松田陣平

 名前を呼ぶと、なーに?と可愛い声が返ってくる。どんな反応も、どんな表情も可愛くて仕方ないけれど。最近は特にお気に入りの表情があって。手を引いて抱き寄せれば、ほんの少しだけ警戒したように体が固くなる。何をしたって俺のことを信頼して驚きもしない旭が、これだけ一緒に居るからこそ新鮮な反応を見せるのが嬉しくて仕方ない。細い腰に腕を回して抱き締める。ぴたりと、ほんの少しの隙間すら無くすように体を寄せ合って。そうすると、ふにゃりと緩んだ笑みを浮かべる顔があまりにも可愛くて堪らずにキスをしてしまう。最初は丸い頭に。次に前髪の上から額に、目蓋に、鼻先に、ほんのり色付いた頬に。はにかんで、伏し目がちに目線を下げては。すぐに上がってきた視線を受け止めて、小さな唇に自分のをそっと合わせる。擦れ合わせるように、柔らかな感触を確かめるように。それでいて、しっとりとした熱を分け合うように。ゆっくりと目を閉じる合間にも、長い睫毛に縁取られた瞳が綺麗に閉じられている様子を見つめて。ふ、と笑ってしまう。あまりにも。あまりにも可愛すぎて一秒たりとも離したくない。じっくりと時間を掛けて唇を触れ合わせて、また同じだけの時間を掛けて離す。ほんの僅かな距離を唇同士に作り、ゆっくりと開く大きな瞳に映り込む自分自身の顔を覗き込んで。自分で想像する以上に甘ったるい顔をしていた。そんな自分を認識して、やっぱり笑ってしまう。愛おしくて仕方ない。だから、俺は何度だって囁くんだろう。ほう、と息を吐き出す旭の頬に自分の頬を擦り合わせながら。徐に耳元へ唇を寄せる。びくりと揺れて、固くなる華奢な体。旭がめちゃくちゃに照れていることも、ちゃんと分かっている。そんなところも可愛くて、ただひたすらに愛おしくて、自分だけがこんな姿を見られるのだと人知れず優越感を感じたり。

「旭、愛してる。」

背中に回った腕にぎゅう、と力が入ったのを感じては喉の奥で笑ってしまう。ああ、可愛い。抱きかかえて、どこかに閉じ込めたい。俺しか見えない所で、俺だけに笑い掛けて欲しい。何度だってそんな風に考えてしまうから、きっとどうしようもなくて。

 ふと過ったのは、まあ、たまたま。毎年律儀に旨いケーキを作って食べさせてくれる旭のために、三月は礼をしようと思っているくらいで。いつもは何が良いか聞いたり、何処かへ連れて行ったりとその時々で礼は様々だけど。一緒のベッドで寝ながら、少しだけ早く目が覚めたからとあどけない顔で眠る旭の顔を眺めていた時だった。俺のシャツを握る左手を撫でていれば、細い指の付け根まで指先を滑らせていて。旭の見た目が良いことは分かっているつもりだ。万年不幸体質のせいで普段はそれどころじゃないが、本人の与り知らぬ所でやたらと男女関係なく引っ掛けてしまうような謎の吸引力みたいなのも間違いなく持っている。二月に発覚したストーカー疑惑は結果的に何事もなく解決というか、事情が分かったから良かったようなもので。こんなの、今に始まったことじゃない。全く。旭は何も悪くないのに、やたらと心配が過ぎてどうしたって過保護にならざるを得ない。常にどうにか虫除け出来ないかとは考えてきたけど、なんでこんな簡単なことに気づけなかったのか。今年のバレンタインの礼はこれだな、なんて初めて旭の希望を聞くことなく勝手に決めてしまった。まあ、旭ならきっとどんな物を渡しても喜んでくれるだろうというのは決めつけと、少しの期待だったり。


