「お、おはよ〜次元」
「……おはようさん」

快晴の朝には全然ふさわしくないドス黒いオーラが肌に突き刺さるのを感じながら、自然な風を装ってキッチンを覗き込む。フライパンの中では目玉焼きが4つ合体したらしい何かがジュージューと音を立てている。湯気を吹き出してピーピーと鳴き出しても今日の次元は知らん顔だ。ほらもう、これで決まり。頭の中ではカーンと鈍い音が響いてる。

「もうできるからルパン呼んでこい」
「は、は〜い……」

トースターがチン!と大きな音を鳴らしても次元は上の空だ。やっぱりこれは相当悪い。わたしはため息をつきながらキッチンを後にして、今度はルパンが待つ洗面所に向かった。

「マコ、どうだった?」
「全然だめ」
「たまご予報は?」
「本日は目玉焼き。……でも、ひとつに合体して妖怪っぽくなってたけど」
「あらまぁ。どしゃ降りじゃねぇの」

たまご予報――わたしとルパンだけが提唱する次元の機嫌パロメータのことだ――的には実は目玉焼きはそんなに悪くない。完熟だとか半熟だとか白身はパリパリになるまでだとか、ベーコンの有無だとかハートの型にいれてくれたりとか、そういう一人ひとりの注文に応えて作りわけてくれるのだ。……いつもなら。

「ほんとに言うの?」
「…しょうがないでしょうよ」
「でも、昨日も買い物の帰りに『峰不二子がお前だって言ってんだよ〜』とか言ってきた悪そうなオジサン達にお命頂戴されてたし」
「今不二子も切羽詰まってるみたいだかんなぁ」
「それで久しぶりに手に入ったコシヒカリがパァになったし」
「どーりで夕飯が質素だったわけだ」
「やっぱり今日はやめといたほうがいいと思うけどなぁ」
「そうねぇ〜」

最初からわかっていたけれど、この気のない返事からしてルパンはやめる気なんかさらさら無いみたいだ。はーあ。朝から面倒ごとの予感がして、わたしはげんなりする。

ルパンがどうして次元の機嫌を気にしているかというと、次の大仕事に不二子ちゃんが一口乗るというのを次元に言わなくちゃいけないからだ。不二子ちゃんとはもう約束してしまったらしい。
でも、この前の大仕事で不二子ちゃんに見事に裏切られたのは記憶に新しい。今だってたまにルパンにお姑さんみたいな小言を吐く次元が、なんていうかなんて火を見るより明らかだ。

「それで、今度はなんて誘惑されたの?」
「んフフ〜そりゃまだお子様のマコちゃんには言えない……」
「はいウソ。あとわたしもう子供じゃないし」
「……最初だけはほんとにアダルティだったんだけどなぁ…ハァ」
「いつもの手口じゃん。ほーんと、懲りないねぇ」

「まぁなぁ、オレは不二子には弱いかんなぁ」

世界一の大泥棒じゃないときのルパンは、不二子ちゃんのことを思うときだけふにゃりと顔を崩して、困ったみたいに、けれど同時にとてもしあわせそうに笑う。ルパンが持つたくさんの顔の中でも、わたしがいちばん好きな顔。

「こーされちゃったら、もうイチコロよ」

イチコロって多分もう古いよ、と教えてあげようか悩んでいると近づいてきたルパンの指先が、わたしの顎の下あたりをツツツと撫でた。不二子ちゃんがよくやるやつだ、と思ったけれどそんなことよりくすぐったくて、わたしは身をよじりながら笑ってしまう。

「ほーら見なさい。それがお子様だってのよ」
「ち、ちがうよ!ルパンが下手くそなの!今度はわたしがやる!」
「うわっ!くすぐってぇなあもう!」
「ひー!ひっ、やだやだくすぐったい!」

狭い洗面所でぎゃーぎゃーと喚きながらお互いノーガードでくすぐりあって笑い転げてるわたしたちは知らない。このあとすぐ、いつまで経ってもリビングに来ないわたしたちに業を煮やした次元が乗り込んでくるのを。そして、それと全くおんなじタイミングで待ちきれずに不二子ちゃんが我が家に乗り込んできて、思っていたより3倍くらい面倒ごとになるのを。


(結局いつもどおり次元が折れました)
-meteo-