「あー、笹ね・・・」

いいもん持ってきたぞ、と全蔵くんが言うので何かと思ったらご立派な笹だった。あの一人で住むには広い家の裏に生えているやつ。

「あれ?お前去年すげえ喜んでなかった?」
「去年があったからこんな反応なんだよ」

笹と言えば七夕、そして短冊。今日は7月7日なので、全蔵くんの行動は正しいしなんなら気が利いていた、けれど。

わたしは笹をみつめながら去年のことを思い出す。口を揃えて風流だとか季節のイベントは大事だとかなんとか言いながら、三人で吊るした短冊の全てには、「金」という一文字が刻まれていた。上のほうに結ぶといい、というセオリーにのっとって競うように天辺ぎりぎりに結ばれているその笹は、ものの数十分で自らの頭の重さにバランスを失ってベランダから落下自殺、という悲しい結末を迎えた。ちなみに私の家は5階である。結局わたしたちは自分たちの強欲さに呆れ果てながらも暗闇の中、慌てて散らばったかわいそうなほど欲深い短冊を回収するはめになった。記憶が正しければ、3時間近くはかかった。まぁ途中で坂田さんがコンビニにビール買いに行ったり全蔵くんがドンキでボラギノール買ってたりしていたからそうなったんだけど。

「・・・っていう去年、覚えてないの?」
「あー、なんかあったっちゃあったな」
「大体七夕なんてのがナンセンスなんだよ。結局願いなんざ叶わなかったしよォ」

首をひねる全蔵くんにバリバリと音を立てながらわたしが買いだめたポテチを我が物顔で口に運ぶ坂田さん。よくよく考えると(いや考えなくても)去年もこうしてこのふたりと過ごしていたのだ、ということに気付いて複雑な気持ちになった。誰もなんにも変わっていない。

「・・・じゃあこの笹どうすんだよ」
「・・・・・」
「・・・・・」

数時間後。ドッサリ葉をつけた笹と、わたしと全蔵くんの家からかき集められた貯まりに貯まった素麺の束がテーブルの上に並べられた。つまりは流し素麺というわけだ。ちなみにスローガンは、「全て水に流そうめん」。大人は願い事より忘れたいことのが多いんだよなぜなら大人だから、という気持ちが込められているらしい。

とにもかくにも、思ったより事はスムーズに進んだ。器用な坂田さんがテキパキと笹を割ったり組み立てたりなんだりして、台所将軍・全蔵くんが手際よく素麺を茹でてゆく。わたしは、まぁ手伝ったりうろうろしたりしていた。1時間もすれば、準備は万端。キッチンからリビングを抜けてベランダでゴールを迎えるコースの横に立って、お皿とお箸を構える。テーブルにはビールもしっかり並べられている。あ、あとボラギノール(座薬タイプ)も供えられている。

「いやぁ、今年はいい出来だねぇ坂田さん。去年の反省も踏まえられてるし」
「もう七夕でもなんでもねーけどな」

「おーい、流すぞ〜ちゃんと取れよ〜」

全蔵くんの合図に従って、わくわくしながらお箸を握る手に力を込めた。はずだったのだけど。

ギュルンッ!!

物凄い音と勢いで、わたしたちの箸に引っ掛かることなく素麺はベランダへ、そしてそれすら越えて夜空に飛び出していった。角度ミスだ、完全な!しかしそれに気付かないキッチンの全蔵くんは勝手にハイになって瞬く間に素麺キャノンを投下してゆく。時すでに遅し。お箸2膳の必死の抵抗をあざ笑うように、素麺はするりとすり抜けてゆく。

「・・・あれ?お前ら全然掴んでねーじゃん」
「・・・・・」
「・・・・・」

水の上を滑る素麺の飛距離は凄まじく、結局わたしたちは去年の倍近く時間をかけて外を掃除するはめになった。はぁ、と溜息をつきながら地面をくまなく探す情けない大人たちの姿というのは結構心に来るものがある。

「・・・やっぱ七夕は大人しく星眺めてんのが1番ってことだな」

聞こえてきた坂田さんの声につられて視線をアスファルトから夜空に移す。ミルキーウェイ、というよりミルキー(?)なヌードルがウェイ(道)に散乱してるというこちらの散々な状況とはうらはらに、あちらのほうは今年はうまくいったらしい。同じように綺麗にかかる天の川に気を取られている全蔵くんの手からビールの缶をひったくってゴクリとやってやる。ぷはーっ。去年もそういえばこうだった。

「あってめ、俺の」
「ねぇ全蔵くん、来年は普通に笹飾って素麺茹でて食べようねぇ」
「あたりめーだろ。何が悲しくて毎年毎年夜中までもの拾いしなきゃなんねーんだよ」

いつの間にどこかに行っていたのか、坂田さんの声が遠くから聞こえる。隣には全身黒い男の人ーー多分あれだ、真選組ーーがいる。どうやらなにか揉めているらしい。野次馬しに行く気満々の全蔵くんに腕を引かれながら、この調子じゃきっと来年も穏やかにはいかないんだろうとなんだか可笑しくなった。


-meteo-