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ダブルオーに搭載されたツインドライブの稼働が安定しない状態が随分と続いていたが、刹那との再会を果たしたことでエクシアの回収に成功し、搭載していた太陽炉のマッチングテストを行うに至っている。
当の刹那はソレスタルビーイングに必要な仲間を探しに地上へと行ったはずだが、目的としていた二人の姿がないにも関わらずなぜか一度姿を見せた。
独断で連れてきたと言い張るのは一人の女性であり、一体どういうわけか戦わせるつもりはないのだと言う。
それ以上のことを口にしない刹那の隣で困ったように眉を下げて笑うその人は、次の瞬間には完璧な笑みを浮かべて自ら名乗ったのだった。
「うーむ、別品さんを乗せたらダブルオーもその気になるかと思ったんだがなあ」
「……念のために聞くがあなたはバカなのか?」
「ま、半分冗談だから許してくれ」
それはつまり、半分は本気だったということだろうとは思ったものの口にはしない。
コントロールパネルを操作するイアンの隣でモニターを見ていたが、思わず深い息を吐いてしまう。
ただでさえ人員不足が顕著な組織だから、作戦の要となるガンダムに乗れる人間が多いに越したことはない。
とはいえ、全くの素人である女性を乗せるのはいかがなものかと思うのは自分だけらしく、何よりトレミーの総合整備士を担う男が誰よりも喜んでいる以上は止めることも叶わないのが実情だ。
「もう少しダブルオーと太陽炉の見直しをするしかねえか……すまん、一旦休憩にしてくれ」
イアンの言葉を聞いた彼女はモニター越しに頷く。
『私では力不足かしら?』
「いや、そうじゃない。ちょっとばかし気難しいやつなんだろうさ」
『そう。初対面で仲良くはしてもらえないのね』
「そいつのパイロットと似たようなもんだな」
『ふふふ、それならたくさんお話しなくちゃ』
芯の通った綺麗な声は、透き通ったり、跳ね回ったり、どんな風にだって簡単に姿を変える。
それをどうしてか心地良いと思う気持ちもあるにはあるが、それよりも。
「ニール」
『なあに?』
「休憩場所を案内しよう」
『ダイジョウブ!ダイジョウブ!』
『ふふふ、この子に案内してもらうわ』
ありがとう、イアン。
優しく、穏やかな声の合間に忙しない羽音が混じっている。
時間ははっきりと言えないがまた声を掛けると言ったイアンは、乱雑に頭を掻きながらダブルオー内へと繋いでいた通信を切った。
「なんつーか、オレンジハロはまるで相棒が戻ってきたかのようなはしゃぎっぷりだなあ」
何気なく呟かれただろうその声に答えることはできなかった。
「お前も少し休憩してこい」
「休んでる暇なんてないだろう」
「それはその通りだしお前さんの気持ちも分かるが、自分が要ってことを忘れてもらっちゃ困るぞ」
「問題ない」
「いーからいーから、少しはあの別品さんに癒しでももらってこい」
「ちょ、私はっ」
強引に押し出された先で振り返れば、自動で開くはずの扉と睨み合うばかりだった。
息を吐く。
イアン・ヴァスティが強引なのは今に始まったことではない。
息を吐く。
彼が別品さんと言う人が誰かは教えてもらうまでもなく分かっていた。
深く、息を吐く。
「僕は、そんなに分かりやすかっただろうか」
仲間を集めに行くと言った刹那が地上へと降り立ち、一体どういうわけか一度戻ってきた。
その隣に居たのは共に戦った戦術予報士でも道半ばで倒れた男の後任でもなく。
ヴェーダの計画にも書かれていないその存在が自分たちには必要だと、刹那は判断したのだと言う。
頑なに戦わせるつもりはないと言うが、自分たちは戦うために存在しているのではなかったのかと目を細めた。
テクニカルなことはからっきしだと言うから、整備士やコントロールには当然回せない。
一方で、めっきりの初心者かと思えば数値を見る限り即戦力に成り得るだけの潜在能力を持っている。
イアンは空いているマイスターの枠に入れても申し分ないとまで判断したそうだが、刹那は絶対に頷かなかった。
そのかわりとしてマイスターの代替となるテストパイロット役を任せることになったそうだが、おかげで自分の手が空いたことは純粋にありがたいとも思う。
思うが、その存在をどう扱うべきか判断しかねていた。
それが何故かと言われたら、答えは明白なのだが。
「コッチ!コッチ!」
