正面に仁王立ちした次元がわたしに見せつけるように澄ました顔で紫煙を吐いてから、乱暴にわたしの頭をかきまわした。後ろの五右エ門はわたしの両肩を揉みながら「人という字を手のひらに書いて飲み込むといいらしい」と至極真面目な顔で教えてくれる。右を向いて不二子ちゃんに不満を訴えると、「外れそうじゃない」とやさしくお揃いのイヤリングを直してくれた。

「さてなまえちゃん、準備はオッケー?」
「ルパンこそ、ちゃんと鏡見たの?」
「へ?」
「ネクタイ変だよ」

手で呼び寄せると素直に近づいてくるルパンを微笑ましく思いながら胸元を整えてあげると、お返しとばかりに額に幼い子にするようなキスを落とされる。「おまじない」と低く笑う声は他の皆と同じように心配を含んでいた。全く、どいつもこいつもこの調子である。

「・・・みんな心配しすぎ」

でも、大好き。心の中で付け加えたけれど、そんなことお見通しらしい無敵の一味に囲まれてわたしは今日やっと、いわゆる泥棒デビューをする。この街で一番高いビルの屋上に吹き荒ぶ冷たい風が興奮で火照った体を冷やして、脳みそを覚醒させた。「じゃあ、始めるぜ」という低いルパンの声でそれぞれが回路を切り替えるように瞳の色を冷たいものに変えてゆく。この、電気が、流れてくる感じ。目を閉じて大きく息を吸い込んだ。






「あーら、バレちゃった?」

変装を解いたルパンの声に弾かれるように後ろを振り向くとそこにはおびただしい警官の山。その先頭を走るのはもちろん、銭形警部。


ルパンがオールド・スタイルと呼んだ今日の作戦では、わたしとルパンが最終的にバカみたいにでかいナントカの宝石というやつを盗みだすことになっていた。他は後方支援というやつで、次元が停電を引き起こして、不二子ちゃんは今夜行われているパーティーに忍び込んで、1時間ごとに変わるセキュリティーコードを鮮やかに盗みだす。警備員を装ったわたしたちがそのコードを受け取り最上階へ、悪趣味に輝く部屋からお目当てを持ち出したあとは、五右エ門が待機してる屋上からヘリで逃げる。そういう手筈だったのだけれど、もちろん簡単には逃がしてはくれないようだ。屋上への道は完全に塞がれた、と笑う警部の顔は完全に勝ち誇っている。背中合わせになって両手をあげる私たちをぐるっと警官が取りまいていた。幸いターゲットは既に手の中だけれど、さあて、これから、どうしましょうか。

『なまえ聞こえる?下まで降りてきて。そっちで貴方たちを拾うわ』

お揃いのイヤリングは通信機だったのを忘れていた。不二子ちゃんの声ってほんとセクシー。付け加えられた『なまえと宝石があればルパンは別にいいわよ』という含み笑いについに小さく噴出すと警部が顔をしかめた。

「ル、ルパン!貴様こんな少女まで引き入れたのか!?見損なったぞ!」
「いい腕してるだろ?今日が記念すべきデビューだもんで、見逃してもらえない?なんてな。あ、リツ挨拶しておいたら?」
「・・・銭形、さん」
「な、なんだぁ・・・?」
「わたし!!!少女じゃないです!!これでも成人してるんですからね!!!」

ルパンがケラケラと笑い声を立てるのをひと睨みして黙らせる。そんな目線を送らなくても分かってると返事する代わりに頬を膨らませたまま、次元に見繕ってもらった小型の愛銃を天井へ向けて引き金を引く。趣味の悪いシャンデリアが重力に従い落下する騒ぎに乗じて階段を駆け下りた。後ろからはけたたましい集団の足音と、怒号と、銃声と。鮮やかに、とは言えない光景に一気に鳥肌がぶわっと立つのを感じた。

「予定とは違ったけんどもさ、リツが嬉しそうで俺様も超うれしい」
「・・・え?そうかな」

「もしかして気付いてねぇの?・・・口元、笑いをこらえるみたいに引き攣ってるぜ」


わたしたちは皆同じだ。どれだけ強かろうが誰も、身の中に巣食う獣を殺すことはできやしない。それによって生かされているのをよく知っているからだ。狂気の世界でしか、きっと生きられない。その証拠だと知らせるように、初めて踏み入れたはずの世界にわたしの心臓は確かに踊っていた。水を得た魚のように、または乾いた砂漠で見つけたオアシスのように。

ああそうか、もう楽しいことを隠さなくたっていいのだ。わたしはこの世界で、闇に体を溶け込ませて生きてゆくことができる。体を震わせていたのは冬の寒さなんかじゃなくて、至上の喜びだったのだ。

同じ炎に身を灼かれてる

(2014.11.26) image song/Ride on shooting star

-meteo-