※ 入れ替わり編(坂田⇔土方)

決して示し合わせてるわけではないのだが、どういうわけかわたしが大江戸マートが行くときに坂田さんも丁度いることが多い。セール内容によっていくらか狭められるとはいえ、毎日同じ時間帯に行っているわけでもないのに。ダメ人間の生活リズムというのはこうも似通ってしまうのか、と少し悲しくなってくるところである。

その日はわたしにしては珍しく、料理でもしてやろうという気分だった。夕方のニュースでやっていたふわとろオムライスに目が眩んだだけともいう。隠し味はマヨネーズです、と言ったテレビの中のシェフの声に導かれてうろうろと店内を彷徨った。お菓子や冷凍食品のコーナーは迷わずに行けるのに、野菜や調味料となると一気に迷子みたいに挙動不審になるのもこれまたダメ人間だからだ。ええと、ここか。頭上の『調味料』と書かれたプレートを何とか探し当てて角を曲がる。

「あれ、坂田さん」
「あ?」

真剣な顔をして棚の前でしゃがみ込む坂田さんは、何だかいつも雰囲気が違っていた。まずわたしの声に反応して振り返ったその顔、目と眉が常時近い。瞳孔が開ききっているような気もする。それに、髪型。なぜかおでこのところの前髪が上がっている。全体的になんというか、凛々しい印象だ。返事もなんかトゲトゲしてるし。そして何より不思議なのが、坂田さんがしゃがみ込んでいるのは調味料のコーナー、そしてマヨネーズコーナーの正面だということだ。これがいちご牛乳なら頷けたとは思うのだが、どうにもしっくりこない。

「なにをそんなに悩んでるの?」
「あ、ああ・・・全然蓄えが足りねーんだ」
「ふーん。あ、マヨネーズってめちゃくちゃ種類あんだねぇ。わたしキューピーしか買ったことないや」
「キューピーと言っても色々あんだろーが、お前人生の半分は損してるぞ」
「マジか」

取りあえずおんなじようにしゃがみ込んで話を聞いてみると、目つきが鋭い割には機嫌よさげに饒舌に喋ってくれたのでホッとする。普通のやつ、ハーフ、ライト、ノンオイル、ノンコレステロール。色々聞いた末にオススメされた瓶タイプをカゴに入れることにした。なにかよくわからないが風味が云々、らしい。坂田さんってこんなんだったけ、とも思ったがよくよく考えると坂田さんって掴みどころないっちゃないし、変と言われればそうだけれどいつも変だもんなと思えてきたので考えることは諦めた。未だ睨めっこを続ける坂田さんをちらり、と見やる。

「まだ迷ってるの?」
「マヨ、だと?俺はいつでもマヨってるに決まってんだろーが」
「ああ、坂田さんって人生の迷子っぽいもんねぇ」

結局、坂田さんは全部の種類をまんべんなくカゴに入れてレジに向かった。それにもびっくりしたけれど、それを全て買うことの出来る坂田さんにもっとびっくりした。この前、といっても一昨日ぐらいに会った時は財布を逆さに持って振りながら「もう俺には馬しかない」とまで言い切っていたのに。・・・もしかしたら万馬券でも当てたのかもしれない。人っていきなりコロッと歩む人生が変わったりするし、これもそのうちのひとつなのかもしれない。

「じゃあねー坂田さん、糖尿には気を付けて」
「あ、ああ・・・・いや、オイ!ちょっと待て」
「え、なに?」
「あ、いや・・・・・これ、やる」

なんだかもごもごと言いよどんで呼び止めた癖に、坂田さんはちょっとカッコつけてから、すぐに去ってしまった。会ってからずっと言いたかった、小骨のように引っかかっていた言葉がやっと喉から滑り落ちる。いや、だから、なんでマヨネーズ?



後日、家に来た坂田さんにマヨネーズを差し出してみると犬のエサ呼ばわりして触りもしなかった。そう言った坂田さんはもちろん、目は魚のように死んでいるし、真ん中の少し長い前髪も元気に跳ね散らかしている。完全にいつもの坂田さんである。なんだ、あれか。あのときの坂田さんにはマヨネーズの妖精が乗り移ってたとかそういうことか。

「全蔵くんどー思う?」
「妖精なんざいるわけねーだろ。頭の悪い発言してんじゃねェ」
「そーだよねぇ」
「いいからはやく取ってくれ〜」

けれど覗いた冷蔵庫には、勧められたマヨネーズも貰ったマヨネーズもしっかり入ったままである。もう一度確かめて、首を捻ったけれどフライパンを手にした全蔵くんに急かされてそれも忘れてしまった。今夜はリベンジ・オムライスだ。


-meteo-