくるとは思わなかったな。肝心なことは粗方伝えたものの、恐らく一番伝えるべきことをあえて伝えなかったのはちょっとした思い付きだ。そうだよなあ。あんな美少女がまさか男の子だとは思わないよなあ。苦笑しながら、肯定する言葉を送るとひっきりなしに来ていたメッセージが沈黙した。お?どうした?優秀で頭の回転も早いあいつのことだから、もう納得出来たのだろうかと考える。

——俺より可愛い男がこの世界に存在するなんて信じられない。

その文面に声を出して笑う。まじかー。そうだよな。ゼロも顔可愛いもんなあ。警察学校時代にそのネタ乗っかってたわ。懐かしいなあ。ゼロの一連のメッセージをスクショに撮り、招待されたばかりのグループチャット画面に投下しておく。

ゼロくんが松田家と遭遇した@ポアロ
——クッソ。ひい〜〜〜なんだこのメッセージ腹いてえ〜〜。
——おおー。遂に降谷も会ったのか。感慨深いな。
——あ?旭は世界一可愛いに決まってんだろ。
——はいはい、落ち着いてね。旭ちゃんは可愛いよ。
——確かにお嬢ちゃんは可愛いなあ。彼女が今度会わせてくれって言ってたぞ。
——おー。旭に伝えおく。
そろそろゼロもここに招待してあげなくちゃなあ。
——そうだねえ。松田家宅飲みにも誘ってあげよう。
——久し振りに全員揃うなあ。
——来ても良いけどちゃんと帰れよ。
——え!旭ちゃんの朝ごはん食べるまでが宅飲みでしょ⁉
——ぜってー食わせねえ。
——やだあ〜〜〜〜〜旭ちゃんにお願いしまくる!
旭ちゃん優しいからなあ。
——俺だけの旭だぞ。
——わかってるわかってる!
——いつにする?
ゼロに予定聞いてみるよ。
——降谷くっそ忙しいんでしょ⁇
——ちゃんと休んでるのか?
本人に聞いてやって。
——それもそうだな。
あ、旭ちゃんにお昼ご飯美味しかったって伝えてよ松田。
——ん。
——え?諸伏ずるくない??俺も松田家居候になりたい。
——家がある奴は家に帰れ。
——そろそろ家は借りられそうなのか?
ゼロが調整中。一応そろそろ警視庁にも復帰予定。
——おお、おめでとう!
——良かったなあ。
——そうか、安心した。
松田家には本当にお世話になりました。
——気にすんな。
松田家がデート中だからまた後で。


その後もピコンピコンと通知音が忙しなかったが、どうせ萩原が噛み付いているんだろう。端末から目を離すと、空になった皿。野菜も肉もゴロゴロなピリ辛カレーは山盛りだったのに、旨すぎてあっという間に食べ切ってしまっていた。皿を洗おうとすっかり使い慣れたキッチンへ立つ。ゼロのご飯もかなり旨いけど、旭ちゃんも相当な腕前だよなあ。水を出してスポンジを手に取りながら、ふと初めてこの家にお邪魔した時のことを思い出した。

 たまたまぶつかった華奢な女の子の必死なお願いに根負けして頷いた後、何だか考えるのも嫌になった俺は小さな手に引かれるまま歩くことにした。何故ぶつかっただけの相手にそんなにも必死な顔をするのか分からなかったけど、死のうとしてるでしょう?という言葉には思わず息を呑んだ。見た所普通の女の子なのに、何回も死にそうになったことがあるからと眉を下げて笑うその表情に惹かれたのかもしれない。本当は、このまま逃げたところで意味が無いのかもしれないと思いながら走り回っていた。一度決めた最期だ。俺の手を握る小さな温かい両手に託すのも良いかもしれない、なんて。ゼロに言ったらバカなことをと鼻で笑われるかもしれない。賭けの一つにもならないような、ただの気まぐれ。穏やかな顔で笑う女の子の表情と感じる温もりに導かれ、一緒に夜道を歩いたのだった。

 その結果、俺は潜入していた組織や本来所属している機関の目を掻い潜り、今もこうして生き永らえている。女の子について行った先で待っていたのは警察学校時代の同期。とりあえず上がれ、という言葉に促されるまま玄関の敷居を跨ぎ、言葉を交わした後に掛けられたのはいらっしゃいと歓迎する声。からりと笑う女の子と、穏やかに目を細めた同期に迎えられ人の匂いがする家に靴を脱いで入った。それアイツのだろ。さっさと脱げ。借りたチェスターコートとぐるぐる巻きのマフラーを早々に奪われて。風呂にでも入って来いと脱衣所に押し込まれ、展開に追いついていけない頭では何も考えられず言われるがまま温かいシャワーを頭から思いっきり浴びた。さっぱりしたなあと呑気に思いながら浴室のドアを開けると、部屋着と新品の肌着にバスタオルが用意されていてありがたく拝借する。温まった体は途端に眠気を訴え始めて、苦笑したけれど。リビングへ戻ると、ご飯がちょうど出来たので食べましょう!と高くも低くも無い声が聞こえた。四人掛けのダイニングテーブルに並んだ料理を見た瞬間に、腹の虫が騒ぎ立てていっぱい食べてくださいね、なんて笑われる。松田と女の子は向かい合って座り、俺は松田の隣に座った。いただきます、と揃う二人に倣っていただきますと口にする。まずは一口。ツヤツヤの白米を口にして噛みしめる。並んだおかずを間に挟んでまた白米を食べる。それを繰り返して、無意識に溢れてきた涙がぼろぼろと落ちて行った。大変だったんだな。松田が茶碗を置いた手で俺の肩をぽんと叩く。お茶もありますからゆっくり食べてくださいね。コトリと湯呑みを置きながら、女の子が柔らかく目を細めていた。

 温かいと思った。人の居る家。誰かの温もり。じわりと舌に広がる美味しさを脳が理解して、生きていることを教えてくれた。死を、覚悟していた。それが国のため、あいつの、ゼロのためになるならと。だが、こうして生きていることを実感した時、体中を埋め尽くしたのはどうしようもないほどの安堵だった。子供みたいに泣きじゃくりながら、ありがとうと女の子に伝える。

「良いんですよ。お兄さんが生きてくれたから。それで十分です。」

穏やかな声色を出して笑う女の子に、松田がそうだなと頷くのだった。

 これが、嘘みたいにドラマチックで、本当にあった話。
松田旭という人に救われて生きている、俺の話だ。