鈴のような声色で、リリー・エバンズがセブルスを「スニベルス」と呼んで立ち去る。そのワンシーンさえ見てしまえば何があったかは明白だった。今この瞬間が、取り返しのつかない、彼と彼女の訣別だということ。この世の終わりのような顔したセブルスが心臓を抉られるほどの痛みと、深い後悔を感じていることも。そしてわたしは今思い知る。わたしがセブルスにできることなんて実は何ひとつなかった。ホグワーツに入ってからの、つまり5年という月日の長さに、わたしは酔いしれていた。組分けされて同じ寮になってから毎日一緒に過ごしてきたという事実がわたしを錯覚させていたけれど、ほんとうは薄々わかっていた。傷つきたくないから見て見ぬふりをしていただけだった。頑なに自分のペースを守るセブルスが、いきなり談話室から姿を消したりするのはいつでもエバンズのためで、「同じ寮の友人」以上に関係性を持たないわたしにはそれについて聞く術を持っていなかった。


わたしはいつも臆病だ。今も、こんなことを考えながらセブルスに駆け寄る、という選択ができない。セブルスはこんなところわたしに見られたくはないだろうから、というのは建前で本当は傷ついたセブルスに触れて拒絶されるのが怖いだけだ。ポッター達やセブルスのいるところからギリギリ見えないような、離れたところで息を潜めて立っているだけで。



「フィニート・インカンターテム」



口の中で消えるほどの声で呟いて、ポッター達がセブルスにかけようとしているバカげた呪文を終わらせる。呪文が発せず首をかしげるポッター達に気付かれる前に、城に向かって逃げるように走った。眼からは拭っても拭っても涙が溢れてきてとまらない。誰にも見られたくはない、城に入って一気に大階段を駆け抜けようとするとサッと消えた階段に左足を取られて勢いよく倒れ顔を打った。わたしがそこに着く少し前に、毎回毎回律義に忠告してくれるセブルスを思い出してしまう。わたしの生活はセブルスでいっぱいなのだ。もう子どものように声をあげて泣いてしまいたかった。


幼い頃、絵本で見た魔法使いはもっと幸せなのだと思っていた。だって、「魔法」使いなのだ。魔術を学べば、魔法使いになれば、いわゆる「ヒーロー」になれるのだと思っていた。自分も、周りも誰一人幸せにできない魔法使いなんてあまりにも惨めでいやになる。


「なまえッ」
「・・・・セブ、ルス」
「だからっ、いつも僕がっ、言ってるのに・・・膝を打ってるな、痛いだろ」
「・・・セブ?」
「・・・・ほら手を寄越せ、引っ張ってやるから」
「なん、で、」

息を途切れ途切れに吐きながら、セブルスはそっと腕を掴んで階段からわたしの左足を救出した。走ってここまで来たのは明白だった。

「・・・さっきポッターに、終了呪文使っただろ?」
「・・・どうして、分かったの?」

声色は怒りにも悲しみにも震えていなかった。恐る恐る見上げると、セブルスはポッター達とひどくやりあったのか頬や腕は傷ついてるものの、瞳はまったく揺れていなくて面食らってしまう。穏やか、と言ってしまったっていいほどなのだ。

「ポッターの杖からなまえの魔力を感じたんだ、すぐに分かる。・・・・それより、どうしてお前の方が泣いてるんだ」


なにかポッター達にされたのか、ととんと見当違いな心配をするセブルスに涙がもう一度こみ上げる。愚かなわたしは、階段に嵌るようにきっとまたこんなこといくらでも繰り返す。それでもセブルスがそっと掬い上げて癒してくれるなら、いくらでも傷付いたっていいのだと知る。それが例え、セブルスに付けられた傷であったとしたって。わたしの涙を拭う、この体温を知っているから、もう大丈夫。

「とりあえず、医務室行くぞ・・・歩けるか?」
「うん・・・ねぇ、それにしてもわたしたち、ボロボロ」
「はぁ・・・僕はいいけど、なまえはもう少し気をつけてくれよ」
「?」
「嫌なんだ、お前が傷つくのは」


その胸の痛みだけは大事にね

(2014.07.06)「美しく夢を見る」企画へ提出させて頂きました

-meteo-