従兄弟とクリスマスの松田陣平の話
お仕事から帰ってきた陣平くんとご飯を食べていると、少しだけ眉を下げながら名前を呼ばれた。何だか妙にばつが悪そうな顔をするから首を傾げる。
「二十四、二十五日なんだけどよ。」
「ん?クリスマス?」
「ああ、夜勤になっちまった。」
夜勤。ぽつりと呟いた声は小さくて。ごめんな。と言われて慌てて首を振った。
「んーん、お仕事だもん。陣平くんは悪くないよ?」
「でも、何だかんだいつも楽しみにしてるだろ。」
それはそうだけど。何だかんだ言ってクリスマスだと沸き立つ街の空気が好きだから、ついそれっぽいことがしたくなるだけで。そんな俺を分かってて陣平くんが甘やかしてくれるから、クリスマスが好きなんだもん。でも、でもね。
「そんなことより俺は今ショックを受けてるよ陣平くん…。」
「ん?」
「俺、その二日間は図書館整理を押し付けられて朝早くから家を出ちゃうの。」
「…はあ?」
「クリスマスどころか、丸二日間すれ違い生活だよお。」
どうしよう。陣平くんと二日もすれ違うの?やだあ〜寂しい〜〜。持っていたお茶碗と箸をテーブルに置いて、そんな未来想像もしたくないと両手で顔を覆いながらギュッと目を瞑る。
「二日か……キツいな。」
小さな声で呟かれた言葉を耳が拾って、両手をそろりと下げる。口元は覆ったまま、陣平くんを見ると唇を尖らせて離れたくねえ、なんて言うから。じわじわと頬が熱くなるのが分かる。
「んん〜〜、陣平くんがそう言ってくれるの嬉しい……。」
ずるい。格好良い。はあー、ドキドキする。俺も離れたくないよ、陣平くん。まだちょっとだけ熱い頬を手で押さえながら笑う。
「俺はいつも旭と離れたくねえと思ってる。」
「ふふふ、嬉しい。」
俺もだよ、と目を細めながら陣平くんの真剣な瞳を見つめた。やがて甘やかに細まる目元がとても愛おしげで。目は口ほどに物を言うってこのことだなあ、なんて思いながら。
「クリスマスは残念だけど、その後はいっぱい甘やかしてくれる?」
「ああ、いくらでも。」
「やったあ!」
「二十六明けで二十七と二十八は非番だから、遅めのクリスマスでもするか?」
「ほんと?やりたーい!」
「ふ、良いぞ。」
「わーい!頑張って乗り切ります!」
「そうか、良い子だな。」
「ふふふ、陣平くんは笑った顔も格好良くてずるいなあ。」
「そう言う旭は可愛過ぎるけどな。」
「んん〜〜。」
「俺以外にあんま可愛いところ見せるなよ。」
「陣平くんも!ダメだよ?」
「ん、旭だけな。」
「はい、よろしくお願いします。」
なんとなく深々と頭を下げると、陣平くんは可笑しそうに声を出して笑っていた。
***
ご飯を食べ終えた後は、いつも二人で一緒に食器を片付ける。そして時々、陣平くんの気紛れだったり俺が引っ付き虫をしたりして一緒にお風呂に入る。今日は陣平くんの気紛れが発動して、風呂行くぞ言いながら逞しい腕に抱え上げられた。ぐんと高くなった目線にちょっとだけびっくりしながら、陣平くんの肩に両手を置いて笑う。びっくりはしても暴れたりしない。だって、陣平くんの腕の中はどんな状態でも世界一安心出来る場所だから。
お風呂はささっとシャワーで。十二月も後半になるとすっかり寒くなってしまうから、お休みの日は湯船にお湯を溜めてゆっくり入ることもあるんだけど。平日はなかなか時間が厳しかったりする。寒い〜、と体を縮こませながら急いでお風呂を終えると今度は髪を乾かし合いっこ。本当は最初に陣平くんの髪を乾かしてあげたいのに、絶対に譲ってくれない陣平くんは俺の髪を先に乾かしていく。風邪引いたら大変だろ、なんて言われたら大人しくするしかないよね。一度風邪を引いたら長引きやすいことはさすがに良く分かっている。こればっかりは仕方ないです。ゴォ、と少し強めな温風を出す我が家のドライヤー。陣平くんの長い指にさらりと髪を撫でてもらうと本当に気持ち良い。自然と瞼が重くなってくる俺を見て、優しく目を細めるから。格好良い。陣平くんに向かい合うように向きを変えて、ぎゅっと腰に抱き着く。
