花が綻ぶように、という表現が嘘じゃないと思ったのはそれがはじめてだった。
少し前まで膝を抱えてめそめそと泣いていたのに、零れ落ちそうな大きな目を瞬かせて目尻を下げて笑ったのを忘れられない。自分と同じ金髪がこんなにきれいに見えたのも、そういえばはじめてだった。




「ぃっ、ひ、らこ、たいちょ」
「あーもー、泣きなや、顔べっちゃべちゃやし」
「うわぁあああん、!」



はじめて会った時と同じで、なまえが他の全てがおろそかになるくらい全身全霊で泣いているから、思い出してしまった。霊術院を卒業して入隊して何年か経ったころだったか、流魂街に出ていたとき、いきなり現れた虚に襲われているところを助けてやったのだ。ぼろぼろになって丸まって泣きじゃくる幼い子供をあやしたことなんてなくて、困りながらなんとか泣き止ませようと必死だった。

「おー怖かったやんな、ゴメンゴメン遅なって」
「ひっ、ぐ、ううぁ、、」
「ちょお、そんな目擦ったらアカンて!ほら顔上げてみィ」
「う、うぁい・・・」

膝を抱えていた腕を解いて、おそるおそる顔をあげたなまえの目は、透き通ったきれいな緑色をしていた。そこでやっと、虚から逃げて出来たようには見えない傷や、傷の治りかけが細い腕なんかにあることと、その理由に気付く。
震えるこの幼い子供が、この目のせいで畏怖の対象にされてきたのは明らかだった。

「今拭いたるからジッとしとき、・・・それにしても、自分の目ごっつ綺麗やな」
「・・・み、みんなこわい、っ、て、いう・・・」
「オレはそうは思わんけどなァ。・・・そいや、コッチはオレとお揃いやな」

自分の髪と少女の髪を続けて指さして、ニヤリと笑うとパチリと音がしそうなほど目を瞬いて、それから目をゆるやかに細めて笑った。途端にさっきまでのことなんか忘れたみたいにニコニコしはじめて、ああこれでよかったのかと密かに安堵したのを覚えている。お兄さんの髪、すごくキレイとバカみたいに嬉しそうに手を叩いて笑う小さい頭を自然に撫でていた。




あれから数十年、オレのすすめたように霊術院に入って今では立派に死神としてやっているなまえは、誰がどうみても俺に甘ったれに育ってしまった。背や体型なんかはそれなりに成長したものの、こうして不器用に泣きじゃくる姿を見る限り内面が外見に追いつくのはまだまだかかりそうな危うい一面があって、それでもついつい甘やかしすぎてしまう。

「目ェ擦んなってゆーとるやろ、ちゅーか今日は喜助に甘味屋に連れてってもろたとちゃうんかいな」
「だって、だって、こ、怖かったの、っ楽しくないし、もう、全然やだ」
「ハァ?喜助のヤツ、なまえになんや怒ったんか」

「ちがくて、ただ、お団子とかいっしょに食べただけ・・・でも、何はなしたらいいか、わ、わかんなくて、浦原隊長からなんか聞かれても、はい、とかしか言えないし、きな粉零しちゃうし、た、たいちょうと行くのと全然ちがう、」

嫌だよ、と頭を振ってわんわん泣くのをどうにかあやしながら、どうするべきものかと一応逡巡するが、答えは決まり切っていた。きっと、それが恋だと教えてやればいいのだろう。うまく喋れないのも、少し粗相をしたくらいで落ち込んでしまうのも、全部そうなのだと。しかし自分の中の黒くてにじんだ部分がそれをすぐに握りつぶした。そうなのだ、この大人とも少女とも言えないなまえがかわいくてかわいくて、そして好きで仕方ないのだ。大人げないと言われても、ひどいやつだとなじられても、敵に塩を送る理由はない。

「・・・しゃーないから、今度の休みオレが甘味屋連れてったるわ。何でも食うてええ」
「ひっ、ぐ、、うう、、約束だから、ね」
「おー、まかしとけや」

昔から約束はこうだった。小指をゆるく絡ませるそのたびに、俺が叫びだしそうになるのを、なまえはもちろん気付いていないのだろう。ほら、大好きなんて言って笑うんじゃない。勘違いしてしまうだろう。

知らないで気付いて気付かないで

(2014.06.02)

-meteo-