従兄弟とホワイトデーの松田陣平の話

「今日のお迎えは萩原さんなんですねえ。」

 わざわざお手を煩わせてしまってすみません。そう言って眉を下げて笑う旭ちゃんは、すっかり慣れた手つきで助手席に乗りシートベルトを装着する。ゆっくりで良いよ、とその動作を見守っているとにこりと可愛い顔が俺を見て。うーん、今日も今日とて旭ちゃんが大変可愛いです‼

「陣平くんは残業だってさっき連絡がありました。」
「あ、そうなんだよね。だから、 松田にお願いして俺が来ちゃった。」
「ふふふ、萩原さんは優しいなあ。」
「いやいや。あわよくば、晩ご飯をご馳走になりたいなーなんて?」
「もちろんですよー。ただ、一緒にお買い物付き合っていただけますか?」
「オッケーだよお。」
「それじゃあ、お言葉に甘えて。よろしくお願いします。」
「はいよー。」

大学の駐車場に停めていた車を発進させる。段々と気温が高くなってきて冬の装いでは暑さすら感じるような日々が続いているから、今日の旭ちゃんの服装は少し薄着だ。襟がついた白シャツの裾をタイトな白スカートに入れたホワイトコーデ。上着はドレスシルエットなベージュのトレンチコート。春を先取りした清潔感溢れる装いが良く似合っている。膝の上で抱えている大きな黒のリュックは見覚えがあって。有名なブランドだし買い物に出掛けた時にでも見たのかなあ、なんて思案するもののすぐに思い至るのは旭ちゃんの従兄弟であり随分長いこと相棒をやっている男。松田ってそういうの嫌そうな顔してるくせにしれっと旭ちゃんとお揃いの服とか小物とか使ってるんだよなあ。旭ちゃんが持っているそのリュックは、間違いなく職場で見たものだった。


「萩原、悪い。この日、旭の迎え頼めねえか。」

 そう言った松田が指定してきた日は、俺たちが日勤の日だった。旭ちゃんを付け回してるかもしれないという男の情報をひと月ほど前に同期内で認識してからというもの、都合がつく限りでお迎え当番を回してやっているからその話だとは分かるけれど。遅番や夜勤の時はまだしも、日勤の時の松田は定時になれば誰よりも先に退勤していくほどなのにと首を傾げる。

「別に良いけど、何かは聞いても良いやつ?」
「………。」
「ええー、何ー?たまには教えてくれても良いじゃん〜〜?」

だんまりを決め込む松田には慣れっこだ。そして、その理由が何なのかも分か
ってる。その全てが旭ちゃんに関することだと言っても良い。いや、確定だろうなあ。これまでにもこういったことは何度かあったから、いい加減諦めてる。そして、一度だって教えてくれた試しがないことも。まあ、良いけどね。松田の代わりに旭ちゃんのお迎えに行くと、もれなく晩ご飯をご馳走になれるからひたすらに役得でしかないわけで。そのことを言えば、唇を尖らせつつ渋々といった表情で了承の声が聞こえたのだった。

 誰に対してもそうだけど、旭ちゃんに対しては特に誠実さを貫くあの松田が従兄弟に何かを隠しているということだけは何となく把握した。うーん、なんだろう。考えてみてもピンとくるものはない。予め俺のスケジュールを押さえるくらいだから前からあった予定なんだろうけど、旭ちゃんには残業なんて嘘までついちゃってさ。全く、俺が本当のことを言ったら一発で計画はパーになっちゃうっていうのに。その辺りのこと分かってるのかなあとか、なんだかんだ言いながら俺の優しさに甘え過ぎだよなあとか。色々思うことはあるけど。俺自身も松田と旭ちゃんのことに関しては大概なところがあると自覚している。人のことは決して言えた口じゃないわけで。まあ、何にせよ今日も明日も明後日も松田家の安泰を願いながら、萩原さんは旭ちゃんに仕事疲れを癒してもらいまーす!はあ〜〜、今日もそれなりに疲れたけど車のハンドルを握る手が軽やかです‼夕飯の買い出しをする旭ちゃんの荷物持ちだって喜んでしちゃうもんね〜〜!そんな具合に、俺は大変ご機嫌な調子で車を走らせたのだった。

「今日は萩原さんのリクエストにしようかなあって思ってるんですけど。」
「えっ、良いの⁉」
「ふふふ、もちろんですよお。萩原さんにご迷惑をお掛けしてますからね。」
「んー、それは気にしなくて良いんだよ?俺が好きでやってることだし。」
「ありがとうございます。でも、お礼はさせてください。」

