五右エ門が、わたしのせいで怪我をした。

その日の敵が特別手強かったわけでも、思いもよらないアクシデントが起こったわけでもない。最近ようやく盗みに連れて行ってもらえるようになって、そしてそれが(今思えば、とても運良く)上手くいってものだからその日のわたしは完全に浮かれきっていた。自分の油断が、みんなの危険につながること。ちゃんと知っていて、理解したつもりだった。けれど、それがただの「つもり」だったことに気付いたのは情けないことにわたしをかばった五右エ門の、痛みに歪む顔と服から滲む赤い血を見てからだった。

部屋に人が入ってきたのに気付いて目を覚ましたけれど、わたしはすぐに目を閉じ直した。咄嗟に寝たふりをしてしまったのは、怖かったからだった。何度言ってもノックをしない次元でも、ノックと同時に扉を開けてしまうルパンでもない。気配なんてものがまだ分からないわたしは、それでも控え目で律義なノックの音で五右エ門だとすぐに分かってしまったから。それと同時に、昨夜傷を負ったのは五右エ門のほうだというのに、いつも怪我を見てくれるもぐりの医者のおじいさんから「ともすれば剣が握れなくなっていた」と聞かされて、わたしのほうが気を失ってしまったのだと思い出した。

すぐに、謝らければいけない。痛いほど分かっている。でも、恐怖で体が思うように動かない。いつも優しい五右エ門の、生きる意味をもう少しで損なわせてしまうところだった。

瞳の奥がじわりと熱くなる。泣いちゃいけないと思うのに、そう思うほど涙はさらに溢れ出して、ついに目尻から零れ落ちる。

「…マコ、泣くな」

優しい声がすぐ真上から落ちてくる。ぎこちなく頬を拭う熱い指先。目を開けると、困り果てたという表情の五右エ門がぼやけた視界の中で揺れている。もう耐え切れなかった。昔そうしていたように、思いっきり首に腕を回してしがみつく。

「……五右エ門、わたし、」
「拙者なら大丈夫だ。…マコ、お主に怪我は無くてよかった」

ごめんなさい、を何度言おうとしても嗚咽に阻まれてうまく言葉にならないわたしをなだめるように、五右ェ門はわたしの背中でトントンとリズムを取る。そうされていると波が引くようにゆっくり、不思議と気持ちが落ち着いてくる。

泣くという行為はとても疲れる。喉の奥がぎゅつと痛くなるし、頭はぼうっとする。そんな当たり前のことを感じながら、そもそもこんな風に泣いたのがひどく久しぶりだったことを思い出して、そして気付いた。寂しいのも怖いのも痛いのも、辛いことは全部五右ェ門たちが、今の今までわたしから遠ざけてくれていたのだ。


五右ェ門に連れられてようやく部屋から出てきたわたしを待っていたのは、いつも通りの食卓だった。次元もルパンも昨日のことは何も言わない。いつもと何ら変わりのない明るい朝。

けれどお皿に乗った温かいスクランブルエッグだけは、いつもより甘く、やさしい味がした。まるでわたしをなぐさめてくれてるみたいに。

「…みんな。あのね、ごめんなさい。それと、ありがとう」

1口食べたら、ぽろっと溢れるようにいちばん言いたかった言葉があっさりと喉から滑り落ちてびっくりした。そんなわたしの頭を代わる代わるぐしゃぐしゃとかき混ぜる3人は揃って、今日のたまごみたいにやさしい笑顔を浮かべていた。
-meteo-