松田陣平
主要駅から少し離れた場所まで来ると、人通りはぐんと減る。クリスマスが終われば、街は急激に雰囲気を変え一気に年末年始へと方向転換していて。飯を食った後、美味しかったとにこにこ笑う旭の小さな右手を握り、コートのポケットへ一緒に入れながら。冷えた夜道をゆっくり歩いて視界に入った煌々と輝くイルミネーションに目を細める。
「うわあ〜、綺麗だねえ。」
声を弾ませた旭が俺を見上げてゆるりと笑う。空いている方の手で滑らかな頬を撫でると、くすぐったそうにはにかんで。ポケットに入れていた手はすっかり温まっている。子供のようにうずうずとする顔を見ながら手を離そうとすると、逆に握り返された。
「陣平くんも一緒がいいな。」
ダメ?なんて首を傾げるから。意識などしなくとも口角は上がる。
「喜んで。」
「ふふふ、陣平くんは王子様も似合う〜!」
「ふ、旭のな。」
「ん、ううう……ずるい。」
ぎゅう、と抱き着いてくる華奢な体に腕を回して笑う。唇をツンと尖らせながら見上げて来る顔を堪らなく愛おしいと思って。前髪をそっと避けながら、額に唇をつける。直ぐに離して前髪を直してやると、背伸びをしながら頬に小さなキスが一つ。
「えへへ、お返しー。」
「ったく、あんま可愛いことすんな。」
「ええー?」
からりと笑う旭の細い指と自分の指を絡めるようにして、手を繋ぎ直した。少しだけ先を歩く旭に促されるようにしてイルミネーションで輝く階段を上がる。色白の肌がライトに照らされて、階段を見つめる大きな瞳がキラキラと音がしそうなほどに輝いていた。数段上に居る旭が振り返ると、目線がちょうど位の高さになって。ひと気がないのを良いことに、すぐ近くまで体を寄せた。瞳を甘やかに細める旭があまりにも綺麗で、思わず息を呑む。ごくり、と自分の喉が鳴る音がやけに大きく聞こえた。もう何度だってしてきたのに。小さな唇に触れることをほんの少し躊躇う。それでも、我慢しようとは決して思えなくて。僅かに角度を傾けて顔を寄せると、長いまつ毛に縁取られた瞳がすっと閉じる。可愛いと思うのは常日頃からだが。今日は一段と綺麗だなんて、心の底から思う。吸い寄せられるようにしてキスをすると、じわりと広がる熱に体の芯が痺れるような感覚がして。ただ互いの唇を触れ合わせるだけの行為がとてつもなく幸せだと思えた。そっと顔を離すと、僅かに顎を引いた旭がはにかみながら目を逸らす。ほんの一瞬視線を横に流し、それでもすぐに俺へと目線を向けて。底の見えない透き通った瞳は、いつだって俺を真っ直ぐに見つめる。そのひたむきな眼差しが自分だけに向けられるものだと思うと、堪らない気持ちになって。ずっと隣に居て欲しいと旭に願ったのは俺だ。俺は、この眼差しをずっと向けられて生きていきたい。旭の隣が、唯一無二の場所。世界でただ一つの何よりも愛おしい存在だから。
ゆるりと微笑む旭の冷たくなった頬を撫でて、腹の奥底に灯った熱のような感情を持て余す。俺の指先に擦り寄る様が堪らないと思う。
「旭。」
「なーに?」
どうしたの?陣平くん。こてりと首を傾げる姿はどうしようもなく可愛い。知らずのうちに熱くなった息を吐き出して、指を絡めた手を握り直す。途中で立ち止まっていた階段は、手を引きながら上った。最低限の動作で辺りを見渡し、建物の暗がりを探す。陣平くん?と呼び掛ける声には、握った手に力を込めることで反応した。
ああ、此処なら良いなんて勝手に判断して。更にひと気が少なくなった建物の影に旭を連れ込む。線の細い体を押して、そっと壁に背中をつけさせた。
