教授が数多くもつ特有の仕草が私は至極好ましいと感じているのだけれど、その中でも一番は自ら育てている薬草の成長や状態を確かめるときにそっと触れるそれだった。やさしく、物質との境界をなぞるように触れる指先は、まさしくマグルのいう魔法使いの手だと思った。骨ばった手の指先は薬品でかさついていて美しいとは言えないかもれないが、そんなところも好きだった。指先は口より雄弁に彼が魔法薬学へどれだけ力を注いでいるかを語っている。これでヴォルデモートにはスパイだと嘯いているというのだから少し笑ってしまう。きっと闇の帝王は部下の指先なんて注意して見たりしないのだろうけれど。

「お前のその怠け癖はなんとかならんのかね」
「休憩ですよお、まあいいじゃないですか休暇中ですしレポート採点も溜まっていないでしょ」
「・・・試験期間に学生よりグロテスクな顔になることは覚悟しておきたまえ」
「ジャパニーズは年越し年明けはゆっくり過ごすものですから、こればっかりは」

日本人なら少しは大和撫子の欠片でも見せたらどうかね、と意地悪気にこちらを一瞥して教授は大鍋をかき回す作業に戻ってしまった。少し前に教授に入れてもらった冷めかけの紅茶をすする。仕事をする気には未だなれない。

また一年を終えるという焦りからだろうか、最近は考えることが多くなってしまっていた。年の離れたスネイプ先輩、もとい教授を追いかけて魔法薬学の助手になってあれから何年たっただろう。ポッター夫妻がヴォルデモートに殺されて、教授はリリーを失って、そしてハリーが生き残った。赤ん坊だった彼が今年1年生としてホグワーツで学んでいるというのだから私もだいぶ年を重ねたと実感するほどなのだけど、教授との関係性は一向に変わらない。それはいいことでも、辛いことでもあった。少なくとも私にとっては。

「その薬の色、あれに似てないですか?人魚姫の薬」
「・・・確か、マグルの童話だったか」

かき混ぜる手は澱まない。鮮やかな水色は教授がかきまぜてゆくごとに徐々に透き通り、キラキラと光りはじめた。

「よく知ってますね、声を魔女に渡して、人間になる薬をもらうんですよ」
「体の構造を作り替える薬だと?魚からとなると、」
「いやいや童話ですから、そんな考え込まないで下さいよ」

体をつくりかえる、と聞いてすぐに、もし声を失ったとしてもわたしがリリーになれるというのならすぐにでも飛びつくだろう、なんてところまで考えが及んでしまう自分がどこまでも卑劣でいやになる。それに人魚姫より強欲だ。彼女は心までは売っていなかった。それでもそうして、教授に愛してもらえるというのなら、はじけて、泡になって消えてしまってもお釣りがくるというものだ。泡のままふわふわとのぼって、天国でパチリと消える。考えてみるとそれは至極幸せなように思えた。

「(って、どんだけだ。相当きてるなわたしも)」

疲れてしまったのかもしれない。傷ついた教授を見て勝手に傷ついて、もちろん癒してあげることも自分を治すこともせず傷だらけになってわたしも教授もここまで来てしまった。ずっと準備していたやわらかく教授の耳をふさぐことばもちょうどいい温度も、もはや届かない。放っておいたら教授が死んでしまいそうで怖くて近くにいることを決めたのに、結局なにかなしえたわけでもない。潮時、なのかもしれない。

「・・・・・寝たのか?」

しばらく目を閉じていてソファに深く身を沈めていたのがどうやら寝落ちしたと教授には見て取れたらしい。ブランケットのやわい感触で身を包まれた、と思った次の瞬間顔にかかったわたしの前髪を払う教授の指先の熱を感じて思わず身じろぎしそうになる。ひとの、いや教授の体温はどうしてこんなにも安心をはらんでいるのだろう。

「まったく・・・かわらんな」

魔女はきっと自分を幸せにする魔法は使えない。頭を撫でる手つきとその声色の優しさに、浅はかなわたしは懲りずにお願いを繰り返してしまう。いつか叶うなら、とろけてしまってもいいだなんて焦がれながら。

SEVENTH HEAVEN

(2013.12.28)image song/SEVENTH HEAVEN

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