「やりづれえ。」
「ふふふ、だってー。」
「んー?」
「陣平くんが格好良いからー。」
「ふ、そうか。」
「うん。」
口ではやりづらいと言いながらも、少しだけ弾んだ声を出すところは可愛いと思う。ぐりぐりと部屋着の胸元に額を押し付けると、後頭部に温風が当てられてまた指先が撫でていく。はあ、気持ち良い。陣平くんは指の先だけで俺を翻弄たくさん翻弄しちゃうんだ。格好良い大人はこういうテクニックまで持ってるんだから、俺なんて全然敵いっこない。
「ん、乾いたぞ。」
「ありがとう。」
「ふにゃふにゃだな。」
「んー、気持ち良いんだもん。」
「はは、可愛い。」
ちゅ、と鼻先に唇がくっつくと、陣平くんの髪から水滴がパタリと落ちてくる。ぱちぱちと瞬きをしながらゆるりと笑った。そんな俺を見て、眩しそうに目を細める陣平くんからドライヤーを受け取る。その時にありがとうを込めて指先にキスのお返し。ふにゃふにゃした俺の指先とは違って、固い男の人らしいすらりとした指先は憧れだったりする。もう、格好良い大人の男の人にならなきゃ!っていうどうしようもないほどの焦りはなくなったけど、それでもやっぱり憧れはそのまま。陣平くんは、俺の憧れ。ずっとずっと、たった一人のヒーローだから。器用さが売りの指先は、びっくりするくらい優しく俺に触れる。するりと頬を撫でられて、たったそれだけのことにすらうっとりしちゃうんだから。それじゃあ、乾かしますよーなんて間延びした声で。頼むな、と笑う陣平くんはまた小さなキスをしてくれて。俺は自然とにっこり笑いながらドライヤーのスイッチを入れた。
髪も乾かし終えて、俺は緩む頬をそのままに冷蔵庫へ駆け寄る。ドライヤーの熱でほかほかになった体は心地良い。つい先日、陣平くんが買ってくれた紅茶のリキュールをマグカップに注ぎ、一対一の割合で牛乳を加える。それを電子レンジに入れて、温めボタンを一回押した。冷蔵庫からビールを取り出してカシュ、とプルタブを捻る陣平くんは立ったまま一口。お行儀悪いですよ、と注意すればゆるりと笑って後ろから抱き締められる。
「こらー、ぎゅってしてもダメでーす。」
「ダメなのか?」
「ええー、どうしようかなあ。」
「旭。」
「うわあ、耳元ダメ!」
可愛い。なんて、笑いながら囁くのはズルい。ほんのり染まった頬が熱を持つ。大きな厚い体にすっぽりと覆われて、俺の肩に顎を乗せる陣平くん。すぐ傍にある頬に自分の頬を寄せるとすり、と甘やかすようにくっつけられた。そのままの体勢で、一緒に電子レンジの中を覗き込みながら。部屋着の上から太い腕に手を添えて、ちょっとだけ力を込める。ぎゅう、と抱き締められるのが本当に好き。大好き。そんな言葉は無意識に溢れていて、陣平くんが俺のこめかみにキスをくれたと同時に電子レンジが調理を終えたことを告げた。くすくすと笑いながら、少しだけ緩められた腕を撫でて電子レンジからマグカップを取り出す。じんわりと温かいカップに息を吐くと、もう片方の手を徐に引かれる。陣平くんの後をついて行き、並んでソファに座った。広いソファなのに、ぴたりと隙間なく肩を寄せ合って座るのはちょっとだけ笑っちゃうけど。膝を抱えて腰を落ち着けると、ビールの缶を向けてきた陣平くんと目が合って。自然と上がる口角のまま、マグカップを缶にそっと当てた。今日も一日お疲れ様でした。互いに手に持ったお酒を口に含んで一息。ようやく、まったりした時間になる。
煙草に火をつけようとする陣平くんの動きを見て、何も言わずにビールの缶を譲り受けた。うーん、格好良い。煙草に火をつける姿すら格好良くってずっと見ていたくなる。陣平くんって本当に何をしてても格好良いんだよねえ。そんな風に思いながら、預かったビールを一口。
「んんー、苦い。」
「無理すんな。」