「はあい、そっちね」
不意に聞こえた機械的な声と優しく響いた柔らかな声に動きを止める。
無意識のまま通路を移動していたのが悪かったらしい。
声はこちらに近づいてくる。
咄嗟に背を向けようとしたが、名前を呼ばれた。
「ティエリア!ティエリア!」
息を吐く。
ここで無視をすることもできるが、それはそれで憚られるのもまた事実だった。
目線を向ければまるでそうあるべきとでもいうように、彼女の両腕に大人しく収まったオレンジハロ。
次いでかち合う双眸は妙に輝いているように見える。
綺麗な顔に浮かぶのは、完璧なまでに美しい笑みだ。
持ち上がる口角は優秀な演算装置を用いて計算されているのではないかと思うほどに絶妙な緩やかさを保っている。
綺麗な人だと思った。
刹那が連れてきた女性は戦場などまるで似つかわしくない可憐さを纏っている。
だから、自分は間違っているのだ。
「お疲れ様、ティエリア」
初めてこの人を見た時も、こうして相対した今も、どうしてかあの男を思い浮かべてしまう自分は、間違っている。
間違っているのが自分だと分かっているからこそ気まずいのだが、よりにもよってその名前を背負うのは一体どんな因果だというのか。
相対し目線を絡めてみるものの、妙に湧き上がってくる後ろめたさのせいで直ぐに視線を外してしまう。
間違っているのは自分なのに申し訳なさそうに眉を下げて笑う彼女を見てしまえば、ますます感情が陰っていく気がした。
気まずい沈黙が続くのは望ましい状況ではない。
何か一言告げて背を向けようと思ったが、眉を下げて笑う彼女の方が先に口を開く。
「あのね、少しだけで構わないからお話をさせてくれないかしら?」
首を傾げられる。
聞き間違いかとも思案すれば、綺麗な唇は尚も動く。
「あなたが私を良く思っていないのは分かってるわ。ただ、最初からだったようだし何かをしてしまったとも考えにくくて」
ものすごく図々しいことは理解しているの。
でも、あなたが私を良く思わない理由を教えてくれないかしら?
それさえ教えてもらえたらもう近づかないようにするわ。
これ以上あなたに迷惑を掛けたくないし、気をつけるべきことを知っておきたいのよ。
そんなことを、申し訳なさそうに言うから。
思わず目を見開くとハロを抱き締める腕に僅かな力が入ったことに気づいてしまった。
息を吐く。
綺麗で可憐な、戦いなど似合いそうもないこの人は、見た目のわりに気丈な内面を持っているようだった。
それもそうかと思う。
そうでなければ、人から誘われたとはいえ経験もなしにこんな場所へはついてこないだろう。
まさかこんな形で歩み寄られるとは思ってもみなかったから素直に驚いてしまった。
息を吐く。
それでもまだ、彼女を通してチラつく影を無視することはできなくて。
息を吐く。
今度は彼女が口を開く前に言葉を発することができた。
「すまない、あなたに不快な思いをさせることを望んでいるわけではないんだ」
瞬く。
瞳を縁取る長い睫毛が震えたのを見て、やっぱり綺麗な人だと思う。
「あなたは何も悪くない。ただ、その、……」
目を逸らす。
上手く口が動かないことなんて初めてだった。
何と言えばこの綺麗な人を傷つけずに済むかを考えるなんて、今までの自分にはあっただろうか。
考える。
四年ぶりに再会した刹那といい、誰も彼もが自分は変わっていないと言った。
それが見掛けの話であることは分かっている。
だが、自分自身も同じように思っていたのではないか。
見た目だけでなく内面も、変わっていないし変わりようがないのだと、そう理解していたはずだ。
だが、現にこうしてふと気づいてしまった。
今までの自分にはなかったはずのものに。
笑った。
自分ではなく、彼女が。
目線を向けると綺麗な顔には綺麗な笑みが浮かんでいる。
瞬く。
どこかあどけなさを感じる笑みは、それでも完璧さを纏っていた。
「すごく、すごく不躾なことを言うわ。もし本当にあなたが私を嫌っていないと言うなら、今から言うことで嫌われても仕方ないと思うくらい不躾なことよ」
「……構わない。僕はそう簡単に誰かを好きになったり嫌いになったりはしないんだ」
「ふふふ、あなたもあの子と一緒で気難しいタイプなのね」
あの子が誰を指しているのかは計りかねたが、変わらずに煌めく相貌と見つめ合う。
「少しだけ座ってお話しない? 立ち話ってリラックスしてお話できないんですって」
