「ルーパーンー!!!!」
「はぁい」
「きて!ここ!いま!」

アジトの上等とはいえないソファに身を投げ出して俺を呼ぶ、彼女に実は少し弱い。不二子とも他の女とも全然違う計算の全くない声は不満も退屈も隠さない。足をじたばたさせながら、バンバンと自分の隣を叩いて俺を座るのを待っている。これは諦めそうにない。追い打ちの叫び声をあげる前に腰を下ろすと満足したように肩に体重を預けてきた。なまえのお気に入りの姿勢だ。

「なぁに、どしたの」
「・・・なんでもー・・・なくない」

じげん、と小さくうめき声をあげる。予測はついていた。今次元はさっき偶然(かは分からないが)会った昔なにかあったらしい女とバーに行っている。そんなこと、しょっちゅうというわけでもないがままあることで、それは彼女も分かっているらしい。分かっているからどうする、と言うわけでもなく膝を抱えるように体勢を変えて、泣いてしまいそうなのを必死で耐えている。不細工な、でも愛らしいと思わずにはいられない表情。言わなくとも全身が次元を求めて叫んでいるのがわかる。思わず肩に伸ばしていた左手を止めた。行き場のない左手は少し彷徨って、結局頭に乗せることで帰結を得る。

「気にしなさんなって。オトナはねぇ、いろいろあんの」
「・・・次元はあーいうオンナのヒトが好きなのかな」

さっきみた女はブランド物を嫌味じゃない程度に上品に身につけて、化粧も髪もばっちり決めていた。次元への微笑み方も、その角度もおおよそ完璧に近かったと言える。俺や次元以外にならどんな奴だって悪い気はしなかっただろう。多分、次元はあの女とは色っぽい会話なんて交わしていない。かっこつけで、(アイツ自身は否定するが)ああ見えてロマンチストだから、なにか気の利いたセリフでも言って別れようと思って考えあぐねているんだろう。

「さぁねぇー、ああいうの俺様は好きじゃないけど」
「・・・ぜったい、うそだ」

本当さ、とは口にしないでおく。俺の目を引いてやまない美女なんてたくさんいたけれど、最近はそうでもない。よほどソファで暴れたのかボサボサで跳ねた健康そうな髪の毛や、落ち着かなさげに瞬く何もついていない睫毛に血色のよい頬。そんなのを眺めていたほうがよほど楽しくて俺の健康にいいことを知った。まあ、不二子は別だな。兎にも角にも今は不二子となまえで手いっぱいなのだ、嬉しいことに。

「ほら!うそじゃん!ルパンも次元と一緒なんだよ〜ワンナイトラブとかタシナミなんでしょ!?!オジサンのくせに」
「何も言ってないでしょーが。ひっでぇ〜なもう」
「だって・・・」

左腕は今やなまえに全身の力を込めて抱きしめられていた。幼い子供が縫いぐるみを抱きしめているときみたいにそりゃもう力いっぱい。

「ぐずりなさんなよ。次元に笑われっちまうぞ」
「・・・どうせ帰ってこないからいい」

困った。右腕を伸ばして頭を掻く。宝石も夜景もキスも、彼女の機嫌を直すことはできないだろう。子供の機嫌ってやつはどう直すんだっけなあ、と遠い記憶を辿ってみるもなかなか思いつかない。

「・・・ねえ、ルパン」
「はいはーい、今度はなぁに」
「・・・わ、笑わない?」

泣いたら、お腹空いちゃったんだけど。

恥ずかしそうに囁いた彼女の声に見計らったかのように腹の虫が泣く音が重なる。笑えと言わんばかりのタイミングに俺も、笑うなといったなまえでさえも噴出してしまう。しばらくなまえと折り重なるようになってお互いクツクツと笑いを噛みしめていると乱暴に扉の開く音が聞こえてきて、これまた乱暴な足音を鳴らして次元がリビングに入ってくる。不機嫌そうな、気まずそうな面をしていたのが何だかまた笑えた。

「・・・あ、次元おかーえり」
「おかーえりー」

「・・・何だってんだふたりともニヤニヤしやがって」

「なんでもない!ご飯いこーごはーん!ねールパン!」
「行きましょ行きましょー!今日は俺様がおごってやらぁ」

わーお、最近貧乏続きだったのに!と痛いところを突きながらもなまえは満面の笑みで俺の腕を引っ張る。わけがわからない、といった顔した次元のほうを振り向いて「車出して待ってっからなー」と呼びかけると一呼吸開いて短く返事が返ってくる。

しかしさっきの女、相当激しい気性の持ち主だったようだ。車に乗り込むと助手席でなまえが、次元の右頬の張り手の跡を「小結のぶつかり稽古」と真面目な顔で評す。こっちも大概、とんでもない女だ。それがすごく心地いいのは、まあ、そういうことだ。


そんなかんじでいきながらえる

(2014.07.14)退屈を殺して有り余る

-meteo-