「陣平くん?」
「んー?」
「どうしたの?」
何が面白いのか、くすくすと笑いを溢す旭の耳の側に置くようにして壁に腕をつく。これなら外からは旭の顔を見られないだろう、なんて考えながら。
「家まで我慢できねーから、ここで。」
「ふふふ、何をー?」
あどけない顔で笑いながら、僅かに細められた丸い瞳は暗がりでも輝いて見えるから不思議だった。
「キス、しような。」
「さっきもしたのに?」
「一回じゃ足りねーから。」
「もう、欲張りさんだなあ。」
額をこつりと合わせながら笑う。
「いいよ、いっぱいして?」
真っ直ぐに俺を見上げる視線に目を細めた。は、と息を吐き出しながら。やべーな、可愛い。そんな考えばかりが湧き上がる。どれだけ年を重ねて言葉を覚えても、本当にそう思うものを見た時に出てくる言葉なんて子供の語彙力と同じだ。
「言ったな。」
やべえ。可愛い。好きだ。こんなの、小学生にだって言えるだろう。許可も貰えたことだし、趣くままに顔を寄せてキスをする。グロスが乗った柔らかい唇。ゆっくりと改めて触れ合わせたそれは外気にさらされて、ひんやりとしていた。普段はあまり外でキスをしないようにしているけど。一度湧き上がった熱をこのままにしておくことは出来なかった。今は夜で、ここは外だ。それがどうした。旭の顔が他の野郎に見られなければそれで良い。そんな風に考えて、何度かキスを繰り返す。ただ唇を触れ合わせるだけなのに僅かに隙間を開ければはふ、と白い息を溢す旭の顔がとろけている。可愛い。なんでこいつ、こんなに可愛いんだ。ずっとずっと、それこそ生まれた時から見てきたけれど。旭はいつどんな時も可愛いから参る。それに、さっきも思ったように時々どうしようもなく綺麗な顔を見せることが増えた。もう子供じゃないんだと、見せつけられているような気になってくる。もう一度キスをすると、鼻にかかった旭の甘い声が上がる。小さなその声を、俺の耳は聞き逃さない。可愛い。もう一回だけ。自分自身も、無意識のうちに熱い息を吐きながら。壁についた手とは反対の手で旭の細い腰を抱く。全く抵抗一つなく俺に引き寄せられる華奢な体に、浮かぶ笑みを抑えることが出来ない。喉を鳴らしながら笑って、親指で薄い小さな唇を拭う。すっかり暗がりに慣れた目では、溶け切ってとろりと濡れた瞳で俺を見上げる顔が良く見えた。最後の仕上げとばかりに舌で唇を舐めると、大袈裟なほどびくりと跳ねる体が可愛くてまた笑ってしまう。可愛い。呟きながら抱き寄せると、はふはふと息を整える旭が壁から背中を離し俺の胸元に顔を埋めた。
「大丈夫か?」
「……ん。」
「ふ、そうか。」
コクリと小さく頷く旭の背中を、落ち着かせるためにトントンと叩く。丸い頭のてっぺんにキスを落とすと、ウィッグ越しに旭の匂いがした。あー、出来れば旭自身の髪にしてやりたい。大人になっても、子供のようにサラサラの髪は何度撫でたって気持ちが良い。家に帰るまで我慢が効かない、なんて思ってこんな場所に連れ込んだくせに。もう頭では早く家に帰ることばかり考えている。俺も大概だと苦笑すると、徐に顔を上げた旭がへにゃりと笑った。
「陣平くんー、早くお家に帰ろう?」
そんな言葉に少しだけ面食らって。
「ああ、そうだな。」
また、寒さで冷えた夜道を歩くための温もりを分け合うように。どちらからともなく互いの体を強く抱き締めてから、ゆっくりと離れる。
「それじゃ、帰るか。」
「うん!お家であったまろうー!」
「そーだな。」
指を絡め会うようにして手を繋ぎ、帰路についたのだった。