怒りってのは厄介だ。特にわたしの場合は。

忍者という職業についているわりには、感情が豊かな自分の性質が普段はわりと好ましくはあるのだけど、怒っているときの自分と言うのはほんとうに自分でも閉口する。もちろん、怒っていないときのわたしから見て、の話だ。怒ったわたしはいつも、あのあんまり得意じゃないカートレースのゲームでするヘタクソなドリフトみたいに制御が効かなくなってしまう。感情のコントローラー。そしてコースアウト。

「なまえ、今日ご飯食べてくでしょ」
「ーーーーいい、いらない」

言い合いの後、すぐに気持ちを切り替えて優しく眉を下げたカカシに、激情にとらわれたわたしはつっけんどんにトゲトゲしい口調で言い放ってしまっていた。怒りのパワーっていうのは持続時間が長くない。噴火して、瞬く間に沈下する。そしてたいてい後悔が伴った。本当は、もうその悲しそうな顔を見た瞬間に、怒りは風船のようにしぼんでいたのだ。けれど襲い来る後悔に耐え切れなくて、わたしはそのまま足音荒く部屋を飛び出してしまった。人気のいない森に着くころには、何にそんなに怒っていたのかも忘れてしまう。喧嘩の理由はいつだって些細で、そしてカカシのほうが理に適っていた。


やっともたれかかった大木から立ち上がる気になったのは日もとっぷり暮れてからだった。うたた寝を何度か繰り返していたのだけれど、続けるには少し夜は寒すぎた。昼間の陽気は既に鳴りを潜めている。鼻をかるくすすりながら、カカシに会いたいなぁと自然と口に出していた。たいていの場合、寝てしまえば感情はリセットされてしまうのも自分の性質のひとつだった。忘れっぽいのは美徳だよ、とわたしに言ってくれたのはカカシだ。カカシは人に合わせて忘れたふりをしなければいけないくらいには記憶が鮮明な性質らしい。きっと、写輪眼も相まって。そう言ったカカシは少し遠くを見る眼つきをしていた。


全て忘れてしまったわたしは、ごめんねと言う代わりに気配を消さずカチャ、と静かに戸を開けて帰宅した。その気になれば足音を立てないことだって、瞬身の術を使って帰ることだってできた。けれどそれは余りにも不誠実だと思ったのだ。理由もおぼつかない、とりなすような謝罪をするのと同じくらいに。

「ーーーただいま、カカシ」
「おかーえり。手洗っておいで」

うん、と頷いて素直に洗面所に向かう。どうしてさっきは同じことができなかったんだろう、と思った。優しいカカシはわたしに無理難題や厳しい選択を迫ったりしない。素直に選ぶなり頷くなりすればよかったのに。

「今日は季節外れだけど鍋にしたんだ」
「おなべ、」

キッチンから既にぐつぐつと音を立てるお鍋を持ってくる手際のいいカカシを見て泣きそうになった。ご飯はいらない、とあんなに刺々しく言ってしまったのに当然のように2人分用意されている。カカシが蓋を開く。わたしの好きだといった種類のやつだった。湯気の熱が顔に伝わる。鼻の奥がつん、とした。今更ながら、ここ2日非番だったわたしと違って任務帰りのカカシがこれを用意してくれたということに思い至る。

「なまえ、風邪ひきかけてるから丁度よかったね」
「・・・うん。カカシ、」
「なぁに?」
「・・・あ、りがとう」

鼻をすすりながら、取り分けてもらったお皿を受け取る。じわり、と手が暖かくなった。たくさん食べて、明日からは健康で感情豊かな、いつものわたしにならなくてはいけない、そうなりたいと思った。視線を合わせると目だけでカカシは笑う。それだけでわたしには愛おしさが伝わってくる。わたしもだ。胸がいっぱいになったのにお腹は容赦なく空腹のアラームを鳴らす。小さく同時にふきだして、それからいただきますと手を合わせた。

(2015.05.08)

-meteo-