ナルトくんたちよりは年上だとしても、まだまだ子供なわたしから見ればカカシ先生は大人で、優しくて強くて。つまりは全てに余裕があって。それを見るたびにわたしは、ときめくような、もどかしいような、フクザツな気持ちになる。恋人なんだから、先生なんて付けなくていいんだよと諭されたときもそうだった。少しの優越感と、それの倍以上わきあがるヒクツな感情。隣を堂々と歩けるくノ一達と同じ呼び方なんてどうして出来ただろう。未熟な自分との差をまざまざと感じるだけだった。


消すね、と言われて部屋の灯りが落ちる。カーテンの隙間から入り込んできた夜の気配に部屋全体が満たされた。カカシ先生は既にベッドに寝転んでいる。そのそばでわたしは突っ立ってることしかできなかった。こういうとき、大人はどうするのか。きっと、するりとなんでも無いようにその隣に収まればいいんだろうな。そう思うのに、身体はいつものようにじりじりとソファに向かって後ずさっていた。もう何回目だろうか。この後だって分かりきっている。目が覚めるとわたしはしっかり布団に包まれてベッドに寝かされていて、代わりにカカシ先生がソファで静かに眠っている。そして、朝が来るまで、そのまんまで。

それを寂しいと、申し訳ないと思うのに、そしてどうにかしたいと思うのに。いつだって脳みそと身体は竦んでうまく動かない。カカシ先生に危険を感じているわけじゃないのだ。ただただ、恥ずかしいとかそんな自分のことばっかりで。

目の奥で涙の気配がした。それは、よくない。困らせるだけだから。

「・・・ちょっといいですかお嬢さん」

そっと、夜に溶けてくような声色と、うたうような口調だった。からかうような、けれど優しい敬語。それを聞いてわたしの心は少しずつ落ち着いてゆく。

「・・・なんですか。カカシ、さん」
「今日は、こちらで寝ませんか」

やっと暗闇に慣れた目でぼんやりと、ベッドの奥でカカシ先生が左腕を投げ出してわたしの入るスペースをつくってくれているのを見つけた。

「ちょっと狭いけど、温かさは保証するよ」

きっと全部織り込み済みで、眉を下げて微笑む先生が、わたしはやっぱり大好きだなぁと思った。柔らかいお誘いに誘われて、恐る恐る先生に近寄った。

「・・・ええと、お邪魔していいですか」
「もちろん、どうぞ」

ゆっくり、布団の下に体を滑り込ませる。温かい、と思った。布団のそれじゃなくて、隣に人肌のある温かさ。無性に安心するそれに、強張った身体から力がゆっくり抜けていくのを感じた。それに従って心もするすると。

「先生、ごめんね。子供で、面倒で。・・・嫌になるでしょう」
「ならないよ。嘘だと思うかもしないけどね、これはほんとうだから」
「・・・うん」
「そう、いい子。なまえはゆっくりでいいんだよ。オレもそう思うんだから」

静かな夜の恩恵か、いつもなら突っぱねてしまうはずのその言葉を、今日は素直に受け取ることができた。もう一度ごめんねをいう代わりに、わたしはそばに置かれていた先生の右手に自分のを重ねる。淀みなく、応えるように大きな手に包まれた。その心地良さに現金なわたしはなあんだ、怖気づくことなかったんだと思い直す。途端、少しだけ空いている先生との距離が気にいらなくなった。

「・・・カカシさんカカシさん、」
「なんですかなまえさん」
「・・・もう少し、くっついてもいいですか」

さっきと同じ、穏やかな「もちろんどうぞ」を予期していたわたしは、予想だにしないカカシ先生の行動に度肝を抜かれた。つまり、先生のほうからがばり、と思いっきり抱き込まれたのだった。

「えっ、!」
「あのねえなまえ、それは反則」
「だ、だめだったの・・・?」
「・・・駄目じゃないよ」

駄目じゃないけど、とカカシ先生はモゴモゴと続けてなにか言っていた。よく聞こえなくて、耳を寄せようと体をよじらせるとなぜかさっきより強い力で布団といっしょくたに抱きしめられる。どうすればいいか分からず、わたしはまるで人形のようにされるがままだった。

最初は少しばかり緊張していたものの、さざ波のように訪れる眠気には耐えきれず徐々に力が抜けてゆく。そのまま意識をゆっくり手放すことにした。だってもう、寂しい朝は来ないのだ。何も恐れることはない。明日わたしは少しだけ大人になっているだろう。それで今は満足だった。

眠れると思った夜

(思ったより眠れるひとと、思ったより眠れないひとの夜は長いかそれとも短いのか)

(2015.05.18)

-meteo-