「す、すすすスネイプくん」
「・・・・・なんだ」
「っ、すす、・・・す、すき、でゅ、で」
「・・・・・は?」
「あ、いや、なんでもないっす!すんません!じゃ!」

たった2分前の出来事だが、あれはわたしの人生の中でも最悪だった。今世紀一番といってもいい。そしてなぜ噛んだ。さよならわたしの苦すぎた青春。怪訝そうに、というか声をかけた瞬間からしていたうざったそうな顔が脳裏からこびりついて離れない。一方的に話しかけて傷付いて、背をむけて全力疾走するこの女はさぞ滑稽にスネイプくんに映っているのだろう。グリフィンドールのわたしとスリザリンであるスネイプくんとはまったく接点もないし、そもそもネクタイの色からしてマイナススタートの印象なのに、これで地に叩き落されたといっていい。泣きたい。彼が好きだとうわさされていた魅力的な赤毛に透き通る緑の瞳の彼女なら、スネイプくんはあんな顔をしないだろう。リリーなら、鈴みたいな綺麗な声で、好きだと響かせることができたんだろう。がむしゃらに走る私の視界にはお世辞にも魅力的とはいえない焦げ茶色の髪が揺れている。知っていた。ほんとうは髪の色や瞳の色や、ほかの誰かなんかじゃなくてわたし自身が問題だということ。

いつの間にか滲んできた涙を拭う余裕すらなくひたすら走った。午後の授業はもうそろそろ始まっているだろう。次の時間は運悪くというかなんというか、スリザリンとの合同授業の魔法薬学だからどうせ出れない、出たくない。でも、楽しそうに大鍋を掻き回すスネイプくんを見れないのは少し残念に思えた。誰にも言ってないけれど、私の楽しみの一つだった。でもそれももう諦めなければいけないのかもしれない。次々と湧き上がってくる痛いような苦いような気持ちを考えずに済むようにと願って一心不乱に中庭を駆け抜ける。

しかし、習慣というのは体が覚えているものらしい。ようやく涙を指でぬぐって顔をあげる気になった頃にはわたしは裏庭にあるお気に入りの木の下にいた。ぼんやりしたり、たまにうたたねをしていたこの場所からは、図書室の窓際がよく見える。その右から2番目の席でスネイプくんは放課後のほとんどを過ごしているのをわたしは知っていた。何を読んでいるかは分からなかったけれどその真剣な顔を眺めるのが好きだった。わたしの生活は思ったより彼で溢れていたらしかった。でもそれも今日で終わりなんだ。力なく木の幹に背中を預けて座り込む。

(今頃、調合はじまってるのかな、課題なんだろう、)

「っおい、」
「・・・・・な、んで、いるの」

少し低い、不完成なアルトに反射的に顔をあげるとそこにいたのは今一番顔をあわせたくない相手だった。随分走ったらしく肩を上下させて息を切らしている。汗も額にうっすら滲んでいる。どうして、今はあなたの大好きな薬学の授業でしょう?

「・・・さっき、何て言った、なまえ」
「・・・え、名前知って、」
「いいから僕の質問に答えろ。さっき何て言ったんだ」

質問というより詰問といったほうが正しいような口調、そしてスネイプくんの顔にはあの不機嫌そうな眉間のしわがあって、さっきのことを思い出してまた泣きたくなった。わたしは絶望の底にいるのにどうしてさらに突き落とす真似をするんだろう。なるべく気丈に、声が震えないように、できるだけ肺に酸素を取り込むように大きく口を開く。

「・・・好き、っていい、ました」
「僕もだ、といったら」
「・・・は?」
「だから、好きだ」
「え、待ってなんで、え、リリー、」
「彼女は幼馴染だ。他に何かあるか?どうしたら泣き止む」
「え、なんで、名前、」
「またか。好きな相手の名前くらい知っているだろう」
「じゅ、授業、」
「いいんだ、透明薬なら何度か作ったことがあるし、」

それに、泣かれると思わなかったから、すまない。そう言ってスネイプくんは不器用な手つきでわたしの目元を拭う。いつも遠くからしか見ていなかったスネイプくんが正面にいて、わたしの涙を掬い取る。信じられない。なんだ、これ。

「なんで、ここ、」
「知ってたんだ。僕も図書室からよく見ていたから」

せかいのまんなか

(今だけは、そう思わせて!)

(2011.07.17)

-meteo-