そもそも最初から、嫌な予感はしていたのだ。

珍しく昼間っから三人が集まったところでどうせ全員ダメ人間なのだから、やることなんて酒盛りしかなかった。そこまではまぁ、いい。もうしょうがない。肝心なのはその日が今にも雷の落ちそうな曇り空だったということと、家主のわたしや口うるさい坂田さんではなく全蔵くんが珍しくテレビのリモコンを手にしたということだ。それをわたしと坂田さんは後にむちゃくちゃ後悔することになる。どうしてふたりで追加の買い出しになんて出掛けたんだろう、と。


「ただいまー、ってあれ?リビング電気ついてな、い・・・」
「寝てんじゃね?オーイ酒とつまみ買ってきたぞ〜起、き、」

コンビニで見つけた戦利品(チョコエッグ)を手に持っていたわたしたちは、リビングの光景に気付いて同時にそれをぶん投げた。嘘でしょ、そんなまさか、だって昼じゃん。浮かぶ言葉は声にならないーーもちろん恐怖で。

「おお、悪ィなふたりとも」

全蔵くんはしっかり起きていた。ソファから顔を覗かせてニィッと口を釣り上げている。いやいや、怖いのはそんなところじゃなくて。

奇妙な沈黙を、テレビから放たれた耳をつんざく「ギャアアアアアアア」という悲鳴が引き裂いた。そのおどろおどろしさに、寒気に似たなにかが皮膚をすり抜けて背骨まで入り込んでくる。知っている。これは、わたしの一番だめなやつだ。


ホラー映画なんて、聞いてない!


「最近蒸し暑かったしよ、丁度いーだろ涼しくなって」
「ギャアアアアア!!!!」
「坂田さんやめて大声出さないで紛らわしいからアアア!!!!」
「お前も十分うるせーぞ」

無感動に画面を眺める全蔵くんと、耳を塞ぎ目を塞ぎあらゆる恐怖からのがれようと抗うわたしと坂田さん。そして構わず恐怖の気配を撒き散らす光り輝く画面。タイミングよく窓の外で雷がピシャッと光った。

「ぜっぜぜぜ全蔵くん早く消して!!!」
「ナツちゃんがビビっちゃってかわいそーだろ!!?テメー早くしろや!!!」
「いいいいいや違うわ坂田さんが怖がってるからね!!!ね!!!!」

「ああなに、お前らホラーダメなひとたちなの?こんなん作りもんじゃねぇか」

ほろ酔いの全蔵くんは、口角をあげて私たちを見て(見てんの?いや多分見てるよね)心底楽しそうな声を出した。それを聞いてわたしと坂田さんは思わず顔を見合わせる。ここでひとりだけ白旗をあげてしまっては、今後のパワーバランスに関わるだろう。馬鹿らしいとは思うのだが、わたしたちはその馬鹿らしい見栄で出来ているといっても過言ではない、ということをお互い知っている。つまり、顔を伺わなくたって答えは決まっていた。

「「い、いやいやそんなわけないじゃん」」

じゃあいいじゃねぇか、とのたまう全蔵くんをわたしも坂田さんも言い負かすことがついに出来ず、午後のロードショーは未だ流れっぱなしである。意地なんか張るんじゃなかったと後悔したがもう遅い。

「お前らホントなんなの?狭ェんだけど」
「「べべべ、別に」」

それまで全蔵くんがソファを陣取っていたのだが今やたいして広くないソファに3人が寿司詰め状態だ。寿司ってより、団子3兄弟とか枝豆のほうが近いかもしれないけど。確かに全蔵くんの言うとおりクソ狭いし快適とは言い難い。けれど、だってテレビの中で怪しい暗い影が床にうずくまる少女に忍び寄っているのだ。そしてそれは、すこしだけわたしの家に似ていた。そんなところにいれるはずもない。

「アアアアレだよ、俺今日の結野アナのブラック占いでソファにいないと死ぬってさぁ」
「わ、わたしは確か痔持ちの目が隠れてる忍者の側が運気が上がる的な占いだったからさぁ」
「いやナツのやつどんだけ偏った占い?」

今日ばかりはいくら馬鹿にされようとなじられようと、全蔵くんの脚から手を離すわけにはいかなかった。坂田さんも同じように腕にしがみついてるみたいだ。気持ち悪がられていたがわたしはその気持ちが分かる。だって、もし、その、スタンドが出たら身代わりにするひとがいなければわたしなんかじゃ逃げ切れないだろう。それに全蔵くんが実はスタンドだった、なんてことがないように確かめなくちゃいけないし。・・・大丈夫、まだ人肌だし足はある。

「・・・ねぇ痛いんだけど、腕と足もげそうなんだけどねぇふたりともちょっと力入れんのやめてくんないマジで」
「うわぁ・・・やだコレ絶対後ろからのやつだよ・・・」
「音楽がもうやべーよコイツ出る気満々じゃねぇかふざけやがって・・」
「ねぇ聞いてんの?ねぇ取れそうなんだけど、俺このままだと真理見てねーのに鋼の錬金術師なっちまうんだけど、ねぇ痛いんだけど」

「「ギャアアアアアアア!!!!!」」

「痛ェエエエ!!!いい加減にしろお前らマジで!!!!」

その後しばらくは映画なんてそっちのけでソファのうえで取っ組み合いの大喧嘩(でも怒ってるのは全蔵くんだけだ)に移行したのだけど、ようやく収まって静かになったその瞬間、見計らったように画面一杯に髪を振り乱したお化けのキメ顔と決めゼリフが広がった。もちろん三人バッチリ網膜に焼き付けてしまう。長い長い髪の毛から覗く狂気をはらんだ眼光、次はお前だと言う憎しみに満ちた声なんかを。

「・・・ねぇ、ホラー映画とか見てるとさ」
「あれだろ、マジのスタンドが寄ってくるっていう」
「あーあれね。俺に言わせりゃそんなもん眉唾も、」

その瞬間だった。ピシャーンという音のすぐあとに、ブツッと途切れる音がして視界から一切の光が失われる。あまりのタイミングに、停電?と確認しあうわたしたちの声は、揃って震えていた。


結局わたしや坂田さんはもちろん、全蔵くんまで後々までその恐怖を引きずってしまいわたしたちは大雨の中、三人で万事屋に逃げこんだ(わたしの家は映画見ちゃったところだから嫌だし、全蔵くんも広い家にひとり暮らしだ。嫌だ)。

押しかけて来るなり呪いだ祟りだ塩を寄越せとぎゃあぎゃあうるさい大人たちを見た神楽ちゃんの視線のほうが土砂降りの大雨より冷たく厳しかったのは、言うまでもない。


-meteo-