***


 萩原に旭の迎えを頼んだのは、その日が注文した商品の引き渡し日だったからだ。その日を逃すと勤務シフトの都合で十四日を過ぎてしまうことが分かっていたから、どうしてもその日に行く必要があった。外出をねだられる時は日にちがズレることがあるけど。物を渡す時は十四日に渡すようにしたいと思っている。きっと旭は何日かズレても、それどころか俺が礼をしなかったとしても何とも思わないだろう。それが理解出来ているから、絶対に礼を返したい。何もかも俺自身の勝手な執着だったり、思いだったりするからあえて口にするようなことはしない。旭は、そんな俺の心まで見透かしているのだろうか。本音を言えば、もっとワガママを言って欲しいとも思う。俺に執着して、俺が居なければ生きてすらいけないのだともっと縋って欲しいとすら思う。でも、それを俺がはっきりと口にしない以上は理解していたとしても旭は口にしないのだろう。それが分かったのはこれまた二月のことだ。俺が吐き出した弱音と、ほんの少しの執着心に穏やかな声色で相槌をうって。あどけない顔で笑いながら同じくらいの本音と俺へと向ける想いを告げるから。もっと、もっと。既にどんなことも奪っているような気持ちではあるのに、まだ足りないと思ってしまう自分が消えない。もっとを求めるのなら、俺がもっとを与えなければならない。そんな風に理解をした。

「旭。」
「はーい、なーに?」

ソファに座りながら腕を伸ばせば、にこりと笑って飛び込んできて。予想通りではあるものの、自然と口角を上げながら細い体躯を抱き止める。可愛い。そう言いながら、甘く細まる目元にキスを一つ。くすぐったそうに笑う顔を見て、頬を指の背で撫でた。

「ホワイトデー。」
「わーい!今年は陣平くんチョイスだったよねえ。」

 俺の膝の上で向かい合うように座る旭に、手の平サイズの箱を渡す。ちまちまと両手で持ちながら、飛びっきりの笑顔が花のように咲いた。開けても良い?と首を傾げる姿に頷いて。大事そうにリボンをほどき、包装紙を剥がす動作は丁寧過ぎるほどだ。

「わあ、………陣平くん、これ。」
「どーしても、これをやりたかった。」

小さな箱を開けて、中から出てきたのはもう一回り小さな箱。そっとフタを開ければ、その大きな瞳には光に反射するシルバーのリングが映っている。呼吸すらも押し殺すような沈黙がひたすらに俺たちの間を流れたかと思うと、ぶわっと音でもしそうな勢いで泣き出す旭にどうしようもなく焦る。嫌、だったのか。そう思う俺の首に縋るように腕を伸ばし鼻先は首筋に埋められて。とりあえず薄い背中を撫でさすると、悶えるような声。

「………陣平くん、ずるいよお…。」
「ふ、なんでだよ。」

ぐすぐすと泣きながら、ずるいずるいと繰り返す旭の丸い頭を手の平でゆっくり撫でる。ぎゅうぎゅうに抱き締めてくる腕の力が愛おしい。何をしたって可愛いから困る。

「陣平くん、すき。」
「俺も、好きだ。」
「大好き、嬉しい。嬉しすぎて、びっくりしちゃった。」
「嫌なわけじゃねーのか。」
「嫌なわけないよお。嬉しいの。大好き。」

大好き、と何度だって口にする声にそうかと安堵した。顔を上げた旭がゆるりと笑う。どちらかと言えば、へにゃりとした幼い顔で。そっと触れるだけのキスをくれたかと思うと、とろけそうなほどに甘やかな表情と声色で囁く。は、と吐き出してしまう息の熱が一瞬で上がっていた。俺だけに向ける顔と、音。ぐらりと揺れるような想いがこめられた愛してるは、正直興奮した。旭は俺を煽るのが世界で一番上手いと思う。

「ずるいのは、旭だろ。」
「ええー、そんなことないもん。」
「そうだろ。」

嬉しいと言ってくれるのならと、旭の手の中に収まる小さな箱から二つのうち一つを手に取って。左手を出すように促すと、途端に顔を真っ赤に染めるから可愛いよな。

「嬉しいけど、やっぱり恥ずかしい……。」
「周りにちゃんと見せびらかしとけよ。」
「え⁉なんで⁉」
「そりゃ、そのためのヤツだろ。」

陣平くんが俺を束縛してくれる指輪じゃないの?なんて。細い薬指を軽く折り曲げながら指輪を通す俺に向かって、とんでもない発言が飛んでくる。目を見張りながらも、指輪はすんなり付け根まで通った。サイズはぴったり。はあ、と息を吐き出す。そうだよと笑いながら俺の指に通してもらう。そのまま、我慢出来なくなってキスをした。