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「おい刹那! あんな別品さんをどこで見つけてきたんだ! しかもなんだこの数値!? どっかの軍人だったのか!? ヘッドハンティングか!?」
タブレットに表示された試験結果を見ながらイアン・ヴァスティが叫んでいる。
新しく入る人間の身体検査が必須事項であることは理解していたから、早速対応してもらった結果がこれだ。
パイロットスーツを身につけた人間がこちらに近づいてくるのが見えて名前を呼ぶ。
片手をひらりと振った彼女は流れるような動作でヘルメットを脱ぎ、乱れた長い髪を整えながらにこりと笑った。
「おお、戻ってきたか! お疲れさん」
「ありがとう、イアン。少しは私も役に立てそうかしら?」
「役に立つも何もあんたは即戦力でもいいくらいだ! どの数値も満遍なくいいが、特に狙撃がダントツだな」
「そう、喜んでもらえたなら何よりね」
俺へと目線を移す彼女はやんわりと目を細めている。
その綺麗な瞳に映るものを見定めようとして、何かを言われる前に首を振った。
彼女が内に秘める能力のことは知らなかったが、狙撃の数値が高いだろうことは予想していた。
そして、その結果を見たイアン・ヴァスティが何を言わんとしているかも。
「さっきも言ったが、戦わせるために彼女を連れてきたわけじゃない」
「それはそうなんだが、お前さん、本当にどういうつもりで……」
「デュナメスのパイロットには予定通りの人間を乗せる。彼女には別のことを頼んでいるんだ」
「別のこと……?」
頷く。
無言のまま、彼女へと視線を向けて。
そもそも彼女を連れてプトレマイオスへと一時的に戻った俺を見て、誰もが困惑した表情を浮かべていた。
ヴェーダの計画に彼女の存在については書かれていないのだから当然だとも思う。
これは俺の個人的な判断だと言いながら、彼女の存在が必要なんだとただ繰り返した。
説明をする気はなかった。
彼女を連れてきた理由は、俺と彼女の二人が分かっていればいいことだと思ったから。
ただ、戦わせるつもりはないことだけを伝える。
ますます困惑した表情を浮かべる仲間たちを前にして、彼女は完璧な笑みを浮かべていた。
「イアン、彼女をプトレマイオスに乗せても問題ないな?」
「ああ、クルーとしての適性は全く問題ない。まあ、俺としてはただのクルーにするのは惜しいが、お前さんにも何か考えがあるようだしな」
「助かる」
「まあいいさ。ただ、これだけの実力を持ってるのなら、戦わないことを条件に試験パイロット役を頼めると助かるんだが」
それもダメか? という声に彼女へと目線を向けると、にこりとした笑み。
「私は大丈夫よ。何かできることがあるならぜひお手伝いしたいもの」
さすがに何もしないまま居るってのも後ろめたいわ。
眉を下げて笑う彼女に頷くと、イアンは嬉しそうな声を上げた。
「テクニカルなこととは縁がなかったから自信はないけど、試験をする時はいつでも教えてちょうだいね」
「こりゃあ助かる! しかもいい数値が取れそうだし腕が鳴るってもんだ」
早速リンダの奴にも教えてやらんとな! そんなことを上機嫌に言いながら、タブレットを持ったイアンの姿は遠くなる。
その背中を見つめながら元気な人ね、と笑う彼女に頷いた。
「ダリア・ニール」
「なあに?」
「……すまない」
「うん? 何も謝られることなんてないと思うけど」
「いや、あんたがあの名前を名乗るとは思わなかったから」
そんなこと? と悪戯に目を細める彼女はいろんな意味で間違いじゃないでしょう? と続けた。
頷く。
彼女が言う通り、別に間違っているわけではなかった。
「なんの偶然かと思っていたけど、この名前を持っていることがこんな風に役立つとは考えてもみなかったわ」
思案する。
なんでもないことのように話す彼女へ返す言葉は見つからなかった。
謝る必要なんてないわよ、と完璧な笑みを向けられたけど。
それでも、すまないと口にする俺を見て困ったように笑う綺麗な人はやんわりと目を細める。
「もし私が傷ついているなら、そもそもあの時にきっぱり断ったわ。同情だけで誰かの願いを叶えようと思うほどお人好しじゃないもの」
「……だが」
「刹那」
有無を言わせない声色に瞬くと、下ろしていた両手を取られる。
指先を包むように握ってくる彼女の手は白くて細いのに、やはり皮膚は固かった。
「私がしてないのに、連れてきたあなたが後悔するなんてお門違いよ。あの人が私を連れて来なかった意味を考えなかったわけじゃないでしょう?」
