説明するなら、唯一の家族。そしていちばん近くて遠い人。そんなわたしの兄は軍人で国家錬金術師だ。フタツナってやつは多分、焔だったはず。多分、まあまあ偉い。情報の正しさにあんまり自信はないけれど。

わたしと兄はわたしが幼い頃に両親を亡くし、その後父方の叔母の元で一緒に育てられた。けれど、年の離れたロイはすぐにナントカとかいう高名な錬金術師に弟子入りするといって家を出て行きそのまま士官学校に入って、久しぶりに顔を見せたときには軍の少佐だかなんだかになっていた。イシュヴァールに行っていたと聞かされたのもそのときだった。仲は悪くなかったけれど、妹のわたしにはわりと厳しい兄だったと思う。だって、わたしには心配することさえも許してもらえなかった。

今、わたしは十数年ぶりにイーストシティロイとで暮らしている。国家錬金術師に与えられるというこの家は無駄に広く、もう2、3人住めるほどだ。まあ、ロイの仲良くしているどこぞのお姉さんたちとかに住まれても困ってしまうけれど。

「ただいま」
「わ、おかえり」

夕食にしようとキッチンで鍋をかき混ぜていると、珍しくロイが帰ってきた。ロイは朝が早く夜も遅い(仕事でおそいのか、クラブ通いかは微妙なところ)。帰らない日も多い。だから朝の短い時間しかほとんど顔を突き合わせることはないのだ。

「まだ起きてたのか。なまえにしては珍しいな」
「わたしもさっき帰ったとこだから。ロイはいつもより早いね」
「ああ、たまにはな」
「ポトフつくったけど、食べる?」
「・・・懐かしいな、昔よく食べた」

まだ両親がいた昔を思い出してるのだろう。清潔で穏やかな顔。そのまま機嫌よさげにロイは着替えてくると言って部屋に戻った。ちゃんとした返事はなかったけれど、あれは食べるやつだ。わたしはふたりぶんをよそってテーブルに運ぶ。

ロイがああいう顔を出来るようになったのはつい最近のことだ。わたしが叔母や叔母のお店のひと達と異国へ行かされていたあいだ、この国では随分いろいろなことがあったのだという。わたしが少しだけ気を失ったあの日、世界はなくなりかけ、そしてそうはならなかった。ロイや、ロイの仲間たちのおかげで。
そのあとすぐにアメストリスに帰るとロイは(一時的なものだったらしいが)視力を失っていて、けれど憑き物が落ちたようなすっきりとした瞳をしていた。イシュヴァールの後に会ったとき、腹を焼いて入院したとき、そして東部からセントラルに移ってきたとき。ロイの瞳の奥がだんだんと、人知れず(多分、本人さえも)濁っていくのをわたしだけが気付いていた。そしてそれを直せるのはわたしじゃなかったことも。

食事の準備をしている途中、自分が無意識に鼻唄をうたってることに気付いて人知れず苦笑した。わたしも兄と同じくらい機嫌がいいのだ。伝染ったのかもしれない。

「随分機嫌がいいな」
「ふふ、伝染ったの」

わたしがそう言うとロイは不思議そうな顔をする。兄は昔から人のことには鋭く自分のことには存外鈍感なひとだった。

「じゃあ、頂こうかな。・・・ああ、懐かしいなこの酸味とコク」
「覚えてる?おかあさんの隠し味」
「ヨーグルトだろう?」
「当たり」

久しぶりに、たくさん話をした。今日のロイとおんなじ、穏やかな夜。どうでもいいニュースにわたしの学校のはなし、叔母と叔母のお店のはなし、思い出ばなし。久しぶりに「兄さん」と呼ぶと懐かしさと温かさが一層こみ上げた。多分、向こうも。

「で、兄さんはどんないいことがあったの?」
「・・・よくわかったな」
「分かりやすいんだよ」
「・・・あまりそう言われたことはないが」
「分かるよ」
「なんでそんな自信ありげなんだ」

何がそんなに納得いかないのか、兄さんは腑に落ちない顔でポトフを口に運んでいる。

だって、そりゃあ分かるよ。例えばこのよく煮込んだポトフの隠し味がすぐに分かってしまうみたいに。わたしたちは同じもので出来ている。何があったかなんてわざわざ聞いたりしないけれど、言葉なしでわかってしまう。似ているけれど友達でも他人でもなく、わたしたちの距離はいちばん近くて遠い。不思議で特別で、それでいてありふれている。

「当てて見せようか」
「ム、」
「・・・そうだなーたとえばぁ、結婚、とか?」
「ぐっ・・・ッ!」
「ほらね」

兄さん、あなたも諦めたほうがいい。どうしようもなく、わたしたちは家族なんだから。

(2015.10.08)imagesong/家族の風景

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