萩原研二
非番明けで出勤した後、早速チェックしたのは昨日付で出された勤怠表だった。
十二月はどんな感じかなあ〜〜と確認して、思わず二度見した。十二月二十四、二十五日共に日勤……⁇まじで?元気にお仕事して、聖なる夜は一人寂しく家でビールでも飲んでろってこと?すぐ下にある松田の欄はへ視線を下ろすと、夜勤だった。はあ?まじで⁇お前夜勤なの⁇聖なる夜もクソも無いのかあ〜〜。思わず笑いを堪えるが、すっかり脳内で容易に想像出来るようになった松田の従兄弟くんが大きな瞳をうるうるとさせているイメージが出てくる。
『陣平くんお仕事なの〜⁇寂しいよお………。』
ダメだ‼ダメだろ松田‼お前はクリスマスの夜はちゃんと家に帰ろう‼ただの想像でしかないのにとても胸が痛くなった俺は、報告書の整理をしていた松田の背中に声を掛ける。
「松田〜。」
「なんだ?」
「クリスマスの勤怠変わろっか?」
「あー、いや、問題ない。」
「え?なんで?」
「昨日話したら、大学で用事があるとかでどっちも忙しいらしい。」
「え⁉クリスマスなのに大学行くの⁉」
「ああ、二十四日は平日だし大掃除も兼ねるから翌日も大学は開くんだと。」
「はえ〜〜学生さんって大変なんだなあ。」
「まあ、聞いた限り完全に面倒なこと押し付けられただけっぽいけどな。」
「ふーん?そっかあ、え、じゃあクリスマスしないの?」
「あー、まあ適当に。」
「え、何々?いいじゃん教えろよー。」
思わず身を乗り出した俺を無視することにしたのか、松田は既にデスクに視線を落としている。くっそ〜〜こいつ!俺が従兄弟の話聞こうとするとめちゃくちゃ警戒レベル引き上げるからなあ〜〜。もっと落ち着いて情報をゲットしていきたい気持ちは重々あるのに、つい従兄弟の話題になると熱が入ってしまう。落ち着いてこ!俺!こんなんじゃ爆処務まらないよ‼まあ、もうこうなってしまった松田からは一切話が聞けるとは思っていないので、大人しく引き下がるんだけどね。うーん、でもそっかあ。クリスマスは忙しいって言ってもさすがに夜はおうちでしょ?良いのかなー。なんて、心配というよりは、純粋に俺が松田の従兄弟に会いたいなって気持ちが大きいんだけど。
休憩時間を利用して従兄弟にメッセージを送る。すぐに既読がつくのは松田も
同じだけど、同じ松田でも嬉しさの度合いが全然違うのは仕方ない。
こんにちは。松田から聞いたけど、クリスマス忙しいのー?
——こんにちは!教授に頼まれて図書館の大掃除に参加するんです〜。
図書館⁉うわーなんか大変そうだなーってしか思えないけど!
——イメージ合ってます!すっごく大変ですよー!
そうなんだねえ。無理なくー!でも、夜は普通にお家なんじゃないの?
——はーいありがとうございます!最終的にはお家に帰ります!
ん?
——クリスマスパーティー?を学部ごちゃ混ぜでやるみたいで!
お、そういうイベントもあるんだね。
——はい、だからお家に帰るのも随分遅くなりそうかなって思ってます。
そっかあ〜、なるほどねえ。
——何か用事ありました?
ああ、ほら、松田が夜勤だからさ。ご飯でもどうかなーって思ったんだけど。
——うわーお誘い嬉しいです!でも、せっかくなのにすみません。
いいよいいよー。気にしないで。また誘うからね!
——やった!ありがとうございます!良いクリスマスをお過ごしくださいね!
ありがとー。じゃ、ごめんね突然。
——いえいえ!お気遣いありがとうございました!またお願いします!