 うーん、良い子過ぎる。思わず天を仰ぐと、旭ちゃんの軽やかな笑い声が聞こえた。それ、最近陣平くんもやるんです。え、どれ?目線を下ろすと、大きな瞳と視線が合う。小さく首を傾げたかと思うと次の瞬間には顔を真っ赤にするから慌ててしまった。

「え⁉どうしたの⁉」
「………いえ、………あの、……ごめんなさい……。」

俺と比べたら随分小さな両手で顔を覆ってしまうから、一体何が起こったのかとおろおろしてしまって。震える声は今にも消えてしまいそうなほどか細い。そしてよくよく見れば、胸までの長さのウィッグの間から覗く両耳が赤くなっている。え、可愛い。

「旭ちゃん………?」
「……はい、……大丈夫、です………。」

困ったことに、全然大丈夫そうには見えないんだよねえ…。しかも、なんか悶えるような声まで漏れ聞こえてくる。ええ…、状況的にどう考えても松田とのことだよね?え、ちょっと待って⁉ほんと何⁉今までこんな旭ちゃん見たことある⁉俺は無いんだけど⁉ちょおおおおおおおお何⁉最新の松田家に何が⁉何が起こってるのおおおおおおお⁉新展開???新展開きてるの???誰かー!情報下さい!これは早速情報部隊に連絡を取らなければ、なんて胸の内で人知れず決断する。俺の頼みの綱は忙しい合間に何故か旭ちゃんの護衛的なことをひっそりと続けている優秀な同期の諸伏と、旭ちゃんの高校時代からの友人である女の子だ。なんやかんやと情報交換を続けている二人とは、最新の旭ちゃん情報はもちろん松田家の動向なんかも共有しているわけで。はっきりとしたことは分からないけど、これは絶対に探らなければならないと俺の中の強欲な萩原研二が言っているううううううううううう‼

 もう一度、旭ちゃんを見よう。両手で顔は覆ったまま、なんだか深呼吸をしている。か、可愛い……。いや、ちょっと落ち着いて俺。その通りなんだけど、そうじゃない。気づけばそれなりの時間を見てきたけど、松田のことでこんなに照れてる旭ちゃんを見たのは初めてだ。何て声を掛けようか、と悩みながらも無言のまま旭ちゃんの丸い頭を見下ろす。ふう、と小さな息が聞こえたかと思えばそろりと両手が外れてゆっくりと顔が見える。ぱちりと大きな瞳と視線が絡んで、すぐにふにゃりと細まった。

「ふふふ、お騒がせしてすみません。」

ああ〜〜はにかんだ笑みがはちゃめちゃに可愛いんだよなあ〜〜〜〜〜〜〜⁉今度は俺が顔面的な意味でお騒がせしちゃう番だ。だって無理だよお、こんなのさあ。全然大丈夫だよお。

「旭ちゃんはずっと可愛いよねえ。」
「ええ…、どうしたんですか?」
「また心の声と話したいことが逆になっちゃった…。」
「あはは、萩原さんは大袈裟ですよー。」

からりと笑う旭ちゃんはちゃんと復活したみたい。だけど、白い頬がまだほんの少し色付いている。歳を重ねる毎に『可愛い』から『綺麗』になっていくなあとは思っているんだけど。下ろした目線がどことなく色っぽいことに気付いた時はドキリとする。胸の奥底がぎゅう、と音を立てて締めつけられるような息苦しさを覚えるくらい。これは決して恋なんかではなく、綺麗なものを見た時に感じる妙な切なさと同じ感覚だ。はあ。この子、これで男の子なんですよ……。本当にこの世界は神秘だとさえ思う。

