出会ったのはまだわたしが少女と呼ぶに相応しかった年齢の頃で、一回り近く年上のクザンさんはもう既に海軍でそれなりの地位を得ていた。そのためかは分からないが彼はとにかく年齢にそぐわない落ち着いた大人のような雰囲気を持っていた。しばしばわたしや他の海兵なんかを煙に巻くようなことをするクザンさんに、海兵でもないマリンフォードで郵便屋をしているというだけの幼いわたしはいつも腹を立てていて会うたびに突っかかっていたのを覚えている。どうして答えてくれないの。どうして教えてくれないの。怒りを見せようが涙を見せようがクザンさんはいつも同じ調子で「あらら」とか「まあ」を繰り返すばかりだった。

「クザンさん、知ってる?言葉にしなきゃ伝わらないんだって」
「あらら、どっかで覚えてきたんでしょそれ」
「なんか、少女漫画」
「ああ、なまえちゃんもそういうのに憧れる年頃だもんな」

同じ年頃の女の子に貸されるまま取り合えず読んだその本はいわゆるベッタベタのラブストーリーというやつで、事あるごとにすぐ泣く目の大きな女にも、理不尽とも言える理由でその女を突き放したり抱き締めたりする線の細い男にも全く共感はできなかったが、その「思っていても言わなければ言ってないのと同じだ」といったような台詞にはそうかもしれないと頷いてしまった。クザンさんは肝心なことは何も言わないし、今だに何をどう思ってるかなんてほとんど分からなかったからだ。紙の中の女が「女の子は言葉がないと不安になるの」だと涙を滲ませていたのに耐えられず思わず呻き声を出してしまった(汚い話である)が、よく省みてみるとわたしも同じだったので複雑な気持ちになった。不安だったからきっと、クザンさんに腹を立てていたのだ。こうしてなんとか感情に理論を取り付けたわたしは今や怖いものはない、といったような殊勝な気持ちだった。

「・・・そんなにむくれなさんな」
「だって!」
「俺は、なんつーか、言葉にするのは得意じゃねぇのよ」
「どうして?だって言葉にしないと伝わらないのに」
「難しいもんなのよ、これがどうして・・・まぁ、いつか分かるさ」

それから仕方ない、と頭を掻いてからクザンさんは屈んでわたしと目線を合わせた。はじめての距離にドギマギするわたしの耳に唇を寄せて「なまえが大好きだ」と低い声色で囁く。すぐに嬉しくなったわたしは耳を真っ赤にさせながらはにかんで「わたしもおんなじだ」、と返事をした。そんな幸せを絵に書いたような時間のはずなのに、クザンさんは少し困った顔をして笑っていた。それがあの日のわたしには不思議でしょうがなかった。



けれど、もうあれから何年も経った今。ようやく貴方の言いたかったことが分かる。


「クザン、さん」
「・・・なまえ、」

丸10日連絡のひとつも寄越さないなんてこれまでにないことで、心配も不安もどうすることもできずさんざん待って、やっと電伝虫が鳴ったと飛び付いて出てみればそれはクザンさんではなく本部の海兵だった。彼が落ち着いて聞いてください、と続けたときにはとうとう心臓が凍ってしまったのかと思うほどだった。クザンさんは同じ大将であるあの赤犬さんと死闘を繰り広げていたのだという。クザンさん、赤犬さんと聞けば黄猿さんがすぐに思い出され、次いで三人がじゃれあうようにいがみ合いながらお茶を共にする様子が浮かび上がってくるというのに。それなのに。どれほど辛くて覚悟のいることなのだろう、わたしには想像もつかなかった。


そうしてパンクハザード島、荒野。全く体を動かせないほどの大怪我を負って横たわるクザンさんを目の前にして、山のようにあった言いたいことは全て喉から滑り落ちていってしまっていた。

生きていて本当によかった、怪我はどれくらい痛むの?赤犬さんは?黄猿さんは何ていったの?なんで?どうして遠くばかりみているの?無事でよかった、寒い?悲しい?それとも悔しいの?わたしはあなたが傷付いて悲しいし、苦しい、半身が裂けるように痛い、あなたが好きなのだ、愛おしくて仕方ない、

頭によぎるたくさんの言葉が押し寄せては引かない波のように揺れる。それなのに喉はからからの砂漠みたいに乾いていて、わたしは情けなくクザンさんの名前を呼ぶことしかできない。

言葉なんかでは、伝えたいことは全然伝わらないのだとついには認めるしかなかった。圧倒的に足りていない。

もどかしさにいてもたってもいられず氷点下の温度のクザンさんに覆い被さるように抱きつくと、ついにわたしの涙腺は決壊し透明な雫は雨のようにクザンさんの胸元を濡らす。言葉でも、温もりでもまだ足りない。どうすれば伝わるの、と唇を噛み締めた。

「なまえ、」
「クザン、さん」

クザンさんも同じ気持ちだったのかもしれない、と気付く。それもわたしが幼い頃からずっと、ずっと。

それから名前を呼んで温度を分けあって、ようやくクザンさんと視線が合った。目は口よりも雄弁に語っている、けれども全部は分からない。あなたに全てあげれば、わたしたちは分かり合えるのだろうか。凍り付く手のひらに唇を落とす。どうか、わたしの考えている全てがあなたに伝わりますように。

「・・・ほら、そろそろ泣き止んで。ああちょっと、目擦っちゃだめでしょ」
「・・・クザンさん、」
「なぁに」

「クザンさんが、大好き」
「・・・俺も、おんなじだ」

The best thing that I can do it is to show you now.


「・・・ねぇ、こんなカッコ悪いオジサンと、結婚してくれる?」
「・・・えっ!!!?」
「いやー・・・さっきからずっと考えてたんだけど俺なまえちゃんのこと大好きだなって」
「・・・だ、だからぼけーっと遠く見てたの」
「うんまあ、そう。・・・で?お返事は?」
「・・・・・うう、」
「あらら、泣くほど嬉しいの照れるじゃない」
「うう、そうだよばかぁ」
「(なにこのかわいいこ!)」

(2014.11.12) image song/The best thing

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