「あなたに任せる」
「ありがとう。これが最初で最後のお話になってしまうかもしれないし、大切な時間にするわ」
にこりと笑う表情は、先ほどよりも幾分かあどけなさが色濃く見える。
少しだけ意地悪な人だとも思うがどうしてか嫌悪感はなかった。
彼女の腕の中に収まったハロがパタパタと音を立てて羽を動かしている。
その様子を見ていると、まるで相棒が戻ってきたようだと言ったイアンの表情をなぜか思い返してしまうのだった。
直ぐ傍の休憩室へ入りどちらからともなく椅子へと腰掛ける。
かち合う綺麗な瞳を見れば、にこりと笑みが向けられた。
「私ね、遠回しに言うのがあまり好きじゃないの。だけどそれが不躾だと感じる人がたくさん居ることは知っているのよ。でも、なんとなくだけど、あなたははっきり言ったり言われたりする方が楽そうに見えたから単刀直入に言うわね」
驚く。
気配には聡い方だと自負している。
だが、ろくに話したこともない彼女が言う自分の好みはどちらかと言えば正しいのに、それだけ見られていたであろうことには気づけなかった。
思案する。
この人は一体何者だろうか、と。
無言のまま目線を絡ませていれば、綺麗な顔が穏やかな笑みで彩られる。
「デュナメスのパイロットであるロックオン・ストラトス。前任者については少しだけ聞かせてもらったの。その人の本名がニールだったことと、この子が相棒役を務めていたこと」
目線が外れて、綺麗な指先がテーブルの上で大人しくしているハロをくすぐるように撫でた。
パタパタと羽音を響かせるハロはまるで喜んでいるように見えてならない。
「それから、彼が負った怪我と、その末路もね」
息を止める。
なぜか、必要な分だけの酸素を吸い込むことができなくなった。
瞬いたはずが、思ったよりもしっかりと目を閉じていた。
息を吸おうとするのに、どうも上手くいかない。
口を開くことすらできない僕の名前を呼ぶのは、優しい声。
「あなたはニール・ディランディに囚われているのかしら?」
本名を口にしたのはわざとだろうか。
思案しようとするのに、どうしてか頭は回っていないように思う。
息苦しさに思考が押し潰されていた。
瞼を持ち上げるが、目線の動きは伴わない。
誰にも触れられたくなかった柔らかいところを優しく、ゆっくりと撫でられている気分だった。
「私を避けるのはその人と同じ名前だからなのかと思っているの。もしそうなら、見た目は違くともニールと向き合うという事実にあなたは何か思うことがあると考えるのが妥当でしょうね」
瞬く。
綺麗な瞳を縁取る長い睫毛がやけにゆっくり動いているように感じた。
「じゃあ、あなたが思うことは何かしらと考えた時に、真っ先に思いつくのは後悔だったわ。あるいは自責とも言える感情かしら。あなたはニール・ディランディを死なせたのが自分のせいだと思っているのかもって考えたら、私に対する反応も当然だと思うもの」
息を吸うことはできなかった。
呼吸をすることを、忘れていたせいだ。
「まあ、何だっていいのよ。私が言ったことが正しくても間違っていても。ただ、あなたがニール・ディランディに対して何かしらの感情を抱いていて、そのせいで私を受け容れることができないのならそれで構わないわ」
柔らかな笑みは綺麗な彼女の顔を彩り続ける。
どう考えたところで間違っているのは自分だ。
それなのに、彼女はそれでも良いと言う。
「何にせよ私がニールであることは変えられないもの。だから、あなたの私に対する何かを変えて欲しいとも思わないわ。これから先に受け容れてもらえるのならそりゃあ嬉しいけど、拒絶されてもいいと思ってるの」
綺麗な唇が描くのは綺麗な弧だ。
瞬く時に揺れる睫毛すら美しい彼女は、慈愛で満ち溢れたような優しい声で自分に語り続ける。
「少し言い方を変えると、私のことはあなたが都合の良いように扱ってくれたらいいの。私を否定してニール・ディランディへの想いを高めてもいいし、私をその人の代わりにして自分の心を慰めたっていいわ」
どういう意味だ、と尋ねたのは反射のようなものだった。
相対する彼女は完璧な笑みを浮かべ続けながら、そのままの意味よと答える。
「ねえ、ティエリア」
「……なんだ」
「あなたにとってロックオン・ストラトスはどんな人だった?」
考える。
いろんなことを、頭の中に浮かべる。
ロックオン・ストラトスと、彼の表情や言葉と、それから目の前で微笑み続ける彼女のこと。
