※百十年前くらい


けたたましい足音と、いつだって感情が全力で込められる叫び声に驚く者は五番隊士にはいない。もはや日常として深く馴染んでしまっているからだ。軽い足音がどんどん近づいてくるのを感じて平子は慌ててお茶の入った湯呑から手を離した。これ以上割れば、副隊長の小言が増えるのが容易に想像できた。

「しんちゃんそうちゃん〜〜!!ギンが、ギンが〜〜!」
「うおおっ、いきなし来よったなッ」

ガラガラッ、と扉が開く鈍い音がしたと思えば小さな黒い塊が一目散に、隊長である平子の腹あたりに飛び込んでくる。慣れた動作で死覇装を着込んだ少女を受け止めている様子を見て副隊長である藍染はため息をついて机上の書類を片付けることにした。定時まではまだ少しあるが、仕事にならないのはたやすく予想できる。

「リツ、言ったはずだよ隊務中は、」
「・・・あ、えっと、ふくたいちょう!」
「そう、よくできました」
「なんやなんや、ギンとふたりで十三番隊におつかい行ったんちゃうんか」

藍染にたしなめられて一旦は落ち着きを取り戻したものの、ギン、という単語を聞いた途端にぶわあ、と音が付きそうなくらい目を潤ませはじめるなまえ。

「うきたけたいちょうのとこいったらね、ぎ、ギンが〜」
「ギンがどうしたんや、なんで一緒じゃないねん」
「ぎ、ギンが〜、」

全く要領を得ないなまえの訴えにどうしたもんかと平子が頭を掻いていると、今度は銀髪の少年が執務室に転がり込んできた。元々の狐目をさらに吊り上げて、これまた平子に飛び掛かるようにして向かってくる。平子と藍染は思わずふたりで顔を合わせた。

「なんで先帰ったりするん?なまえいじわる!」
「ち、ちがうもんギンのほうがいじわるじゃん!ひどい〜!しんちゃんもそう思うよね?」
「いやだから、思うも何もなーんも聞いてへ、」
「隊長サンちがうんよ!なまえのほうが報告書もほっぽりだすし僕なんもわるいことしてへん!」
「だからァ、そない言われても」
「しんちゃんギンうそついてるー!」
「ちょお僕嘘なんていうてへん!」

平子の隊長羽織にしがみついたまま、ふたりで言い争いはじめるともう止まらない。五番隊に所属するふたりの小さな死神はいつもこうやってじゃれあったり噛みついたりで、そのつどおさめるのは平子と藍染だった。そしてこんな光景は日常茶飯事で、他は誰もとめたりしない。今日も席官たちは定時を迎え「隊長に副隊長、お疲れ様です」と笑いながら早々に帰ってしまった。

「ちょっと二人とも静かにしなさい」
「ギンがわるいもん!!」
「なまえや!」

「聞こえなかったかい?静かに」

なまえとギンを見る目が怒っていることにようやく気付いた二人はびくっと肩を震わせて口を閉じる。なまえには相当効いたようで小さな手で口を懸命に覆っていた。「あーあ、怒られてしもたなァ」と平子はふたりの頭をぐりぐりと撫でてやる。

「落ち着いて話してみ、十三番隊行って、それからどないしたんや」
「えーとね、報告書渡しに行ったら、浮竹たいちょーがお菓子食べてっていいよってね!」
「また世話になったんか」
「またお礼を言わないといけませんね」
「僕は一回は断ったんよ!でもなまえが食べてくって聞かないもんやから」
「ギンだって干し柿あるって聞いたら飛び上がって喜んでたじゃん!」
「はいはい分ァった分ァった、ほんで?」
「そしたら、そしたらぁ・・・ギンがわたしのカステラ全部とったの〜!うわ〜ん!!ひどい〜〜!!」

「は、菓子かいな・・・」という平子の拍子抜けした呟きはヒートアップした子どもたちには届かない。

「なまえやって僕の好きな干し柿ばっか最初に食べたやん!僕ふたっつやのに、なまえ何個も何個も!」
「でっ、でもお、全部食べることないじゃんか〜〜!」
「ラムネとか甘納豆とか僕が苦手なんばっか残してアホみたいに食べるから他になかってんもん!」
「だ、だってえええ、ギンがぁぁ、いっつも背ぇ低いのばかにしてくるから一杯食べなきゃってええ」

寝転がって足をじたばたさせる姿は九番隊の副隊長そっくりそのまま。どの隊でも可愛がられてるのは嬉しいことなんやけど、と困りながらなまえの体を起こして、自分とそっくりの直毛を髪を整えてやっている平子の視界に、ふところから出したビンを何やら見つめているギンがいるのに気付いて思わず笑みがこぼれた。

「ほらギン、言いたいことあるなら言ってみい」
「・・・なまえ、これな、帰り浮竹隊長にもろてん」
「・・・あ、こんぺいとう・・・」
「せやから半分こ、しようや」

「・・・うん!ギンだいすきー!ありがとー!!!仲直りねー!!!」
「わァ、なまえ重いわぁ僕より小さいくせして」
「なんだと〜〜?」

なまえがギンにとびついて、そこからまた取っ組み合いのようなじゃれあいがはじまる。キャーキャーと声をあげながらこんぺいとうのビンをとったりとられたりしているのを平子と藍染がしばらく見守っていると、ふたりともピタッ、とスイッチが切れたように丸まって眠ってしまう。寝落ちもいつものことだった。平子がなまえを、藍染がギンを抱えて自室に連れてってやるのもこれまた日常で。

「はァ、チビでも死神になれただけあって隊務はちゃんとこなせるんやけど、心配でしゃァないなあ」
「・・・霊術院で僕が見たときは、もう少し大人みたいに振舞おうとしていました。多分、嬉しいんでしょう」
「・・・・・惣右介、アカンちょっと泣きそうなんやけど」
「どうしたんですか柄にもない」
「なまえが嫁に行ったらとかギンが彼女連れてきよったら、とか考えたらなんや泣けてきた」
「ああ、それは確かに」

ハァ、今日も夕飯つくらんとなあチビどもに、とつくため息はどうやったって喜びに滲んでいるのだ。もう、

かわいくてしかたない


(2014.06.13)いろいろパラレルで

-meteo-