松田旭
陣平くんと会えない二十四、二十五日は信じられないくらい長く感じた。二十三日の夕方に陣平くんを送り出す時は、それはもうきっちり二日分くらいぎゅうぎゅうに抱き締めてもらったのに。行ってらっしゃいと送り出して、ガチャリと家のドアが閉まった瞬間にはもう寂しくなってしまっていた。早すぎでしょ、俺。苦笑するものの、寂しいのは寂しい。これから二日間、俺はこの寂しさと向き合わなきゃいけなくなる。あーあ。年末年始へ向けた図書館の整理なんて建前で、本当は教授が面白おかしくクリスマスパーティをしたいだけなんだ。その魂胆に気づいているからこそ、本当に悲しい。でも、大学生の子たちが強制参加すると聞いて、院生の俺が不参加とするのもなんだか気が引ける。朝起きたら俺が二人に分裂してないかなあ、なんて思ったけど残念ながらそんなことは現実に起こってくれなかったから大人しく大学へ行ったのだった。
二十四、二十五日共に集合時間は六時。教授の完全なる気紛れで設定されたその時間にかなり呆れながら、真っ暗な冬の朝を歩く。陣平くんとお揃いの黒のダウンコートは首元までしっかり覆ってくれるから冬も安心。そしてあったかい。この二日間はひたすら大学に缶詰なので、特に女の子の格好はして行かなかった。動きやすくて暖かいのが一番だと考えながら服を着て。
俺がやることなんて特筆することもない。ただひたすらにお掃除しまくった。一も二もなく教授と一緒に執務室をひたすらお片付け。いつも気づいたら掃除するようにはしてるけれど、ちょっと目を離した隙に散らかし放題になってしまうから。良い機会だしとついでに学会で使う資料なんかも片っ端から整理していった。本当に、やったことはそれだけ。あとは、学科も学年も垣根を飛び越えたお疲れ様会という名目のクリスマスパーティで、教授がケーキを買うのを忘れていて物凄く焦った。あれだけ言ったじゃないですか、と怒る俺に教授はごめんごめんと反省する様子もなく。教授のゼミ代表の俺が買い出しへ行こうとした際に、時々構内で顔を合わせることがあった工学部の沖矢さんが車を持っていると申し出て
くれたおかげで何とか買い出しへ行くことが出来たんだけどね。あれは本当に助かったなあ。沖矢さんには頭が上がらない。そういえば、買い出しの時に萩原さんに偶然会ったなと思い出す。何だかあの後に、陣平くんの同期の皆さんとやり取りをしているグループチャットであれこれと聞かれたけれど。別に沖矢さんはたまに構内で会うだけで、何か特別な接点があるってわけでもない。まあ、沖矢さんが気さくに話し掛けてくれるし、話してて楽しいとは思うけど、それだけだ。でも、そんな話をしていたら休憩時間だという陣平くんから電話が掛かってきて嬉しかったんだけどね。忙しいだろうに、わざわざ電話くれるんだもん。陣平くんは俺を喜ばせる天才だなあ、なんて。
そんなこんなで、どうにか二日間に渡る大掃除大会を無事に終え、ヘトヘトになりながら帰宅する。疲れたなあー、とぐったりしながらお風呂もご飯もさっさと済ませて。それから。よし、と気合いを入れて一人っきりのダイニングテーブルに資料をわんさか広げる。風邪をひかないようにと、自分の部屋着の上から陣平くんの部屋着を上だけ着て。念には念をと陣平くんのベッドから毛布やらタオルケットを引っ張ってきて、椅子に座りくるまった。二十五日の夜は、徹夜をすると密かに決めていた。論文用の資料を整理しつつネタ集めをしながら、この夜を越えれば陣平くんに会えるのだと思うと気持ちが逸る。早く帰ってきて、いっぱいぎゅーってして欲しい。こんなにも夜明けを待ち遠しく思うことはきっと他にないなと思った。
すっかり重くなった瞼をどうすることも出来なくて。テーブルに突っ伏していると、玄関の方からガチャリと音が聞こえる。あ、と自分で思う前に反射で体が動いた。くるまっていた良い香りがする毛布たちを椅子へ寝かして。弾かれたように玄関へ向かうと、少しだけ疲れた顔をした陣平くんとパチリと目が合う。僅かに目を見開いた後、眉を下げて笑われた。
「……寝てなかったのか?」
「うん、起きて待ってた。」
そうか、と笑う陣平くんは土間で靴を脱ぎ、家へ入る。伸びてきた手にあっという間に引き寄せられて、思い切り抱き締められた。陣平くんは俺の首筋に、俺は陣平くんの胸元に。それぞれ顔を埋めて、時折額を擦り付けたりする。
「はあ、旭。」
「はい、陣平くん。」
「会いたかった。」
「ふふふ、俺も。」