「急に立ち止まってしまってすみません。お買い物の続きしましょうか。」
「気にしなくて良いよお。」
「ふふ、ありがとうございます。」

スーパーでカートを押していた旭ちゃんとは、フロアの端っこで立ち止まっていたんだけど。歩き始めるのに合わせて、あくまでもさり気なくカートを奪い取ってみたり。少し驚いた顔をしつつも、ありがとうございますと穏やかな声を出しながら直ぐに浮かんだ笑みを見て首を横に振るのだった。聞くとすれば、今このタイミングしかない。情報収拾班への呼び掛けは勿論するつもりだけど、自分でも集められるものは集めるべきだ。何て聞けば怪しくないかなあ。そんなことを考えながら、お肉コーナーを見て回る旭ちゃんの背中に着いて行く。とりあえずご飯めちゃくちゃ楽しみなんだよね。これまでの実績として積み上げられている旭ちゃんの信頼と安心の美味しいご飯のことが頭を過ぎり、じゅわりと口の中が潤っていく。腹減ったなあ。松田はどのくらい掛かるんだろう。そうだ、松田だよ。アイツほんと、一体何処で何してるわけ⁇頭の回転がやたらと早くなっていく俺は、背後に迫っている人物の存在に気づいていなくて。お肉のパックを手に取り、首を傾げながら見ている旭ちゃんの様子を眺めていた時、俺たちのすぐ後ろに立った人が声を出すのだった。

「あ、あの……。」

 びくりと肩を揺らした旭ちゃんを庇うように背中の後ろに隠す。振り返った先に居たのは、見知らぬ男。背は俺よりも低いけど旭ちゃんよりは少し高いくらい。咄嗟に鋭い眼光を向けると、男は怯んだのか目線を逸らし何処か遠くへと彷徨わせている。

「何か用?」

自分で思っているよりも低い声が出てしまう。だが、それも仕方ないとは思った。何故なら、その男の背格好に思い当たるものがあったから。偶然かもしれない。だけど、ここのところずっと意識していたことだ。どうしたって体が反応してしまう。相対する男は彷徨わせた視線をゆっくりと俺へ向けてくる。目深に被ったキャップの下から見えるのは、何か決心をしたような力強い瞳。真一文字に引き結んだ口を徐に開いて。

「あの、お二人の関係は、何ですか?」
「……………………え?」

え?なんて?ちょっと待って?聞き間違い⁇俺、実は結構疲れてる⁇いや疲れてはいるんだけど⁇なんて?お二人って俺?俺と旭ちゃん?なんて言った?

「え、いやごめん、なんて?」
「あ、えっと、あの、お二人は、お付き合いされてるんですか?」
「お付き合い⁉誰と誰が⁉」
「あの、お二人が……。」
「はあ⁉俺⁉俺と、この子が⁉」
「…ひ、……そ、そうです……。」
「君ねえ!言って良い冗談と悪い冗談があるでしょ⁉」

不意に、後ろから軽快な笑い声が聞こえてはっとする。やんわりとした優しい力が背中に添えられた。その力の正体は確認するまでもなく背中に隠した旭ちゃんの手で。

「ふふふ……、二人で何の話してるんですか?」

肩越しに覗くと、堪え切れないとでも言うようにお腹を抱えた状態で体を震わせた旭ちゃんが見える。クスクスと笑う声は次第に大きくなっていき、目尻の涙を拭う始末。なんだか拍子抜けしてしまって、そのまま顔の向きを直すと目を瞬かせる男が視界に入る。その様子に思わず苦笑しつつ、俺も良く分かんないことを言ってしまったなあと思い返せば吹き出したりして。そんな俺につられてしまったのか、旭ちゃんは小さな口を開けてあははと笑い始めてしまう。完全に置いて行かれてる男をそのままに、旭ちゃんと俺は一頻り笑ってしまったのだった。


***


「陣平くーん、萩原さんにグラス渡してあげてよお。」
「んー、別に良いだろ。萩原だし。」
「ええー?」
「ああ、俺のことはお構いなく〜。」
「でも〜。」
「良いんだよ。それより、味見。」
「もおー、熱いから気をつけてね。」
「ん。」

 オープンキッチンに並んだ松田と旭ちゃんの姿をダイニングテーブルから眺める。松田から手渡されたキンキンに冷えたビールの缶を時折傾けつつ、菜箸で掴んだ唐揚げが大きな口に吸い込まれていく様子を見ていた。うわ〜〜、めちゃくちゃ美味そう。思わず生唾を飲み込んだ俺には脇目も振らず、口を動かし続ける松田をジトリと見て。

「うま。」
「ほんとー、良かったあ。」

ジュワジュワと弾ける油の音すら空腹に響く。絶対に美味しいと確信する唐揚げの味を想像しながら、ビールを流し込んで。くそ〜〜、さっきはすきっ腹に入れるビールが最高なんて思ってたのに。今じゃ気休めにしかならないんだから参っちゃうよな。隣の松田からコンロへ目線を移そうとしたのだろう、不意に旭ちゃんと目が合った。

