迫る期限に追われ、パソコンと睨めっこを続けてはや数時間。ぎりぎりになるまでのんびりとしてしまうのがわたしの悪い癖である。まあでも、もつれあいの大格闘の甲斐あって終わりも見えてきたので今の気持ちとしてはなかなか穏やかだ。椅子に座ったまま、思いっきり背伸びをして大きなあくびをひとつする。、とソファの背もたれから顔をのぞかせた坂田さんとガッツリ目があった。思わず苦笑する。普段は自分の家とおんなじかそれ以上に勝手にくつろいでそして帰ってゆく癖に、今日はなぜかスヌーズ機能よろしく30分ごとに話しかけられていた。なァ、とかまだ終わんねーのとか、珍しくよっぽど何か言いたいことがあるらしい。

「ごめんごめん、もう終わったよ」
「いや、まぁそんな急ぎでもねぇんだけど」

口ではそう言う癖に、体はそわそわとしているから笑ってしまう。わかりやすい人だ。

「ちょっと待っててコーヒー淹れるから。坂田さんはいちご牛乳でいいよね」

酷使された肩や眉間をほぐしながらキッチンに立つ。罪滅ぼしというわけでもないが、今日はなんだか肌寒いのでホットにしてあげることにした。頭上の棚を開いて小鍋に手を伸ばす。けれどそれより一瞬早く背後から腕がぬっ、と飛び出してきた。キッチンに来るなんて珍しい。

「自分でやるの?」
「たまにはと思っただけですゥー」
「ふーん、変な坂田さん」
「と、ところでなんだけど、その、なんだ」

首の後ろをかいたり、火加減を不必要に確かめたりしながら、こちらをチラチラと見つめる坂田さん。そわそわ、というかもじもじというか。なあに、と促すもしばらく沈黙があってそれから。

「へ?」

作業の邪魔だからとひとまとめにしていた髪が、支えを失い重力に従いはらりと広がる。もちろん坂田さんがやったのに他ないのだけど、突然のことにわたしは身じろぎした。真後ろに立っているから表情も分からない。


「その・・・ちょっとこれ、貸してくんね」


つまり、簡潔に述べると。友達がみんなこぞってやっているという流行りの髪型に憧れる神楽ちゃんに髪を結ってあげたいが、少し不安なのでわたしの髪で練習させてくれと。そういうことだった。

「ふふ、坂田さんも優しいところあるんだね」
「ちげーよ、最近負け続けで金ねーからコレで気ィ反らしてーだけ」

こうじゃない、ああそこはこうなっているのかと首を捻りながら悪戦苦闘する坂田さんに思わず笑みがこぼれる。勿論そんなのは嘘だということぐらい知っていた。
ソファーに座り膝に置いた見本の雑誌(わたしのだ。さっきから読み込んでいたらしく折り目が付けられていた)と見比べる坂田さんを背にして、わたしはソファーの下のカーペットで体育座りをしている。

「まぁ、お妙にやって貰ったたほうが上手くできるしアイツも喜ぶんだろーけどよ」

ぼんやりと、昔坂田さんが自分に親の類はいないと言っていたことを思い出す。意外に、というか実は、というか坂田さんはきっと神楽ちゃんや新八くんが思っている以上に家族だとかそういうものを大切にしているようだった。新八くんには背中で語る方式で上手くやれてるようだが、神楽ちゃんのほうはどうも心配事も多いらしい。わかりやすく口には出さないけれど、寂しい思いは出来るだけさせたくないんだろう。

「絶対そんなことないって」
「・・・だといいけどな」

ほんとうは、きっと今みたいに四苦八苦している坂田さんを見せたほうが神楽ちゃんはもっと喜ぶんだろうな、と思ったけれどなんとなく口にはしなかった。なんでも器用にこなしてしまう坂田さんの不器用な一面と、優しく髪を触られる感触に、溜まっていた疲れが癒されていく。明日の朝、大はしゃぎする神楽ちゃんと照れ臭さに素っ気ない態度を取る坂田さんを想像して自然と顔がにやけてきた。耐え切れずふふっと息が漏れる。

「あ、ちょっと動かないでくんない」
「はいはーい、ごめんごめん」
「はいもごめんも1回でいいから」
「なんか坂田さん・・・小姑みたい」





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