とーっても会いたかったよ。ううん。会いたいなんて言葉じゃ足りないくらい、陣平くんが恋しかったよ。陣平くんのふわふわした黒髪が首筋を撫でてくすぐったい。しばらくの間、玄関で抱き締め合ったまま。互いの温もりだけをただ、感じていた。
***
そうして早朝にようやく陣平くんと会えた二十六日。お仕事から帰ってきた陣平くんが軽くシャワーを浴びた後は、俺はほとんど寝ている状態だった。今日はまったりクリスマスの日、と決めていた通りに陣平くんのベッドで昼頃までぐっすり寝て。随分とすっきりした体で目を覚ますと、あどけない顔で眠る陣平くんが目の前に居た。やっぱり、こうして一緒に寝た時の寝起きが本当に幸せだと思う。普段はどんなことをしていたって格好良いのに。寝顔は存外あどけないから、可愛くて仕方ないんだよね。起こさないように、薄い唇に自分のを触れ合わせる。可愛いリップ音すらしない程度のものだったのに。抱き締められていた腕に力がこもるのが分かった。ずるりと引き寄せられて。徐に瞼が持ち上がると、どこまでも潜っていけそうな瞳が見える。
「もしかして、起きてた?」
「バレたか?」
「もうー、恥ずかしいじゃんー。」
「何やっても可愛いんだから良いだろ。」
「ううう………。」
寝起きから心臓が痛い。可愛い陣平くんはもうすっかり跡形もなくて。絶対赤くなってしまっている俺の頬を指先で撫でながら。ゆるりと口角を上げる陣平くんが、少しだけ掠れた声でおはよと囁く。
「おはよう、今日はクリスマスデートよろしくお願いします。」
甘く笑う陣平くんの顔を見て、自然と笑顔になる俺に。
「たくさん甘やかしてやるからな。」
そんな風に言われたら、我慢出来なくなっちゃうよね。ほんと、陣平くんは格好良いから困る。
ずっと行ってみたかった本屋さんは、平日のお昼もとっくに過ぎた絶妙な時間だとかなり利用者が少なかった。本屋さんと言うよりは、コワーキングスペースを売りとしていて読書スペースも設けられているおしゃれな漫画喫茶みたいな感じのところ。利用時間に応じてその分のお金を払って利用する。ビルの中の数フロアが本屋さんで、各階ごとに読書スペースやコワーキングスペースとして目的が分けられているらしい。お店の人に話を聞いてみたら、やっぱりクリスマスはカップルの利用者が多かったみたいだけれど。今日からは読書フロアの利用者よりも、コワーキングスペースを利用する受験生さんなんかが多いみたいだった。土日はかなり混雑していると聞いていたから、今日はのんびり利用出来そうで一安心。良かったね、と陣平くんに笑いかけると、ウィッグを被った髪の毛を大きな手の平で撫でられた。今日は気分で、女の子の格好をしてきた。アウターは陣平くんとお揃いのモッズコートだけど。その下はダークブルーのチェック柄シャツワンピース。Aラインのスカートが膝下までの長さでとっても可愛い。少し踵の高いサイドゴアブーツのコーディネートはもちろん、高校からの友人のお墨付き。陣平くんとクリスマスデートをすることになった話をしたら、なんだかやたらめったら張り切ってご意見いただいたので大変ありがたい。なぜか陣平くんとのツーショット写真を送るように言われたけど、まあそんなことでお礼になるならと引き受けた。もう既に何枚か撮って送信済み。それに対するお返事は、ひたすらスタンプが送られてきていたのでそっとしてる。
手続きなんかを済ませて、読書スペースがあるフロアへ。本棚にはたくさんの本が詰まっていて、壁際には椅子があったり、ソファに寝っ転がりながら読むこともできちゃう。うわあ、と思わず声を漏らす俺を、隣に並んだ陣平くんが少し笑う。なんだかちょっとだけ恥ずかしくて、それを紛らわすように手を繋いだ。フロアには人が全く居なくて、まさかの貸切状態。これはすごい贅沢な経験をしているなあ、なんて思いながら。テーブルにカバンとコートを置いて、早速物色開始する。置いてある本はクリエイターさん向けが多いっていうネットのブログ記事なんかも読んだけど、わりとどんなジャンルも置いてあるみたい。陣平くんと手を繋いで、ゆっくりと本棚を見て回って。思うがままに時折、本に手を伸ばしてみたりする。フロアの一番奥まで辿り着いた時。陣平くんが俺を呼んだ。
「んー?」
眺めていた本から目線を外すと、ゆるりと微笑む陣平くんにキスされて。思わぬ不意打ちを食らって、目を瞬く。意地悪に口角を上げる姿に、時間差でじわじわと頬が赤くなるのが分かってしまった。