従兄弟とバレンタインデーの松田陣平の話

「こんにちはー。」

 ドアが開いた音に続くのは高くも低くもない声。聞き覚えがあるその声に視線を向けた丁度その瞬間。

「旭おねーさん!こっちだよー!」

元気な少女の声が店内に響いたのだった。時間は十五時を過ぎたおやつ時。とはいえ、平日のポアロではゆったりとした時間が流れている。

「ごめんね、遅くなっちゃって。」

眉を下げる美少女に、この場に居た誰も彼もが釘付けになっていて。その状況を複雑な思いで見つめながら、顔に笑みを貼り付けた。

「ううん、大丈夫!旭お姉さんこそ、忙しかった?」
「少し授業が長引いちゃったんだ。」

どうにか連絡出来れば良かったんだけど、と言った美少女へお冷を持っていく。

「そういうことでしたら、ポアロへ連絡してくださっても構いませんよ。」

音を立てないようにテーブルに置いたグラス。

「こんにちは、安室さん。」
良いんですか?と首を傾げるその子は、やっぱりどう見ても美少女だった。こんにちは、と挨拶を返しながらもちろんと頷く。ありがとうございます、と礼を言いながらその人は困ったように眉を下げて笑う。

「小さな子を待たせるのは心配なので、助かります。」

でも、こういうことは無いのが一番ですよね。付け加えられた一言。授業の遅れならばこの子のせいではないだろうに。どこまでも人が良いのは性分なのだろう。

「歩美ちゃん、このお姉さんは…?」

ポカンと口を開けていた、いつものメンバーに思わず笑ってしまう。いち早く戻ってきたコナンくんは一度唾を飲み込んでから、歩美ちゃんへ問い掛けた。

「この人はね、松田旭さんだよ。」

従姉妹のお姉ちゃんのお友達で、時々歩美にお勉強を教えてくれてるの。ね、旭お姉さん。あどけない満面の笑みを向けられて、美少女はゆるりと微笑む。

「うん、歩美ちゃんとも仲良くさせてもらってます。」

初めまして、松田旭です。よろしくね。男の子たちはゆるりと笑う美少女を見上げた後、ぽやんと赤い顔で頷くのだった。君たち、その美少女に騙されてはいけない。その子はね、お兄さんなんだよ。というか、歩美ちゃんは松田旭が立派な成人男性であることを知っている。彼女の従姉妹と一緒にポアロへ来る度に、最新の松田旭情報で盛り上がっていることはバッチリ把握済みだ。そういえば、松田旭が女装するきっかけを作ったのは歩美ちゃんの従姉妹だったか。なんというか、女の子は年齢に限らず強かなのだろうと納得する他ないなと思う。

「旭さん、ご注文はどうします?」
「ええと、みんなに何かご馳走したいのですが…。」
「ほんとか!ねーちゃん!」
「こら、元太くん食いつきすぎですよ。」
「あはは、大丈夫だよ。みんなお腹はどんな感じ?」
「ううん!旭お姉さんのこと待ってたから、まだ何も食べてないよ!」
「うわー、本当にごめんね。」

見るからに肩を落とす姿を見て、隣に座っている歩美ちゃんが大丈夫だよと手を握っている。純粋に見たままだけの情報を読み取れば、大変微笑ましい光景には違いないのに。そいつは男。紛れもなくれっきとした成人男性だ。そして、俺より可愛い顔の男だ。こればかりは未だに解せない。背後でベルの音が聞こえる。振り返りいらっしゃいませ、と声を掛けながら好きな席を使うようにも伝えて。視線を戻すと、松田旭が入ってきた客の様子を伺いながら眉を下げたのが見えた。今入ってきたのは、キャップを被った若い男。どうかしたのかと尋ねようと口を開けたところで、すぐに顔を彩る笑み。

「みんなケーキは好き?」
「大好きだぞー!」
「僕も好きです!」
「歩美もー!」
「そっか、君は?」

視線の先には、難しい顔をしたコナンくん。苦手だったら食べられるものを教えて欲しいな、と首を傾げる松田旭は穏やかな声を出す。

「あ、ううん!僕も安室さんが作るケーキ大好きだから、ケーキが良いな!」
「良かった。安室さん、人数分の今日のおすすめケーキをお願いします。」
「はい、承りました。少し待っていてくださいね。」

飲み物はいつもので良いか尋ね、俺は若い男が座るテーブルへと視線を向けたのだった。

 子供たちはいつも通りの元気な声で自己紹介をしている。その一つ一つを大事そうに頷いて聞きながら、ゆるりと笑う松田旭はよろしくねと返していた。元太くんの大きな声をはじめとして、口々に美味しいと言いながらケーキを頬張る様子を見つめる。その合間に個人用端末のメッセージアプリを起動した。文章を作り、送る先は同期だけが入っているグループチャットだ。


