どうしよう、という言葉が頭の中に延々とめぐっている。自分でも分かるくらいふわふわした足取りで下駄箱に向かい、冷たいローファーに履き替えた。校舎を出るとさっそくやってきた向かい風に身をすくませる。今日に限ってマフラーも手袋も忘れてしまった。どうしてだろう、今朝お天気お姉さんが今シーズン一番の冷え込みだと言っていたのをわたしは見ていたはずだというのに。どうやらこのふわふわは朝から始まっていたみたいだった。容赦なく体の芯を凍えさせる風に耐えてテニスコートに向かいながら、なんでこうなったのかと回らない頭で思い出そうとしてみる。





「お前はなんだ、忙しいのか?」
「ぐえっ・・・、・・・はい?」

昨日の昼休みだった。いつものように、お弁当を食べる前に自販機で飲み物を買おうとミルクティーのボタンを押したまさにそのとき、冷やりとした手に首根っこを掴まれたのが始まりだった。振り向けば恐ろしいことに柳蓮二そのひとだったのだから、今思えばこの時点で諦めるべきだったのかもしれない。

「や、柳じゃん、久しぶりーびっくりしたよー、じゃあわたし、」
「全て棒読みだがまあいい、話がある。来てもらおうか」
「いやわたしご飯まだ、」
「これのことか?先にお前のクラスに寄ってお前の友人に事情を説明したら快く渡してくれたぞ」

得意げにわたしのお弁当が入ったトートバッグをこちらに見せる柳のシュールさに思わず吹き出しそうになるが、既に引退しているといっても学内でも有名な、かの3強様のひとりである。なんでそんな自ら目立つような真似をするんだろう。ゴシップ好きな立海生(主に女子)の手にかかれば明日には意味の分からない噂が飛び交うことになろうというのに。このひと本当は馬鹿なんじゃないのだろうか。

「なにか俺に対して失礼なことを考えていたな」
「い、いやあまさか、そんな・・・」

嘘をつくなと額をなかなかの力で小突かれたのでそれ以降は少し距離を置いて柳の背中を追った。相変わらずこの涼しげな顔に騙されて、柳に熱い視線を送る女子は多い。こちらにも違う意味で熱い視線を送ってくれるほどである。どうすればわたしが被害者、というかほぼ奴隷じみた友人関係にあるということを分かってくれるんだろうと悩んでいるうちに生徒会室に着いた。

「引退したのにまだ職権乱用できるなんてさすが柳だね」
「それは褒め言葉として貰っておこう」
「ぜひそうしてください・・・で、話って?」
「ああそうだった、最初にもいったがお前は忙しいのか?」


お互い適当な椅子に座ってお弁当を頬張りながら喋る。相変わらず柳のお弁当は手の込んだおいしそうな和食中心のものだ。見つめているとわたしのお弁当のふたに上品そうな玉子焼きが乗せられた。

「え、食べていいの」
「なまえは俺の家のこれをベタ褒めしていただろう」
「えへへ、ありがとー。・・・で?忙しくないよ。なんで?」
「ならなぜ精市と帰ったりしない?」
「・・・・・あー・・・そういうことですか」

恐れ多いことにわたしの彼氏は知名度で言えば柳のさらに上、神の子とかわけのわからない異名を持つらしい、幸村くんだったりする。・・・多分。多分というのは行き帰りを共にしたり休日にデートをしたりだとかをあまり、というかほとんどしないせいだ。

「というわけでだな、明日一緒に帰れ」
「だ、だめだなんか緊張する明日とか急すぎるって」
「却下だ、というかもう遅い」

ほら、となんでもないような顔で手渡されたのは紛れもなくわたしの携帯だった。あわてて送信ボックスを開けば幸村くんに「明日一緒に帰らない?」という見覚えのない文面。至極楽しそうな柳を見て思い出す。そうだこいつはこういう奴だった!













全て思い出して、忘れていた柳への怒りが蘇ってきそうだったけれどそんな場合ではないと思い直した。テニスコートがどんどん近づいてくる途中で、部室の入り口に立つテニス部の芥子色のジャージに気付いて泣きたくなる。毎日メールやら電話はしているというのにどうしてこうも緊張するのだろう。

「あ、なまえ」
「ゆ、幸村くん!・・ぶ、部活お疲れさまー」
「うん。感が戻ってきて楽しいよ。赤也も強くなってたし」

それから途切れない程度のゆっくりとしたペースで会話を交わす。いつも通りなんてことない顔をしていた幸村くんに「実は少し緊張する」と言ったら「うん俺も」と返されたのには驚いた。余裕たっぷりにしか見えない。

「ていうかさ、なまえすごい寒そう。マフラーは?手袋は?」
「忘れた・・・で、でも、幸村くんだってしてないし!全然平気!」
「俺はジャージだし運動してたし大丈夫だけど・・・女子って手先とか冷えやすいんだろ?」

本当に自然な動作で幸村くんに手をとられて、思わず小さく息をのんだ。顔が燃えるように熱くなってきたのを感じでさらに焦る。なんだこれ、もう恥ずかしすぎる。

「あ、あの幸村さん・・・もう恥ずかしさが臨界点なんですけど」
「うん、そうだろうね。顔真っ赤だし」
「離してくれたりは・・・」
「しないよね」
「・・・ですよねー・・・というか幸村くんなんでそんな余裕たっぷりなの・・・」

「うーん、だって俺が柳に頼んだんだし」

ハプニングじみたのって面白いかなって思って、と笑う幸村くんの笑顔はそれはもう完璧でした。

コズミックバレットで狙い撃ち




(2012.01.23)

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