野良猫を二匹飼っているようなもんだ、と思う。一匹はひとんちの縁側で勝手にごろごろしていたし、とても人懐っこかったので特に苦労はしていない。昼間はどこか出掛けているようだが夜にはしっかり帰ってくる。問題なのはもう一匹、いやひとりのほうだった。全然似合わない豪華絢爛な着物を纏って、不機嫌まる出しの顔で俺や隣の親を手負いの猫のような目付きで睨みつける女を拾うようにしてこの家に連れてきたのは数ヶ月前。猫一匹拾うのと比べたら、なかなかの手間だった。けれどどのみち結婚しなくてないけないのなら、この寂しそうな目をどうにかしてやりたいと思ってしまったのだから仕方ない。


「トウシローさん」

最近になってようやく名前を呼ばれるようになった。少し懐いてきたか、と思う。まだまだぎこちないけれど。

「どーした」

茹でて塩を振っただけの枝豆なんかが物珍しいらしいなまえは、さっきから恐る恐る鞘から豆を取り出しては口にひとつずつ含んでいる。自分で買ってきたくせに。まぁ、どうせ八百屋で口八丁手八丁で買わされたんだろう。俺が夕方帰ってきたら、台所で所在なさげにウロウロしていたのを思い出す。結局俺が茹でてやるはめになった。大きい眼をかっぴらいて、それだけでいいのと隣で関心されちゃ悪い気はしなかったが。

「今日ね、八百屋さん行ったの」

それは分かってる、とは言わずに相槌をうってやる。なまえのゆっくりとした話の進め方にももう慣れた。これが山崎なら殴ってやるのに、なんとなく心地よいから不思議だ。

「そしたら、鉢巻巻いたおじいさんが『いいの入ってるよ奥さん』って」

オヤジは大体そういうだろ、と返そうとしたが慌てて飲み込んだ。なぜなら目の前のなまえが、俯いて頬を赤くしていたからだ。ああ、「奥さん」に反応したのか。

「嫌だったのか?」
「う、ううん。逆。だから、エダマメ買っちゃったの」

逆って。聞き返す前になまえは照れくさそうに笑って、今日はそんな感じと話を締めた。それからまた興味は枝豆に移る。本当に、猫みたいなやつ。今度は俺のほうが熱いっていうのに。どうにも我慢出来ず、グラスに注がれたビールを勢い良く煽る。

形だけのものはしっかりしているけれど、俺たちの関係に名前はまだない。それでいいとも思っていた。けれど、俺は今、なんとなく未来を考えてしまっている。それもものすごくいい方向に。

「トウシローさん?」
「なんだよ、お前のにもマヨネーズかけてやろうか」
「えー、それはいい」

鈴を鳴らしたようになまえが笑う。じわりと胸が熱くなる。アルコールのせいだろ、と思うのに俺の頬は勝手に緩んでいた。

(2015.05.04)

-meteo-