最近、松田旭に起こった不運は?
——車に轢かれそうになった婆さんを助けてた。
——でっかい犬に押し倒されてるのは見掛けたから助けといたよ〜。
——万引き犯を捕まえたって話は後輩から聞いたぞ?
——そういや最近、なんか妙な動きを見せてる男が居るんだよな。
それだ。
——はあ?諸伏どういうことだよ?
——ていうか、降谷もそれだって⁇
——何かあったのか?
——ちょっと別件で大学へ行ったんだけど視界に入るなって思った奴が居てさ。
ひと月前くらいじゃなかったか?
——うん、そうだな。気にしてはいたんだけど、決定打がなくて。
なるほどな。
——おい、説明しろ。
今、ポアロにその男が来てる。
——俺も行く。
——ちょ、松田落ち着けって。
何かあれば俺が対処しとくから、松田は家で説教でもしとくんだな。
——頼む。
——お嬢ちゃんもポアロなんだろ?
ああ。問題ない、見ておく。
——くぅ〜〜旭ちゃんが可愛いのは分かるけど許されない案件。
——ほんとにそれ。俺もごめんな、松田。
——いや、良い。旭には言っとく。
——あんま怒っちゃダメだよ?旭ちゃんだって心配かけたくなかったんでしょ。
——そうだな。俺たちももっと気をつけておこう。
——ん。

同期たちからのメッセージを追いながら、二つのテーブルを注視する。子供たちと談笑する松田旭と、終始端末をいじりながらも目線は常に美少女へと向いている若い男。ふと、気づいたのは。難しい顔で若い男へと視線を送っているコナンくん。全く、困った子だ。思わず苦笑したのだった。

***

「あ、もうこんな時間なんだね。」

腕時計を確認しながら、ゆるりと笑う松田旭。

「えー、歩美もっとお話したーい!」
「俺もー!」
「僕もです!」
「あはは、ありがとう。でもごめんね、帰ってご飯作らないといけないんだ。」
「旭お姉さんは一人暮らしなの?」
「旭お姉さんは、彼氏さんと一緒に住んでるんだよねー。」
「ええー!そうなんですか⁉」
「ふふふ、兄だよー。」
「お兄さん?」
「うん、従兄弟なんだ。」

彼氏さん本当に格好良いんだよー!無邪気な声を出す歩美ちゃんに、コナンくんは苦笑いだ。

「とっても楽しかったよ、今日はありがとうね。」

にこりと笑う松田旭に、子供たちは元気な返事をしている。

「あ、そうだ!」

忘れちゃうところだった!と高い声。歩美ちゃんは鞄から出した袋を松田旭へ渡した。

「はい、これマナお姉ちゃんから!」
「ああー、ありがとう!わざわざごめんね。」
「ううん、歩美からのも入ってるよ!」
「本当?嬉しいなあ、大事に食べるね。」

今日の待ち合わせの理由は、それだったのだろう。今日はバレンタインデーだ。歩美ちゃんと、彼女の従姉妹からの友チョコ?という部類になるのだろうか…。…………………なんだろう、この複雑な気持ちは。溜息をついていると、わらわらと帰る支度を始める子供たちを見ていた松田旭が財布を片手に歩いてくる。

「安室さん、とっても美味しかったです。」
「お口に合ったなら何よりです。」
「……全員分、ちゃんと払いますからね。」

小さな声とはいえ、念を押されてしまっては苦笑するほかなかった。最近アルバイトを始めたということは聞いている。素直に掛かった分をきっちり払って貰った頃には、子供たちの支度が整ったようだった。

「旭お姉さん、お金…。」

歩美ちゃんを先頭にして、眉を下げる子供たち。

「またみんなのお話に交ぜてくれたら嬉しいな。」

ゆるりと笑う松田旭を見上げて、みんなはもちろんと口々に頷くのだった。

「旭お姉さんまたねー!」
「またなー!」
「またお会いしましょう!」

手を振って先に歩いていくのは歩美ちゃんと元太くん、光彦くん。ポアロの店先に立ちながら気をつけてねー、と松田旭が手を振っている。その隣に立ったコナンくんは、徐に口を開いて。

「旭お姉さん、何か困ってることがあったら教えてね?」
「んー?ふふふ、コナンくんが解決してくれるの?」
「コナンくんはとっても頭が切れるんですよ。」
「へえー、そうなんですか。じゃあ、何かあったらお願いしようかなあ。」

コナンくんの視線はガラス越しに見える、店内の若い男へと注がれていた。ここまでの間に決定打がない以上、どうすることも出来ないのがもどかしい。とりあえず引き続き警戒するよう同期たちには言っておこうと考えていた。