江戸に越してきたばかりのうえに、週の大半をかぶき町から出ることなく過ごしてしまうわたしの数少ない友人に、坂田さんと全蔵くんがいる。
坂田さんはスーパーで出会った。たしか冬で、わたしはなんかむしゃくしゃしてたのか行きつけである大江戸マートで10kgもあるみかんの箱を買ってしまったとき、レジのおばちゃんが親切にもこの人何でもやってくれんのよ!と引っ張ってきてくれたのが坂田さんだったというわけだ。
全蔵くんのほうは、そういえばこれもむしゃくしゃしていたときだった。血走った目に入ったピザを手当り次第に注文したら届けに来たのが全蔵くんだった。注文の量からしてパーティーだと思ったら不貞腐れたボサボサ髪の女ひとりだったから心底驚いたらしい。不愉快にも盛大に憐れまれ、けれど結局食べ切れないほどのピザを全蔵くんは一緒に食べてくれた。
しかしこれはいくらなんでも、世界狭すぎなんじゃないかと思う。
平日の真っ昼間。けたたましく鳴るインターホンにどうせ宅配便だろうと確認もせずにドアを開けるとそこにはハンコをねだる爽やかなお兄さん、とは真反対のふたり。
「ナツちゃん、あっそびましょー」
「ああ坂田さんか。・・・ってあれ?全蔵くんもいる」
「おーす。つーかマジで万事屋お前ェ、ナツと知り合いだったんだなコイツ引きこもりなのに」
「ちょっと、人聞き悪いこと言わないでくんない」
「つーか寒ィわ、邪魔すんぞー」
「あーナツんち久しぶりだわ」
ズカズカとあがりこむふたりを追って廊下を通ってリビングへ。ものがないとか色気がないとか好き放題言う2人はもう既にすっかりくつろいでいる。ソファベッドという素晴らしい文明の利器に倒れ込む坂田さんと、なんやかんやテキパキと台所でいろいろしてる全蔵くん。ひとつひとつは見慣れてるけど、こうして一同に介するとちょっと落ち着かない。
「今日はどしたの?てかふたりどんな関係?」
「なんつーか、原チャで撥ねた」
「は?」
「撥ねられた」
「いやだから」
「だからよ〜コレ買い取りになっちまったっつーわけ。ヒドくね?」
なるほど、ダイニングテーブルには少しへしゃげたピザの箱が4枚分も積まれている。
「それですむだけ有り難いと思え!出るとこ出たっていいんだぞこっちは」
「あ?出るとこってなんだよどうせボラギノールだろーが」
「違ぇよ!つーかボラギノールは出るもんじゃねぇ。入れるもんだ」
お皿だのなんだの、に加えてシレッと冷蔵庫にあったビールを3本持ってこられたがもう仕方がない。全蔵くんとわたしが食卓に着くとやっと坂田さんものそりと体を起こしてきた。
「はぁ・・・なんかもう疲れたからまぁいいや・・・要するにタダ飯がやってきたってことね」
「は?ナツちゃん何言ってんの?」
「え?」
「坂田家の家計はもう火の車なんです〜通帳がファイヤーダンス踊ってんだよこちとら。割り勘に決まってんだろーが」
「やだー!!!わたしも今月ピンチなのにー!!詐欺だー!」
「まあまあ、社割きかせてやっから」
「てか全蔵くんバイト中なんじゃないの?なにわたしのビール開けてくれてんの?」
ブシュッと小気味よい音を皮切りに、わたし含めてダメ人間たちの飲み会はこうしてなし崩しにスタートした。ニート侍、フリーター忍者、半分引きこもり。後から思い出すと、これが3人の出会いだった、ということになる。
「ナツ、冷蔵庫のビールもうねえぞ〜〜」
「俺ァビールはもういいわ。ナツちゃーん!いちご牛乳ねーのー?」
けれど案外心地の良い、変な時間を存外わたしも、そして多分ふたりも気に入っている。要するに、そんなはなし。