火のついた煙草を指先に挟んでふう、と紫煙を吐き出した陣平くんの大きな手の平に缶は戻っていく。
「ビールが美味しくなったら、俺も陣平くんみたいに格好良くなるかなって。」
「んなこと気にしてんのか?」
「んー、大人の格好良さ、憧れます。」
「見る奴から見りゃあ、どんな風にだってなるだろ。」
うわわ。思わずぎゅう、とマグカップを両手で包み込む。
「陣平くんが格好良い〜〜。」
「ふ、旭は旭のままで良いんだよ。」
「うん、はい。ありがとう。」
良い子だな、と陣平くんに言われてしまえば俺はもうイチコロだ。途端に嬉しくなって顔が綻ぶ。ふふふ、と笑う俺を見ると陣平くんも煙草を咥えながら目を細めるから。ますますご機嫌になっちゃう。牛乳で割った甘い紅茶のリキュールを一口。程良く体をポカポカと温めてくれる飲み物は、とてもリラックス出来て好き。ほわんとした心地のまま、そういえばと思い出して。ソファの前のセンターテーブルに置かれた端末を手に取って、また膝を抱えて座り直した。んーと唸りながら端末を操作する俺の手元を、陣平くんが覗き込む。こてりと寄り掛かってくる大きな体が可愛いから、ふわふわの黒髪に口付けているとどちらからともなく笑って。
「クリスマスデート、何しようかなーと思って。」
「ああ、どっか行きたいところあんのか?」
「んんー、悩んでる。今年は俺が考えても良いー?」
「良いけど。」
「ふふ、ありがとう。」
「ちゃんと行きたい所もやりたいことも入れろよ。」
「はーい。あのね、少しまったりなデートも良いかなと思ったんだけど。」
どうですか?と目線を上げると、甘く細めた瞳と視線が絡む。ふ、と口角を上げながらちゅ、と唇にキスが降ってきて。そのまま額に、瞼に、鼻先に、頬に。可愛いリップ音がたくさん弾ける。
「ふふふ、くすぐったいよお。」
「んー。」
楽しげな声を聞くと、これはやめてくれないなと思う。子供の触れ合いみたいな、可愛いじゃれ合いをする時間が本当に好き。自然と俺の声も楽しげになることを、陣平くんは分かっててやってるんだろうなあ。煙草を吸い終わった陣平くんはいつの間にか吸い殻を灰皿に入れている。すごい。スマート。全然分からなかった。
「俺は旭が居ればそれで良い。」
「んー、俺も陣平くんが居てくれるなら何だって嬉しいよ。」
そんなことを言いながらこつりと額を合わせる。結局、俺たちは。お互いが傍に居てくれるならそれで十分なんだ。俺はもう、幸せたっぷりだもんね。そんな風に言うと、陣平くんは心底嬉しそうに甘く瞳を細めて笑ってくれる。
「俺だけの可愛い旭。」
「ふふふ、はーい。陣平くんだけの旭です。」
そうして触れ合う唇は煙草に混じってほろ苦いビールの味と、甘い紅茶のリキュールがゆったりと混ざり合っていく。
***
「それでは発表します!今年のクリスマスデートはまったり読書タイムです!」
「おー。」
「気になってた本屋さんにね、まったり読書出来るスペースもあるみたいで。」
コワーキングスペースがメインらしいその本屋さんを知ったのは少し前。ネットの記事を調べてみたりして、密かに行くタイミングを伺っていた。年末になってなかなかゆっくり読書する時間もなかったし、陣平くんとまったりしたいなーと思って。どうでしょうか?首を傾げて陣平くんを見上げる。ソファに座った陣平くんの膝の上で、横抱きにされながら。操作した端末を見せると、こんな所があるのかと興味深そうな声。二十六日は陣平くんが夜勤明けだから、と前置き。
「当日はゆっくり寝てから移動して三時間くらい読書したら良いかなーって。」
「それで良いのか?」
「うん!年末年始も実家に帰ってバタバタだろうし。」
「あー、そうだな。確かに。」
「たまにはこういう時間の使い方も必要じゃない?」
「仕事は休みもらったけど、年明けはゆっくり出来るわけじゃねーからな。」
「だよねえ。だからさ、ゆっくりしましょう時間を設けようと思います!」
「ん、りょーかい。」