「萩原さんも味見しますか?お腹空きましたよね。」

お買い物、随分長くなっちゃいましたし。そう、眉を下げて笑う旭ちゃんに首を振る。確かに、夕飯の買い出しは思いがけず長引き松田の方が早く帰宅してたくらいだけど。別に、旭ちゃんのせいじゃない。それに、ここ最近のもやもやというか俺たちの頭を悩ませていたことが無事に解決したのだから本当に良かった。それは気にしないで、と笑いつつもぐうと空腹を訴える腹には抗えそうになくてそれじゃあ、と口を開く。

「旭ちゃんに、」
「却下。」
「まだ何も言ってないんだけど⁉」
「ろくでも無いことを言う気配には敏感なんでな。」
「何そのセンサー⁉今まで活用した所なんて見たことないよ⁉」
「たまたまだろ。」

俺たちの会話を聞きながら、小さく笑い声を漏らす旭ちゃんの肩をほんの少し抱き寄せて。傾けた頭をこてりともたれ掛けながら、耳元で何かを話す松田の表情は実に穏やかだ。ゆるりと微笑む旭ちゃんの瞳が甘く細められるのを見ると、思わずこっちまで目を細めてしまう。可愛いなあ。いつだって可愛いけど、やっぱり松田と一緒に居る時の旭ちゃんが飛びっきり可愛い。そして二人ともめちゃくちゃに顔が良い。幸せ。神よ……今日もありがとうございます。この世界にこんな二人を生み出してくださり。空腹の俺のことなど置き去りにして二人の世界に入ってしまった尊い空間を拝んでいると、松田が真顔で俺を見ていた。いや、こっち見んな!お前は旭ちゃんだけ見て!

 唐揚げが山盛りに乗せられた大皿やら、箸なんかを持ってきた松田が向かいに腰掛ける。ご飯炊いたけど食べるー?と聞こえてきた高くも低くもない声には、松田と一緒に欲しい!と少し大きな主張を返して。缶ビールの端を軽く合わせながら、どちらからとも無くお疲れと声を掛け合ってはまた傾けた。丁度良く、熱いうちに食べてくださーい!と飛んできた言葉にごくりと唾を飲み込んで。それじゃあ遠慮なく、と箸を構えた。触れば狐色より少し濃い色の衣がカリカリと音を立てて存在を主張する。一気にかぶり付くと、口いっぱいにじゅわりと溢れ出る肉汁が舌の上を踊るようだ。う、うま……。空腹に堪え抜いた体の何もかも全てが喜んでいる。生姜が利いた少し濃い醤油の味付けが絶妙過ぎる。ビールにも合うし、これで米を食べたら最高では…。

「めちゃくちゃ美味しい……。」
「ふふふ、それは良かったです。沢山あるからいっぱい食べてくださいね。」

音を立てずに置かれたご飯茶碗にはほかほかとつやつやが同時進行中の炊き立てご飯。雑穀米で色付いたほんのりピンクは健康面にも気を付けているんだろうなあ。はあ…。まじで。今までも散々思ってきたけど。松田羨ましすぎない⁉ねえ⁉こんなの、俺じゃなくても憧れる理想の食卓なんだけど⁉ああ〜〜〜多分さあ、俺はずっと旭ちゃんがタイプなんだろうな〜羨ましすぎて辛い。旭ちゃんがいっぱい好き。

 お茶を用意したりと動く旭ちゃんに松田が視線を向ける。まだやることあるのか?なんて。ちゃんと手伝おうとする姿にうんうんと頷く。ほんと、松田家のお互いを気遣うところが見ていて和むというか、癒されるというか。まあ、二人が元気で幸せに過ごしててくれたらもれなく俺もめちゃくちゃ幸せなんだけどねえ。そして唐揚げが美味しすぎて箸の勢いが止まりません。ビールも米も捗っちゃうよお〜〜〜〜〜〜。

「あ、おかわりよそって来ましょうか?」
「良い、自分でさせとけ。」
「ええー、でも、萩原さんはお客様だよお。」
「ああ、松田の言う通りだよ。自分で出来るから、旭ちゃんは座ってて。」
「うう〜。」
「早く座って食え。腹減っただろ。」
「んー、じゃあ、すみません。」
「良いよ〜、気にしないで。松田はー?」
「おー、頼む。」
「はいよ〜。」
「むぅ、俺がよそってあげたいんだもん〜。」
「ん、その気持ちだけ貰っとく。ありがとな。」
「んんー。分かったよお。」