はーい。またねー。
最後に可愛らしいキャラクターのスタンプが一つ送られてきて、やり取りは終わる。ふう、と息を吐くとやっぱりちょっとだけ残念。まあ、でも仕方ないよね。萩原さんは我慢が出来る大人!そっかあ、クリスマスの松田家は擦れ違いなんだな。あとは年末年始が控えてるし、今年はもう従兄弟と会えないのかなあと思うとやっぱり残念だった。
***
十二月二十四日。俗に言うクリスマスイヴに当たる日にはさすがに日勤帯も穏やかだ。リア充爆発しろ、が冗談で終わってくれるならそれで良いよなーなんて同僚たちと話しながら居室の片付けを進めたりして。そんなことをしていれば、あっさりと勤務時間は終了。こんな日に限って残業もなく、さっさと着替えた後にお疲れーと同僚たちへ声をかける。むさ苦しい居室から出ると、警視庁内も心なしか浮き足立っているような雰囲気。はーあ。俺は大人しく帰りますかねえ。駐車場に停めてある愛車へと向かいながら、なんとなくケーキくらいは買いに行こうかなと思い至る。一度考えてしまえば、途端にケーキのイメージばかりが頭に浮かぶから単純だなと自分に苦笑して。どうせ一人きりなんだから、ちょっとだけお高いケーキ買っちゃおー。……萩原さんは寂しくなんかありませんからね‼本当は松田の従兄弟と楽しくクリスマス過ごしたかったなんて!思ってますけど‼ついでに夕飯も調達しようと考えて、大きなショッピングモールへと車を走らせる。定時の時間帯は案の定道路も混んでいて、ちょっとした渋滞に巻き込まれつつ。別に焦っているわけでもないし、ゆったりとお目当てのショッピングモールへと向かったのだった。
ショッピングモールの一階フロアは生鮮食品や惣菜売り場になっている。例に漏れずクリスマスカラーに彩られた店内には洋食がメインな品揃えの惣菜が多めだ。それから、大きなチキン。すごいなあ、これみんな家で食べるんだもんね。そういったものを見掛ける度に、何度だって松田の従兄弟とのクリスマスを想像して崩れ落ちそうになる。来年は松田を説得して、松田家宅飲みを実施することをここに誓います。真顔のまま心の中で勝手な選手宣誓を済ませてから。カゴに食べたいものをあれこれ考えながら放りつつ、これまた混雑しているレジへと並んで。はあ〜〜、レジですらカップルめちゃくちゃ多いね⁇知ってたよ⁇みんなお幸せにね⁇最早悲しみすら湧き上がってこない澄んだ心でレジを通過し、最後にいくつかの洋菓子ブランドが集まった売り場へと足を運ぶ。どのブランドもショーケースの中に並んだケーキは僅少だ。そりゃあ、そうだよね。今日明日は特に、ケーキが売れる日だろう。なんて思っていると、近くに立っていた二人組の姿が目に入る。
「うーん、やっぱり全然残ってないですねえ。」
「まあ、今日はそういう行事ですからね。」
「うちの教授からお金はもらいましたし、片っ端から買い占めましょうか。」
「ええ、君の意見に賛成です。」
「ふふふ、良かったです。それじゃあ、手分けして…。」
「いえ、一緒に行きましょう。君がお金を扱って僕が荷物持ちということで。」
「ええ……そんな、悪いですよ。」
そもそも、うちの教授が無茶振りしたことですもん。なんていう会話を聞いている限りだと、どうやら二人は先輩と後輩っぽい。背が高い男の隣に立つのは、華奢な体躯の男の子。なんていうか、二人の体の格差がすごい。背が高い人は、一般人にしてはがっしりしているというか、何だろうこの人。自分もやっているから分かる。これは、鍛えている人の体つき。それに比べて、華奢な子はすらりとした線の細い体で、うーん。あの前下がりのマッシュヘアーといい、服装といい、さっきの声や喋り方といい既視感があるなあ。考え込んでいると、背の高い男が徐に俺を見る。見えてるのか見えてないのかよく分からないような糸目が、眼鏡の奥で薄っすらと開く。同時に柳眉がくっ、と寄せられていた。あー、ははは。なんだか随分と厳しい顔をされてるなあ。どうしよう、と思っていると男が華奢な男の子の肩を抱き寄せた。
