結論を言うと、エリザベスを被るという小太郎の作戦はなかなか良かった。銀時は幸せと呼んでも差し支えない生活を手に入れてるのは明らかで、それを見てわたしはなんだかもう満足してしまったからだ。お登勢さんと呼ばれた店主の老婦、少し冴えないけど実直そうなメガネの少年、白い肌の大食いチャイナ娘。他にも忍者だとか無職だとかキャバ嬢とかそのお友達の剣豪だとかなんとか、みんながみんな銀時のことが好きで、銀時ももちろんそうで。ずっと心残りだった、記憶の中、血の雨の中で暗い瞳をした銀時は、消えてなくなったわけじゃないけれどもうすっかり鳴りを潜めているようだった。

「銀ちゃん、私今日は姉御の家に泊まるアルヨ〜」
「お〜そうしろそうしろ」
「銀さんちゃんと戸締まりしてくださいよ」
「うっせんだよぱっつぁんお前は〜カーチャン気取りですか」

眺めていただけなのに、時間はあっという間に過ぎていってお開きの流れへ。いつの間にか潰れていた小太郎を引きずって店を出たはいいものの、どこへ行けばいいか全く検討が付かない。今更ながら、喋れないのってすごく不便だ。それに呂律が回らないこの男に聞くのは無理か、と宿なんかはあるのだろうかと辺りを見回していた時だった。小太郎と同様に潰れていたはずの銀時が涼しい顔で立っている。

「おいヅラ、お前肉球がどうとか言ってたよな」
「銀時ぃ、肉球はいいぞぉ〜!!」
「しゃーねーからお前アレだよ、定春貸してやるよ。一晩だぞ」
「なんだと?!ようやく、俺の肉球ライフが・・・」

「その代わりエリーは俺が借りてくから、じゃあそういうことだ」

エリー?と首を傾げたのとわたしの腕が掴まれたのは同時だった。つまり、エリー、はエリザベスのことらしい。咄嗟に小太郎のほうを振り向いてSOSを発信したかったのだけれど勢い良く落ちてきた巨大な犬に伸し掛かられていて姿を確認することもままならなかった。そのままわたしはズルズル引っ張られて階段を登らされる。お酒をあんなに飲んだとは思えない、強い力だった。

やっと登りきった、と思ったときには遅かった。ビリ、と布の避ける音がして一気に視界が開ける。クリアな視界にしかめっ面の銀時。酔ってやってしまったとかいう雰囲気ではない。気付いてたの、は驚きで喉の奥に引っ込んでしまう。

「・・・・・」
「・・・何か言うことあんだろ」
「、テッテレー、とか?」
「はーいなまえちゃん、残念不正解〜」
「い、痛い、痛いよ!」

ぐにぐにと頬を左右に引っ張られる痛みに、耐えられず悲鳴をあげる。昔も同じように、こうして銀時にいじめられた。そのたびに銀時はにんまりと顔をにやけさせてたのに、今現在、おおきくなった銀時はぴくりとも表情を変えない。それどころかさっきからずっと目と眉がぐっ、と近づいている。こういう顔をするときは、だいたい怒っているときだ。

「ぎ、銀時?なんで怒ってんの」
「・・・なんでじゃねーよ。いやなんでだわ。なんだよお前」
「なんだよって言われても」
「・・・なんで、俺より先にヅラなんだよ」
「えーと、それは成り行きっていうか、」

頬から離れた銀時の腕は、わたしの両肩に強く食い込んでいた。

「・・・俺が、貰っていーんじゃねーのかよ」

ポツリ、と落ちてきた低い声に思わず顔をあげる。夢とおんなじ、赤い瞳が揺れていた。まさか、覚えているとは思わなかった。あっけにとられていると、銀時はわなわなと身体を震わせて、それから。

「ウワアアア!なに!なんで抱きついてくるの!」
「うるせェェェ!あーもう!俺だってもうよくわかんねーよ!前触れなく消えちまって、てっきり死んじまったと思ってたのにいきなり間抜けなペンギンの中入ってひょっこり現れるし!なんかヅラと手なんか繋いでやがるし!飲んでも全然酔えねーし!いや落着けサプライズかなんかだろと思ってソワソワしてたのにお前ふっつーにヅラと帰ろうとするし!!!」

強い力で抱き込まれて、恥ずかしくて仕方なくてじたばたをもがくも銀時はてこでも離そうとしない。むしろ力はどんどん強まってゆくので、諦めて降参だと動きを止めると、ピタリ、打って変わって静寂がおとずれた。首筋のあたりに銀時の柔らかい髪が触れてくすぐったい。

「・・・なまえは分かってねーんだ、俺がどんな気持ちだったか」
「ぎ、銀時?」
「ってコトで、もう分かるまで、っつーか分かっても、俺ァなまえのことを離しませんので。そーいうことだから」

ひとりでぶちまけるだけぶちまけて、上機嫌に銀時はわたしを抱え上げて「万事屋銀ちゃん」、その中へ入っていく。わたしの抗議や悲鳴もなんのその、ズンズンと大股で銀時が向かった先は、どう見ても、寝室だった。思ってもなかった事態に身を強張らせたけれど布団に倒れこんだ銀時は、すぐに穏やかな寝息を立て始めていた。結局なんだかんだ酔っていたらしい。ただその大きい左手はがっちりと、わたしの右手を掴んで離さない。

「・・・なんか、いろいろ言いそびれちゃったなぁ」

手はそのまま、空いた左手だけでなんとか掛け布団を引っ張って、銀時の横に寝そべった。久しぶりの銀時の寝顔をしばらく眺めてみる。少し髪は短くなったけれど、間抜けな寝顔は変わらない。なんだかよく分からないけれど、じんわりと胸が暖かくなる。そうか、わたし、帰ってきたんだなぁ。

「・・・ただいま、銀時」

貰っていーんじゃねーの、と言った銀時の声を心の中でもう一度再生して、ひっそりと身を震わせる。幸せそうな銀時を見て、安堵したのはもちろんだけど、本当は、寂しかった。けれど銀時の言葉ひとつで、ひび割れた心はこんなにも容易く回復してしまう。それはもう、笑ってしまって頬の緩みが戻らなくなってしまうくらいに。

「・・・おやすみ、また明日」

ようやく訪れた心地よい眠気に逆らうことなく瞼を下ろす。あの夢はもうきっと見ないだろう、と思った。だって、これからは隣に銀時がいる。

-meteo-