考える。
一向に口を開くことができない僕に、彼女は目を細めた。
「今、刹那が次のロックオンを迎えに行っているでしょう?」
「……ああ」
「あなたの中のロックオンはニール・ディランディだもの。少しでもいいから整理しておかないと、きっとあなたも次のロックオンも辛くなるわ」
あなたにとってのニールがその人であるように、と続く言葉を聞いて真っ直ぐに向けられる相貌と目線を合わせる。
「……あなたは」
「うん?」
「あなたは、それでいいのか」
「いいわ」
「なぜ?」
なぜ、に含まれた意味はきっとたくさんあった。
まだ会ったばかりの自分にどうして、とか。
会ったこともない男を優先しようとする理由は、とか。
そこまで彼女自身を蔑ろにする意味、とか。
様々なことが含まれたなぜを受けても、彼女は何もかもを理解しているとでもいうように凛とした佇まいのまま笑った。
「それが、私が此処にいる理由だもの」
迷いのない声にいよいよ混乱する。
ヴェーダの計画には記載されていない、刹那が連れてきた彼女は一体誰だというのか。
ヴェーダに尋ねても登録されている彼女の情報に引っ掛かるものは見受けられなかった。
一度目を閉じてから、ゆっくりと開く。
かち合った瞳は微塵も濁らずに美しく輝いていた。
「あなたは誰だ?」
瞬く。
それから、溢れる笑みにどうしてか呼吸が楽になった。
「私はニールよ。私をどんな人間だとするかは、あなたが決めていいの」
「……そんなの」
「あら、あなたが何をどう思おうと誰にも責められないわ。それに此処に来たばかりの私なんて部外者同然だもの、あなたがどう思っていようと否定も肯定もしない」
優しい声に耳を澄ます。
彼女の言葉を噛み砕けば、少しだけ呼吸が楽になった気がした。
「ただ、あなたがニール・ディランディに囚われて苦しんでいると言うのなら、私の存在を使って辿りたかった現実を作るのもいいと思うの。あなたが望むなら私も手伝うわ」
凛とした声色を聞けば、それが冗談で言っているのではないと簡単に分かってしまう。
息を吐く。
今度は、上手くできた。
「どうして、僕にそこまでしてくれるんだ?」
「そうねえ。強いて言うなら放っておけないから、かしら」
「……どうしてあなたの言葉が不快じゃないのか分からない」
瞬く。
僕ではなく、彼女が。
綺麗な瞳を見開いた彼女はどこかあどけない表情を浮かべた後、もっと砕けた子供のような屈託のない笑みを浮かべる。
声を出して笑いながら、ふにゃりと緩む顔を見ればなんだか泣きそうになってしまった。
「私はどうしたらいいかしら?」
「……そのままで居てくれたらいい」
「そ? さすがに見た目を変えることはできないから助かるけど」
「確かに見た目は似ていない。声も、言葉遣いだって違う。だが最初から、あなたはどうも彼を彷彿とさせる何かがあった」
「あら、そうだった?」
頷く。
奇妙なことを言われているだろうに、それでも彼女は笑っていた。
「ニール」
「なあに?」
「……僕は、あなたを受け容れる」
彼女は少しだけ目を見開くと、直ぐに細めて笑った。
「あなたがそう望んでくれるなら、私は応えるだけよ」
優しくて、穏やかな声だ。
綺麗な笑みを向けられたら、戒めたはずの心が少しだけ緩むような気がした。
「今じゃなくてもいい」
「うん?」
「あなたが誰なのかを教えて欲しい」
「ふふふ。何もないわよ。家族も居ない、愛した人にも置いて行かれて、ただ生きるために人を殺すだけの毎日を過ごす女だもの」
隠すことも話すことも大してないと微笑む彼女にまさか、と思わず手を伸ばす。
テーブルの上で組まれた手を取ると、白くて細いそれの内側が固いことに気づいた。
「あなたみたいな綺麗な人が一人?」
「あはは、綺麗じゃないわ。本当に綺麗だったらきっと一人にはならずに済んだもの」
口を閉じる。
誰かに触れるのも触れられるのも好ましいとは思わなかったはずなのに、自ら望んで触れた彼女の手と指を絡めるようにして繋ぐ。
応えるように力を込めてくる彼女は微笑みながら僕の名を呼んだ。
「私がニールであることは変えられないけど、あなたの戦いが終わるその日まであなたが望む私であり続けるわ」
多分、間違っているのだろう。
僕も、彼女も。
だがそれでこの胸の奥で疼く何かがおさまるのなら、この手を握り続けようと思った。
恐ろしく歪で、
切ないほどに甘い