彼女が言う通り、その意味を考えなかったわけじゃない。
あの男の真意が語られることはなかったからどんな風にも考えられるが、彼女を連れてこなかったという事実は確かだ。
男が連れて来なかった女を、あの男が愛を注いでいたはずの彼女を、自分の勝手なわがままで連れて来たことにも変わりはない。
最初から考えていたことだ。
もし、もしも、彼が此処に居たらきっと怒っていただろうと。
その存在が自分たちには必要なのだと判断したとはいえ、彼女をプトレマイオスに連れて来たことには後ろめたさがあった。
戦わせるつもりはないと公言したのはそのため。
あの男がどうして彼女を連れて来なかったのかその真意を自分なりに考えたからこそ、戦いに巻き込まれる可能性の高いトレミーに連れ出しながらもせめて前線には出さないなんて矛盾したことを言っている。
握られた両手に向けていた目線を持ち上げると、綺麗な相貌とかち合う。
視線を合わせたまま、無言の空間を二人きりで過ごしていた。
やがて、やんわりと細められた瞳に映る甘ったるさを見つめる。
初めて会った時から思っていた。
形の良い唇が紡ぐ声も、言葉も、彼女が体現する何もかもがいつだって柔らかくて心地良い。
「あなたに導かれて私は此処に居る。それなら、そろそろ導いたという覚悟を決めなくちゃ。例え私が死んだとしても後悔なんてしないように。そうじゃないとあなたの後をついてきた私があまりにも間抜けじゃない?」
それに、私だって自分の勝手でついてきたのよ? なんて言う彼女の瞳は妙に輝いて見えた。
「言ったでしょう? あの人が見ていたものを私もこの目で見たかったのよ。だから、こうしている今も、これから先も、絶対に後悔なんてしないわ」
つんと尖る唇。
言い聞かせるような声色を耳にしながらも、未だ頷けない俺に苦笑する彼女は息を吐く。
「あなたって頑固というか、素直というか、律儀と言えばいいのか……。何もかもを背負う必要はないのよ?」
此処の人たちのためでもあるけど、あなた自身のためにも私を連れてきたんでしょう? と言われて思わず目線を逸らしてしまった。
必要だと思ったから彼女を連れてきたのは間違いない。
誰にとって必要なのか、と言われたら真っ先に後ろめたさが滲んでくるのも仕方なかった。
無言のまま目線を絡める。
綺麗な顔を彩る笑みは、何よりも優しく、他のどんなものよりも甘ったるいものだった。
「この名前を背負うのは自分への戒めでもあるけど、あなたを含めた此処の人たちへのお願いでもあるのよ」
彼女は笑う。
綺麗に、優しく、甘ったるい表情で。
「私はあなたが望んだ通りにあの人を演じるから、あなたたちも私をあの人だと思ってくれたらいいの。難しいことなんて考えなくていいわ」
だから、と続ける綺麗な唇には完璧な弧が描かれる。
目の前の綺麗な人が浮かべる甘ったるい笑みに、無意識の中であの男の姿を見てしまった気がした。
「私はニール。その名前を持つことは間違いじゃないもの。あの人と同じ名前を背負うから、あなたが望む通りに私をあの人として見たらいいのよ」
そうでしょう? と首を傾げる彼女の瞳は例えるまでもなく、どんなものよりも綺麗なまま。
分かっていた。
彼女を訪ねる前から、分かっていたことだ。
俺は彼女に非道いことをするのだと、最初から分かっていたはずだ。
今更後悔なんてしていいはずがない。
分かっていただろう。
この綺麗な人にするどんなことも、あの男が知ったら怒るだろうと思っていた。
怒られても、罵られても、殴られても、それでも。
彼女にしか頼めないと思ったから訪ねたはずだ。
これから先、何度この人を傷つけることになるのかは分からない。
それでもきっとこの人が怒ることはないのだろう。
怒ることも、罵ることも、殴ることも、後悔だってしない。
完璧な笑みを浮かべたまま、優しく、柔く、甘ったるい存在であり続ける。
ニールという名前を背負う彼女は、あの男の代わりに俺たちを支える覚悟をとっくに決めているのだろう。
それなら、それならば。
「……ニール」
「うん、なあに?」
「ありがとう」
綺麗な瞳が何度か瞬く。
その次の瞬間には、ふにゃりと柔く崩れていた。
「どういたしまして」
綺麗な見た目も、綺麗な声も、綺麗な笑みも、何もかもが違うのに。
どうしてかロックオン・ストラトスの影が重なるのは自分がそう望んでいるからだろうか。
俺はこれから先、何度だって彼女に非道いことをする。
あの男に咎められるその日まで、男が愛した彼女にニールの名前を背負わせ続けることをもう後悔しないと決めた。
赦しを与える神はなく、
裁きを下す人もいない