旭ちゃんの頭をさらりと撫でた松田は、ゆるりと笑っている。俺も笑いながら二人分の茶碗を持ってキッチンへと。旭ちゃんはほんと、良く出来た奥さんって感じだからついつい甘えちゃうのダメだよねえ。その辺り、諸伏なんかは良く動くし旭ちゃんも一緒にやっていて楽しそうだ。降谷と伊達は完全にお客様状態だし、これが一時的に居候をしていたという実績の成せる技かあ。良いな〜俺も旭ちゃんの助けになりたい。

「それで?」
「ああ、例の男ね。」

 席に座ると、もぐもぐとご飯を食べている旭ちゃんの頬を指先で撫でていた松田が俺を見た。茶碗を手渡しながら、買い物中の出来事を思い出す。まあ、要約すると。

「彼ねえ、昔旭ちゃんに助けて貰ったんだって。」
「はあ?」
「まあ、聞いてよ。」

話はこうだ。昔、事故を起こしそうになった彼は既の所で美少女に助けて貰ったらしい。しかも、自分は無傷だったが助けてくれた女の子はどう見ても大怪我をしている。彼がぶつかりそうになった車の運転手が警察と救急車を呼び、女の子は誰かに連絡したかと思うと一人の男が現れた。彼はその男に殴られそうになったが、結局お咎めは無く舌打ち一つ受け取ってさっさと帰るようにだけ言われてしまった。彼の心にはその時のことがずっとずっと心残りになっていて、お礼をしようにも女の子の連絡先すら聞けず終いだったことを悔いた。そんなこんなでやがて彼は大学生となり、思いがけない出会いを果たすことになる。見覚えがあるけれど、成長して更に綺麗になった美少女。とはいえ名前も知らないから調べようもない。一つだけ分かるのは、あの日駆けつけて来た黒髪にサングラスを掛けた男。その人の存在があれば確信が持てるはず。そう思ったらしい。

「でね、そう思ってたのに旭ちゃんを日替わりで男が迎えに来るじゃん。」
「萩原さんと付き合ってるのかって聞かれた時は笑っちゃったなあ。」
「はあ?どこをどう見たら萩原と付き合ってるんだ?許さねえぞ。」
「ふふふ、萩原さんも良く分かんない否定するんだもん。おかしくって。」
「旭ちゃん泣きながら笑ってたもんねえ〜。」

また思い出してしまったのか、旭ちゃんは箸を置いてお腹を押さえながら体を震わせている。その様子をどこか不機嫌そうに見つめる松田は、ウィッグの毛先を伸ばした指先に絡めて弄んでいた。さすがに少しだけ冷めてしまった唐揚げを齧りながら笑う。

「まあ、俺としては間接的に彼のおかげで救われてるような所があってね。」
「どういうことだ?」
「むかーし、骨折した旭ちゃんを負ぶって建物から出てきたじゃん?」
「は?あん時のやつなのか?」

旭ちゃんよりも鋭い瞳を大きく見開いた松田に、そうそうと頷く。松葉杖をついた旭ちゃんは可哀想だったけど、色々な因果が重なって俺は今ここに居るわけで。あの男の子の話を聞いてる間に気付いたことではあるんだけど、質問をしてみたら大体の年数も合っていた。何より、旭ちゃんが大怪我をした機会っていうのは実の所そう多くないんだよな。

「彼、何度もお礼を言ってたよ。」
「そうか。」
「うん、あと、」
「なんだよ。」

笑いのツボは落ち着いたのか、箸を再び手に取ってご飯を食べ始める旭ちゃんがニコニコと可愛い顔で笑っている。俺の顔を見た後、大きな瞳をちらりと松田の方へ向けて。俺の目線に気付いたのか、はたまた穏やかな熱がこもる視線に気が付いたのか。松田は徐に旭ちゃんの方を向いて、淡く目を細めながら滑らかな頬を指先で撫でている。

「旭ちゃんの為に怒る松田の姿がめちゃくちゃ格好良かったんだってさ。」

憧れてるから、ぜひ伝えてくれって言ってたよ。良かったねえ。俺の言葉に、ぶっきらぼうな返事をする松田だけど。旭ちゃんがニコニコ笑って嬉しいなあ、と声に出す。

「陣平くんが格好良いこと、こうして誰かの口から聞くとすっごく嬉しい。」

ああ〜〜〜〜〜、ほんとこの子なんでこんなに可愛いんだろう⁉泣ける。好き。