「夜はね、近くのイルミネーション見ながらお散歩して帰ろ?」
「ああ、良いぞ。」
「やったー!すごく楽しみ!」
「ふ、そうだな。」
頷く陣平くんを見て、自然と上がる口角をそのままにこてりと胸元に寄り掛かる。鎖骨あたりに額を擦り付ければ、優しい温もりと陣平くんの香りが心地良くてつい目を閉じそうになってしまう。大事に大事に抱えるようにしながら、陣平くんは俺の背中をトントンと叩く。んんー、ダメダメ。ヤなの。
「やだー、まだ寝たくない。」
今日は十二月二十二日。明日の夜から陣平くんは夜勤になるから、次に夜を一緒に過ごせるのは二十六日。二十三日の夕方に行ってらっしゃいをした後は、二十四、二十五日と完全に擦れ違いになってしまう。もうそれなりに長い時間一緒に住んでいるけれど、ここまで擦れ違いをすることになるのは初めてだ。たった二日とちょっと。頭ではそう思えても、やっぱり寂しいものは寂しい。いつもひたすらにくっついて一緒に居るのに。やだなあ、離れたくない。感情が積み立て方式とかなら良かったのに。そうすれば、満タンにした幸せの気持ちをちょっとずつ切り崩しながら、寂しさで潰れないように気持ちをコントロールすることが出来るのに。どれだけ科学が進歩しても、文明が発展しても。まだまだ人間は、自身が持っている感情を上手く扱ってあげる術を確率することが出来ていない。なんて、子供みたいなことを考えてしまったりする。
「陣平くんー。」
「んー?」
「まだー、まだ寝ない。」
「そうか。」
返事だけはしてくれるのに。トントンと小さく背中を叩く手の動きが止まる様子はない。寝ないもん、と言う自分の声が段々と小さく、舌ったらずになっていくのが分かる。もうすっかり瞼は落ちて、陣平くんの胸元に顔を埋めていた。温かくてぽかぽかする。煙草と、甘い香りが混じった陣平くんの匂い。靄がかかり始めた意識の中で辛うじて分かるのは、陣平くんが少しだけ笑っていること。俺の体をすっぽり覆う体や腕の体温と、大好きな香り。大きな手の平が背中で刻むリズムに、すっかり体の力が抜けていく。
「やあだー、まだ、おきてたいの。」
「んー、良い子だから。」
「だって、まだあえない日がくるの、がまんできない。」
「……俺もだ。」
「じんペーくん。」
「ん、旭。」
ゆっくり、ゆっくり。背中を穏やかに叩く手がリズムを刻む。とくり、とくりと。顔を埋めた胸元から、陣平くんの内側から聞こえる命の音。何もかもが、俺を安心させる。本格的に目を閉じてしまうけれど。まだ、もうちょっとだけで良いから。この腕の中の優しさを感じていたい。少しでも長く、温もりと触れ合っていたい。ダメ。まだ寝たくない。たった二日とちょっと。それだけの時間を乗り越えられる自信がまだない。ほんのちょっとでも離れたくない。一緒に居たい。いつも一緒に居るのに、寂しさが募っていくばかりで。なんで、どれだけ一緒に居ても足りないんだろう。何も四六時中一緒に居るわけじゃない。陣平くんだってお仕事があるし、俺は大学院で過ごす時間がある。それなのに、離れたくないなと思ってしまう。ずっと傍に居たいし、ずっと傍に居て欲しい。欲張り。どんどん欲しがりになって、寂しがりになっていく。どうしようもなく好きで、何度だって名前を呼びたくて。ゆるりと顔を上げると、俺を見下ろしていた陣平くんと目が合う。甘やかに細まる綺麗な瞳を見つめながら、名前を呼ぶ。
「可愛い。」
とろけるような声で名前を呼ばれたら、もうそれだけでふにゃりと溶けてしまいそうになって。
「おやすみ、旭。」
俺のおやすみの声は、陣平くんの唇に飲み込まれてしまった。陣平くんは寝かしつけるのも上手なんだもん。俺だってもう大人なのに、すぐふにゃふにゃに溶かされて、気持ち良くなっちゃう。でも、そんなところも大好きだから仕方ない。あーあ。寝たくないのに。このまま時間が止まっちゃえば良いのになあ。そんな思いとは裏腹に微睡み包まれて、それ以降のことは全く覚えていない。