夕飯の買い物を終えて、スーパーから出るころには夕陽は落ちかけていた。頭上はもう濃紺に染まっている。腕の時計に目を向けると結構な時間。家で待っているであろうブラックジャック先生とピノコちゃんのことを考えて自然と急ぎ足になる。今日に限って携帯をもってくるのを忘れていたから、連絡を入れることも出来ない。ああ見えて心配性な先生は、意外と門限に厳しかったりするのだ。

今にも沈みそうな夕陽はわたしの背後から燃えるように照らしている。影は足元に長く伸びていた。なんとなしに眺めながら歩いていると、わたしの影が形をなくした。なくした、というよりもっと大きな(というより長い)なにかの影が重なる。振り向くと、細い糸みたいな綺麗な銀髪、隻眼の瞳、こちらの首が痛くなるほどの長身。

「キ、キリコさん?」
「…誰かと思えば、君か」
「うわあ、久しぶりですね?この辺にくるのもめずらしい」

「…このあたりの病院に非常勤で呼ばれてな。・・・・・送ろう、もう暗くなる」

すっとわたしの右手の買い物袋がキリコさんにとりあげられる。慌てて返してもらおうとするもキリコさんはもう歩き出していた。

「え、大丈夫ですよ!」
「…女に重いものを持たせるのは趣味じゃない」

口調はそっけなくても、袋を引く手は優しかった。ごく自然な、身に染みついているような動作は、細身で手足の長いキリコさんに驚くほど様になっている。足の長さの違いがあるのだから、本当ならわたしは小走りで追いかけなければいけないのだろうけれど、そんなこともない。キリコさんは歩調を緩めてくれているみたいだ。

「そういえば、ユリさん、元気ですか?」
「あぁ。…そういえば君に会いたがっていたな」
「わたしも、会いたいなぁ」
「いつでもくればいい」
「ほんとですか!帰ったら先生に聞いてみよっと!楽しみだなあ」

そんな感じでポツポツと話をしながら歩くと、家が見えてくる。岬に建つそこには明るいオレンジの光が灯っていて、それを見るとあぁ帰ってきたんだなあなんていつも思うのだ。先生はまだ部屋でカルテを書いているのだろうか。ピノコちゃんはお腹を空かせているかもしれない。

「じゃぁ、私はここで」
「え!せっかくなんだから食べてってくださいよ!」

いや、とかしかし、とかもごもご言うキリコさんの背中を押して玄関に入るとラルゴがお迎えにきてくれてそして―――盛大に吠えだした。

「どうした、ラルゴ」

その声を聞いて先生が部屋から顔を覗かせて、そして目を見開いてから声をあげるまであと僅か。

グラデーションサンセット


(先生はラルゴより吠えました)


(2012.04.01)

-meteo-