坂田さんは土日の午後によく来る。理由は簡単で、うちでテレビが見たいからだ。なんでうちでかというと、神楽ちゃんと新八くんに怒られたくないから。

「また競馬?」
「おー、今日はゼッテー当たるわなんかそんな気がする」
「ふーん。どれに賭けるの?」
「このマルんとこ」

床に広げたスポーツ新聞の赤ペン(うちのだ)で囲ったところを見ながら子機(もちろんこれもうちの)を片手で操る坂田さんを、いつもだったら構うことなく自分の作業をするのだけど今日は特にやらなくちゃいけないこともない。というわけで興味半分で坂田さんの隣に座ってスポーツ新聞とやらを眺めてみることにした。白黒のもっさりした紙面にこれでもかというほどビッシリ文字や記号が書かれているのを眺めていると、それだけで頭が痛くなりそうになる。坂田さんが家に来てからこれをたいそう熟読していたことを思い出して、ダメ人間の楽して金を得ようとする情熱にわたしは少し感心してしまう。

「何、ナツちゃん興味あんの?」
「ちょっとだけねー」

そう答えると、連日家でギャンブル癖をとっちめられたのがよほどこたえていたらしい坂田さんはすごく上機嫌になって色んなことを教えてくれた。新聞の簡単な見方とか、テレビでやってるタレントの予想は聞くだけ無駄だという自論とか、賭け方の種類だとか倍率の事とか。言われるがままにチャンネルをあっちへこっちへ(ローカル局でも競馬番組がやっていることをはじめて知った)ハシゴして、結局その日の午後はまるまる競馬に費やしてしまった。

「ナツちゃーん、明日行かね?」
「んー?」
「今テレビに映ってるとこ、大江戸競馬場」

結局賭けのシステムについてはよく分からなかったけれど、しなやかな馬たちを眺めているのは結構楽しい。うん、と頷くと坂田さんはにんまり笑った。さっきわたしがパドック、というレースに出る馬を見せるとこの映像を見て「いい」と言ったヤツがことごとく当たったからだ。今、きっと坂田さんの頭の中には「金」の一文字しか入っていない。もちろんわたしも浮かれていた。


夜になって坂田さんは帰り、入れ替わるように全蔵くんが来た。わたしはご飯をつくってくれる全蔵くんに、カウンター越しに今日あったことを話して聞かせた。いつもの習慣だ。

「競馬場〜?」
「うん、明日行くの」

キッチンのカウンターにもたれながら炒飯をいためるジュージューといういい音を聞いて耐え切れずに開けた缶チューハイを飲むわたしに全蔵くんは不満そうに視線をよこす。多分。目が見えてないからわかんないけど。

「アブネーんじゃねーの」
「でも坂田さんいるよ」
「アイツかよ」

全蔵くんは少し過保護だ。例えば料理をしてるときも、火を止めるまで近づかせてくれないし。今は火がもう消されてるので大丈夫。全蔵くんの隣にいくとふたりぶんの炒飯の皿が渡される。ビールは?、もう持って行った、コップとお箸は?、俺が持ってく。もはやテンプレート化された受け答えをして、ダイニングテーブルに向き合って座る。

「いただきまーす」
「おー、食え食え。・・・競馬ねぇ」
「何がそんな心配なの?」
「お前バカだから一夜にして破産してそうじゃん」
「でもわたし、さっきも言ったけど馬を見る目あるんだよ」
「ってもあれだろ、1回や2回だろンなもん」
「ううん、全部」
「・・・それマジ?」

この日のわたしたちをパドックで見れたとしたら、絶対勝てないってことが分かっただろう。今思えば完全な敗北フラグだった。結局次の日、3人で競馬場に行って3人仲良く財布の中を空っぽにしたのは言うまでもない。その後なぜか3人仲良く万事屋で色んなひとたちに罵倒されたうえ、追い打ちのように、蔑んだ目をするお登勢さんがこどもたちに「アンタらこんなダメな大人にはなるんじゃないよ」と言うので有りもしない責任の所在で揉めに揉め、そしてそのまま3人仲良く二日酔いコースへ足を踏み入れたのだった。

「・・・俺決めたわウン、競馬やめるわ」
「わ、わたしお酒控えようかなぁ」
「俺もうお前らなんて一切信じねェ」
「「それはお前(全蔵くん)がバカ」」



-meteo-