世界中を転々とすることに異論は無いし、そうあるべきだとは思う――なにせ世界一の大泥棒と一緒なんだから――のだけど、どうしても辛いことがひとつだけある。簡単に言ってしまえば、食べ物の話だ。それに比べれば言語や気温、習慣なんてたいしたことではない、とわたしは思う。とにかく故郷の味、日本食が食べられないというのは人によっては結構なストレスになるということだ。

「お前らも変わってるよな」

食卓の向かいに座って頬杖をつきながら次元が呆れたように言う。それに対してわたしたちの盛り上がりようといったら無かった。並んで座ったわたしと五右ェ門の前には炊きたてのご飯が盛られたお茶碗、そのご飯の頂には美しい色をした新鮮な卵。あまりの艷やかさに、わたしたちは感嘆の息を漏らす。夢にまでみた、卵かけご飯。外国の卵はここほど新鮮ではないのでそうは食べられない一品だ。五右ェ門も感動はひとしおのようで、ほとんど泣きかけている。日本のアジトに来るといつもこうだ。

「次元は食べなくていいの?」
「このような美味なもの、外国では食せんぞ」
「別にいの一番に食うもんでもねぇだろ」
「うそでしょう信じられない……まいいや、ほっとこう次元は!五右ェ門はやくたべよ!」
「うむ、待ちわびた一瞬だ…」

いただきます、と神妙に手を合わせて箸を手にする。いろいろ食べ方はあるけれど、やっぱりスタンダードに醤油だけではじめるべきだろう。たまごを湯気の立つほかほかのご飯に絡めて、それから。

ぱくりとひとくち。それだけで幸せになるには十分過ぎた。

「お、美味し…泣きそ…あ、五右ェ門ほんとに泣いてる」
「クッ…まだまだ拙者も修行が足らんな…」
「全くだな」

そうやって時々次元にからかわれながら、わたしたちはおいおいと卵かけご飯を心ゆくまで頬張る。控えめに言って、至福の時間だった。

けれど1杯2杯、3杯目で信じられない悲劇が起こった。いやにニヤニヤとした次元がおもむろに立ち上がって「さーて、すき焼きの準備でもするかな」と言いやがったのだ。

「え?!ちょっと待って、意味がわからない」
「意味はわかるだろ。もうすぐ夕飯時だ」
「先に言ってよばかじげん!もうお腹いっぱいじゃんか!!」
「お前らはいくら野菜食えっていっても肉ばかり食べやがるからな。これで俺にも肉が回ってくるし、ついでに家計も助かるし丁度いいだろ」
「か、確信犯…!」
「次元お主、そのような卑劣な男だったとは…!」
「好きなだけ卵かけご飯食えたんだからいいじゃねぇか」

血が通っている日本人の言うこととは思えない次元のセリフに、五右ェ門もわたしも今にも斬りかからんばかりの形相で猛抗議をする。卵かけご飯はたしかにこの上なく美味しい。もちろん大好きだ。でも、でも…!柔らかいお肉が溶き卵と絡んで輝く様を想像して、私は思わず身震いしそうになる。

そんなのってない。だって、すき焼きはまた別次元のはなしだ!

「ただーいま……って、何なのこの修羅場は」

「うわーん!すき焼き反対!」
「ルパンお主も言ってやってくれ…!」
「…え、何を?」

結局わたしたちの悲痛な叫びが次元に聞き入れられることはなく、わたしと五右ェ門はすき焼きが美味しくできあがるまでの間、刀を振るったり(武士がそれでいいのかとルパンが笑っていた)筋トレに勤しんだりと必死にお腹を空かせようとする羽目になるのだった。



「うぅ……おかわり……」
「拙者もだ……」
「二人とももうやめておけよ。無理すんな」
「ぜったいやだ……というか誰のせいだと思ってんだ……とっても美味しいのがまた腹立つ……」
「そりゃ悪かったなぁ。さすってやろうか?腹」
「ほんとやめてっ!破裂する!」

食いもんの怨みは怖いねェ、と他人事みたいに笑う隣のルパンが憎たらしくて――だって、この人だって積極的に野菜を処理する質じゃないのだ。今日はたまたま制裁から免れただけで――、お箸に挟まれたきらきらのお肉をこっそり確認する。食べちゃおうか、やめとこうか。ルパンは修行のときより険しい表情の五右ェ門をからかうことに夢中になっているから、今なら。…………食べ物の怨みの本当の恐ろしさは、こうして連鎖していくことなんだなあ、と思わないでもないけれど。わたしたちは揃いも揃って泥棒なんだからしょうがない。そういうことにして、今度こそ迷いなくルパンの手元に齧り付く。すき焼きパーティーはまだまだはじまったばかりだ。
-meteo-