松田陣平
飯を食い終わると、率先して動くのは旭だ。コタツに入ってぼんやりとテレビを見ながら、座ってて良いのよーと言う母親の手伝いをする旭の笑い声を聞く。普段なら旭と並んでキッチンに立つが、どうも実家になると腰が重い。
「旭くんは見る度に妻っぽさが増すなあ。」
新聞を開きながら、新年恒例の駅伝を器用に見ている父親がポツリと呟いた。
「あー、分かる。」
神妙に頷きながら、普段の家での様子なんかを思い起こして。帰ったら可愛いエプロンでも買ってやるかな、なんて除夜の鐘では払いきれなかった煩悩がひしめく。それから、いつの間にか焼き切れた理性のせいで新年早々に押し倒してキスしまくったことを思い出した。いつだって可愛くて仕方ないけれど。あの時の旭の可愛さはいつにも増してヤバかった。可愛すぎてどうにかなると思ったし、既にどうにかなっている。どこで覚えてきたのか知らないが、おねだりには負けた。無理だった。我慢なんて出来るわけがなかった。キスをすればするだけ、とろっとろのふにゃふにゃになるんだから可愛すぎる。舌ったらずに俺の名前を呼びながら、色っぽい声なんて出すのはズルい。細い両腕が首に巻きつけば、もう体の熱が抑えられなかった。酸欠で泣きじゃくりながら、それでもキスをねだる姿は俺だけが知っていれば良いなんて。そんなことを考えていると。
「うわー、もう先頭は十キロ走ったのー?早いねえ。」
駅伝の様子を眺めながら、戻ってきた旭が隣に腰を下ろす。コタツに入って、俺の肩にぴったりとくっつくんだからやっぱり可愛くて仕方ない。
「みかん食べるー?」
「食う。」
「はーい、待っててねえ。」
木で編まれた浅い籠に積まれたみかんを何個か手に取って、皮を剥いていく。
「陣平くん、あーん。」
促されるままに口を開けると、小さな丸を四分の一に分けたみかんが入れられた。礼の代わりにと離れようとする細い指先に小さくキスをする。
「もー、いちいち格好良いことしちゃダメー。」
小さな唇を尖らせながら白い頬を赤くする顔は、文句なしに可愛い。サラサラの髪に口付けると、ぎゅうと目を瞑るのが見えた。ダメだ。つい意地悪したくなる。耳元に唇をつけて、可愛いと囁けば。びくりと肩を跳ねさせながら、無言のままにポカポカと胸板を叩いてくる拳。ほんと何やっても可愛いんだよな。なんて、思わず笑ってしまう。その合間にもみかんを口に入れてくるんだから、ほんとどうしてやろうかって感じ。旭が食べさせてくれるみかんを咀嚼しながら、俺も手を伸ばす。小さなみかんの皮を剥きながら、丸を六分の一にして。
「旭。」
「やったー!ありがとう陣平くん。」
ニコニコ笑いながら、雛鳥のように開けた口にみかんを入れる。もくもくと口を動かして頬を緩める姿に、どうしたって幸せを感じた。
「甘くて美味しいねえ。」
「そうだな。」
旭が食べさせてくれるやつは飛びっきり甘い、と飽きもせずに耳元で囁く。途端に顔を真っ赤にして、もー!と言いながらも抱き着いてくる華奢な体を抱き留めたのだった。
***
気がつくと、寝ていたようだ。腕の中に居る旭は、穏やかな寝息を立てている。家は静まり返っていて、両親が出掛けてしまったのだと理解した。買い物にでも行ったのだろう、夜から旭の両親である叔父と叔母が来るはずだ。祖父母の家には、両家揃って行くのが恒例になっている。いつまでもこうして仲良くいられるのは良いことだろう、と思えるようになったのはそこそこの年齢になってからだけど。コタツの暖かさはついつい眠くなってしまうが、いかんせん体温調節が出来なくなって風邪を引きやすくなる。ガキの頃はコタツで寝ると絶対に喉を痛める旭のことが心配で仕方なかった。まあ、今も心配なことには変わりないけども。起きたら何か飲ませなきゃな、と思う。俺の胸板に頬を寄せながら、気持ち良さそうに眠る旭の髪を撫でた。子供のようにさらりと指通りの良い髪は、ずっと触っていたくなるほどに気持ちが良い。何度も髪を撫でて今年もまたこうして旭に触れることが出来る事実を噛み締める。また一年よろしくな、そう思いながら。
「あー、キスしてぇ。」
思わず心の声がダダ漏れになって苦笑した。早く起きろ、と思うのに。ずっと腕の中で寝てて欲しいとも思う。俺だけの可愛い旭。そんな俺の言葉を受け入れて、嬉しそうに笑うんだからどうしたって離せない。離すつもりもねーけど。深い呼吸を繰り返す、温かな体をほんの気持ち強めに抱き締めて。もう少しだけ目を閉じることにする。旭の甘ったるくて良い香りを吸い込みながら、俺は微睡みに落ちていった。