「なまえさん、甘いもの好きですか?」
「あー、むちゃくちゃ好きー」

空座町に侵攻してきた藍染らと破面達との騒動も一段落が付き、穏やかさをとりもどし始めた尸魂界。今にこにこと尋ねてきたのは世でいうところの上司、桃ちゃんだ。わたしが気だるげに頷くとよかった、と続けてお皿がわたしの目の前に置かれる。

「・・・ドーナッツだ」
「あ、知ってますか?頂き物なんですけど、よかったら食べてください」
「ありがとー、じゃちょっと休憩してくるねえ」
「あ・・・」

ドーナッツ、なんて最近じゃ尸魂界でも珍しい菓子ではないのだからそんなに動揺することじゃないのに、どうしたって思い出してしまう自分が憎らしかった。桃ちゃんには心配させてしまったなあ、と反省しながらサボれる場所を探し歩き、適当な屋根の上に座り込んだ。持ってきてみたものの食べる気にはなれないドーナッツの穴を目のところに持ってきて、メガネ、とひとり呟いてみる。こんなことでゲラゲラ笑っていた昔の自分を思い出す。


わたしには所謂幼馴染という奴がいた。平子真子という名前で、一緒に勉強して、一緒に試験を受けて一緒に霊術院に合格して、一緒のクラスで、とにかくずっと一緒だった。死神になるときだって一緒で、結局お互い悪態付きながらも一緒に五番隊に配属された。口げんかは激しかったがそれもじゃれているようなもので、絶交して5分と持ったためしがない。沈黙が、というよりは真子と話さない、というのが不自然すぎて耐え切れなくなってしまうのだ。そんなアホかと言われるほどずっと一緒にいた中でわたしたちが一番困ったことと言えば、相手が落ち込んでいるときだった。相手が調子を崩すとこちらも崩してしまうという、なんとも厄介な気分になってしまうからだ。一緒に居すぎた弊害なのかなんなのか、やられてる側は迷惑だわ、落ち込む側は落ち込むんでるわでふたりとも一気にぐったりしてしまう。

最初は、落ち込んでいた理由は思い出せないが霊術院に入学して、確かはじめての現世実習の後だった。わたしがいつになく落ち込んでいて、実習から帰ってきた夕方からずっと自室の布団でまるまって無気力に過ごしていたときだったと思う。夜中に、躊躇なくわたしの部屋の障子に手をかける影は、もちろん真子だった。特に体を起こすこともせずに寝返りを打つ。

「なんなのさ」
「おうおう、ご挨拶やな。お前まーたヘコんどるやろほんまけったくそわるい」
「だから、真子が調子悪くなんないようにひきこもってたんじゃん感謝してよ」
「顔合わせなくてもわかるから意味ないっちゅーねん」
「・・・もう、嫌味だったら明日聞くおやすみ」

「・・・せやから、真子くんがええモン買うてきたんに」

ほら起きろ、お前こんなん好きやろと言って、紙袋がやっと布団からはい出たわたしの手に乗せられる。甘い匂いに誘われて袋の中を覗き込むと見たこともない食べ物が入っていた。試しにひとつとり出してみる。輪っかの形をした茶色くておいしそうなもの。一口かじってみると確かな質量でやさしい甘さの生地が口の中で広がった。おいしい、と思わず口に出していた。

「なんやったけな、どーなっつ言うてたかな」
「こんなんどこで買ったの」
「あれや、現世実習でちょろっと」
「・・・ふーん、ありがと」
「わかればええねん。とりあえずあんまヘコむなや」

それから真子はわたしが落ち込んでるとわかるとドーナッツを買ってくるようになった。鬼道が出来なさすぎてクラスが落ちそうになったとき、入隊試験前、隊に入ってからミスしてしまったとき、お気に入りの髪留めを無くした時、あげれば枚挙にいとまがない。

それも全て、百年前の話だけれど。



「あー腹立ってきたわあのアホ面ペタンコ」
「・・・それ俺ンことちゃうやろな」

背後から聞こえる声に密やかに息を飲んだ。だって、振り向かなくてもわかるのだ。こんなにわたしの体に馴染む霊圧なんてひとつしかない。

「・・・しん、って、あんた何それ」
「何や、・・・ああ、ごっつ男前んなってびびったんやろ。分かるで」
「いや、そんな今更失敗した真子の前髪なんてきょーみないけど」
「アホかこれはオシャレや!!!!!!」
「で、そのアホみたいな数の箱はなんなの」

振り向くと髪が短くなって前髪が斜めに切られてる以外は百年前と何ら変わらない真子、なのだがなぜだか両腕に真子の頭を超えるほどの横長の箱の山(もはや意味をなしてないが手持ちがひとつひとつついている)を抱えて間抜けにもよろけている。思わずプッと噴出して隣でゲラゲラ笑っているとじゃかァしい!とわたしに蹴りをくらわせようとして当然のごとく空振りして崩れ落ちる。懐かしいやかましさに涙が出るほど笑いこけていると、積み重なった箱の山から悪態をつきながら這い出してくる。

「あーほんと真子って最高にアホだよね、いやほんと、最高だわ」
「・・・笑ってるとこアレやけど、これなまえが持って帰るんやからな、覚悟しぃや」
「え、なんで」

「そんなん言わせんなや。百年分、持ってこれんかったドーナッツに決まってるやろ」

「えー・・・こんなに食べれないよ」
「つーかお前可愛げないの〜生きてたのとかなんでいるのとか言えやリアクションうっすいわ」
「えー、だって死んでたなんて思ってないし、その羽織みればわかるよ・・・・ま、」
「なんや」
「お帰り、真子」
「・・・おん」

桃ちゃんに貰ったドーナッツを真子の口に突っ込んであげる。甘くてかなわん、と言いながらも頬張る真子の横でもう一度ドーナッツメガネをかけてみる。またそれかいな、と呆れたように笑う真子に満足してわたしも百年ぶりのドーナッツを味わうことにした。


(2014.05.29)imagesong/wonder2

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