「わわ、オキヤさん突然どうしたんですか?」
「いえ、君は気にしなくて良いですよ。」
えええちょっと待って!やっぱり‼やっぱりその男の子‼オキヤと呼ばれた男の胸元に抱き寄せられたその子は、身長差故にすっぽりと包まれてしまっている。でもね!でもねちょっと待ってその子さあ⁇鋭い視線で俺を見てくるオキヤさんに、俺はへらりと笑みを向けた。
「旭くん?」
呼び掛けると、がっしりした腕の中でもぞもぞと動き顔が見える。パチリ、と目が合えば大きな瞳が驚いたように開かれた。
「萩原さん!こんばんは!」
偶然ですねえ、なんてにこりと笑う顔に思わず頬が緩む。緩むんだけど‼
「俺、その子の知り合いです。怪しい者ではないので離してあげてくれます?」
ヒヤリとした何かが、オキヤさんから発せられていることは分かっている。彼は変わらずお綺麗な顔をしかめ、旭くんを抱く手にますます力を込めた。ええ⁇いやいやいや!なに⁉なんで⁉いつまで旭くんのこと抱き締めてんの⁉その子にはなあ‼うちのダブルエースである松田陣平って男がいるんですけど⁉勝手に彼氏面すんなよお〜〜〜〜〜〜‼誰の許可取ってるの⁉決して口には出さないけど、俺の心の中の萩原研二めっちゃ叫んでるからね⁉なに⁉ほんと‼しかめっ面のオキヤさんと、あくまでも笑みを崩さない俺の無言の戦いを終えるのは旭くん。
「オキヤさん!萩原さんは兄の同僚なので、怪しい人じゃないですよ。」
だから大丈夫です。そう言いながら、旭くんは自分を閉じ込める腕をトントン、と叩いた。ああーーー、なんていうか優しい。旭くんがほわほわだから、余計に優しく感じちゃう。もっとこう、投げ飛ばすとかしても良いんだよ⁉
「お兄さんの同僚の方ですか…。」
ふむ、なんて頷くのやめて⁉しかもお兄さん⁉呼び方‼なんか色々考えて腹たつからやめて⁉そしてなんでも良いからそろそろ旭くんを離して‼
「そうですよう。だから、心配はご無用ですー。」
旭くん!その人の心配と旭くんが思ってる心配は多分食い違ってると思うんだ‼俺には分かるよ‼その人明らかに俺を不審者としてじゃなく、突然現れた想い人と親しい謎の男みたいな視線だからね⁉でもそんなこと旭くんには知って欲しくない〜〜〜〜⁉無言のままにこりと笑う俺の心の中は、とんでもなく大荒れだ。はよ‼はよ離して‼と何度だって叫んでいる。なかなか離そうとしないオキヤさんに痺れを切らしたのは、旭くんで。
「もうー!オキヤさん!本当に大丈夫ですから!」
ぷんすこしながら唇を尖らせる姿は、普段の男の子の格好でも最高に可愛い。ちょっと強引に腕から逃れた旭くんは、オキヤさんへと向き直った。
「オキヤさんってば、俺のこと子供扱いしないでください!」
会う度にこうなんだからー!俺たちそんなに歳離れてないですし!ちょっとだけ怒ったような声。なんでだろう、でも可愛いとしか思えないから俺は泣きそう。はあ〜〜〜〜〜。神様ありがとう。悲しみのクリスマスイヴだと思ったけど、こんなにも可愛い旭くんのことを見られて俺とっても幸せです‼隣にオキヤさんが居なきゃもっと良かったけど‼とりあえず、俺の中でブラックリスト入り確定のオキヤさんのことは必ず情報を集めるからな!こっちには市民の味方なお巡りさんが五人も揃ってるんだ。怖いものなど何もない……‼焦がれていた松田の従兄弟に会えたことを、神様に感謝するくらいには嬉しいと思うのに。松田〜〜!お前やっぱり夜勤じゃなかったら良かったのにーー‼なんていう、心の中の叫びはどう頑張ってもおさまりそうもないのだった。