現世でいうならば携帯電話のようなものを阿近から渡された。何を聞いてもはっきりとした返事は得られなかったが、去り際に俺でも隊長でもねェよと逸らされた顔で、すぐにわかってしまう。こんなもの作れる人、ふたりを除いたら他にいない。しかし、たくさんのボタンがあるくせに、どれを押しても画面は光らないので、しばらくはどうすることもなかった。夜寝る前に、少し眺めて眠るだけ。そのときの自分の感情が、嬉しいか悲しいかも実はわからなかった。100年でわたしは過去のことと先のことを考えるのが随分苦手になった。真剣に生きろ、とは阿近とマユリがわたしに言う口癖のようなものだった。頭を撫でられながら、胸倉を掴まれながら、何度言われただろう。拗ねた子どものようで自分でもばからしいとはわかっていても、ふたりの言葉はわたしに届かない。本当は、全てがどうでもよかった。

けれどある日の夜中、唐突に灯りを消した部屋に強すぎる光を液晶が灯した。浦原喜助、という文字に眩暈がした。震える手で応答とかかれたボタンを押す。

「・・・なまえサン?」
「・・・・・・はい」

久しぶりですね、という声色は震えているようにも落ち着いているようにも感じた。でも、わたしの覚えていたはずの声とそっくりそのまま、というわけではない。浦原隊長はちゃんと100年を過ごしてきた。その証拠に、ほら声がずっと深くて澄んでいる。その事実は、わたしに不安と安心の両方を孕ませた。

「聞きました。今も十二番隊にいらっしゃるそうで」
「・・・・そうですよ」

そちらは、と聞こうかと逡巡したが結局は辞めた。聞いたってどうしようもないのだ。

「・・今はお部屋っスか?おんなじ?」
「ですね」
「ああ、覚えていますよ。障子を開けると今の季節だと、綺麗にアザミ、咲いてるんじゃないですか?」
「・・・よく覚えてますね」

そう言われて、部屋のを戸をあけてみる。その通りだ。隊長は淀みなくわたしの部屋から見える風景を描写する。星の見え方だとか、どこの木と木の間から遠くにそびえる懺罪宮が見えるだとか、少し右辺りにひよ里さんが蹴った跡がついていた、だとか。これには少々面食らった。

「・・・本当に、よく覚えている」
「忘れたこと、ないんですよ」
「・・・・・」
「アナタの部屋を尋ねる勇気がなくて、ずっとその景色だけ見ていた日もありました」

かっこ悪いですね、と苦笑する声が響いてから、沈黙が訪れる。

「・・・元気、ですか?」
「エエ、お陰様で」

体の力を抜きながら眉を下げ目尻を下げ、頭を掻きながら笑う隊長の姿をわたしも思い出すことができた。私の記憶の中の隊長は、どうしたって全部優しい顔をしている。

「ずるい、話をしてもいいっスか」
「・・・はい?」
「謝りたくて。・・・アナタを幸せにできなかった」

それどころか、随分苦労したでしょう?と続ける隊長にそんなことない、と続けたかったのだけれど喉には嗚咽が、目には涙がこみあげてきてそれは叶わなかった。初めて聞いた隊長の弱弱しい声は私の心臓を掴んで揺らすには十分すぎるほどだった。こんな思いを100年させていたとしたら、わたしのほうがずっと。

「・・・たい、ちょ、」

「・・・遅れましたが、・・・って、なまえサン・・・!」

部屋のすぐ外、廊下に丸い穿界門が現れてそこから現れた、月の色の揺れる髪の毛、淡いグリーンの瞳を見間違えるはずもない。涙が更に勢いを増して、決壊した土砂みたいに流れ出していく。ぼやけた視界に隊長が慌ててこちらに駆け寄るのが見えた。阿近サンと涅サンに怒られちゃいますねェ、という声が聞こえ、次いで隊長の胸に抱きこまれた。甚平に顔を押し付けて滴を落とすとあやすように背中をさすられる。

「ねぇなまえサン」
「・・・・は、い」
「どうせ怒られるんだったら、今度はボクに着いてきてもらえませんか?」

悪戯っぽく笑っているように見えて、瞳はわたしを真っ直ぐ捉えて離さない。答えるまでもない。返事をするかわりに隊長の背中に腕を回してありったけの熱を込めた。


(2014.06.19) image song/星電話

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