海軍には憧れて入ったのだし、辛いと思ったことはあっても辞めようと思ったことはないし、そんな生半可な気持ちではやっていない。とは思うのだが、例えばこういうときに実感してしまう。わたしは、もしかして色々なものを既に捨ててきてしまっているのではないか。そして、それはもう取り戻せないものなんじゃないのかと。

「・・・あららなまえちゃんじゃない、珍しいじゃないこんなとこ」
「・・・わたしも、そう思うよクザンさん」
「嫌そうな顔・・・どうせおつるさんだろ」
「そういうクザンさんもでしょ」

こんな煌びやかなパーティー、出席するんじゃなかった。何処を見渡してもキラキラしてて、それになにより(といっても貴族とかなんだろうけど)普通のオンナノヒトたち、というやつが眩しくて仕方ない。太陽の下になんか出たことのなさそうな白い肌は実にやわらかそうだ。銃器なんて一生持たない手はいわゆる白魚の手という奴だろうか。どの人もわたしより遥かに弱そうで、それで遥かに美しい。自分の腕に思わず目をやってしまう。潮風やら灼熱の太陽やら激しい吹雪やらに年中晒されているためか、傷こそないが色香を備えてるようには露ほども見えなかった。ていうか、

「・・・強そう」
「え?なにオジサンのこと?」
「ああ、いや何でも」
「あらら」
「え、なんです」
「またほっぺに着いてる」

いわゆるこれは婚活パーティー、とはまた違うがまあそういう面も含んでいるということ今更気づく。何故ならクザンさんがわたしの頬に手を伸ばした途端すごい気を感じたからだ。クザンさんに向けられる大量のオンナノヒトたちの熱くて甘い視線に黄色い囁き声、そして違う意味でお熱いわたしへのどす黒い視線と囁き声。こんなこと海軍本部の食堂では日常茶飯事だし誰も気に留めやしない。でも、ここのオンナノヒトはみんながみんなクザンさんが好きらしいというのを失念していた。わたし死んだかな。いや強いから死なないか。わたし少将だし。でもこういう雰囲気は、酷く苦手だ。

「く、クザンさん・・・」
「なに?どうしたのそんな焦って」
「い、いってらっしゃい!じゃ!!!」

なんとかクザンさんをオンナノヒトの群れに突き飛ばして、その隙に人のいなそうなバルコニーに駆け込んだ。お酒も食べ物も放り出してきてしまったので、手持無沙汰に綺麗でもない夜景を眺める体を装いながらおつるさんへの怒りを膨らませる。たまには綺麗な恰好をして、と微笑んでいたがこれじゃ見せしめもいいところだ。こういうところはクザンさんとかなんか、そういう人が身を固めるためにいくやつなんだと今度会ったら言わなくてないけない。普段はめんどくさがりの私だが、今はなんだか大物でも捕まえるために船でも出したい気分だった。思いついてしまえば、それはとてもいい閃きのように感じてくる。そうだ、海に出てしまえばわたしはそんなにみじめな存在ではないはずだ。

よし、家に帰ろう。と体重を掛けっぱなしだったバルコニーの手すりから手を離したときだった。

「外なんか出て、風邪引いたらどうするのよ」

ふわり、と肩が覆われる。暖かい、と見下ろすと手触りの良いストール。振り返れば困ったように頭を掻いたクザンさん。思わずどうして、が口を突いて出ていた。

「これか?あー・・・おつるさんが持たせるの忘れたって俺に」
「じゃ、なくて!なんでこっち来てるんですか」
「そりゃ、俺今日なまえちゃんに会いにきてるんだから」

なんだそりゃ。からかいに来たとか、なんかそういうこと?そんな減らず口がもにゃもにゃと言葉になる前にうめき声として口から発されてゆくのに顔は急速に血流を集めてゆく。自分の鼓動の音が聞こえる。完全にパニックになってしまったそんなわたしにクザンさんはあっけなくトドメを差すように口を開いた。

「綺麗だな」
「は、」
「ほんとは会ってすぐ言おうと思ってたんだが・・・まあ、そういうこと」

ゆっくりわたしの背に伸ばされた手はそのまま、優しくわたしをクザンさんの方へ引き寄せた。目の前に広がるのはクザンさんの仕立ての良さそうなスーツ。おそるおそるクザンさんの顔を確かめるとバッチリと目が合った。ヒィッと情けない声があがる。なんで、どうしてこんなに胸が苦しいのだ。

「顔真っ赤じゃない・・・オジサンそういうのに弱いんだから」
「わ、たしなんてからかっても、」
「ああもう、ほんと鈍くてかわいんだから。他のヤツなんて目に入るわけないでしょ」

もう、視線も囁き声も感じている余裕はない。とりあえず、夢のようにふわふわとする意識を繋ぎ止めたくてクザンさんのスーツの裾に力を込めた。

(2015.03.29)

-meteo-