今日最後の授業は二時限続きの防衛術だった。パトローナスを呼ぶ呪文は体力を著しく消費する。授業が終わるころには生徒たちは皆ぐったりしているようだった。助手であるわたしも休む暇なくせがまれるまま呼び出し続けていたせいで彼らとおなじかそれぐらい、疲労困憊の様相を呈している。それなのに、微塵も疲れていないリドル先生が授業が終わるなりレポートがドッサリ入った大きな重い箱をわたしに持たせるから思わず「ハァ?」といってしまったのもしょうがないというものだ。
「口ごたえか、偉くなったな」
「え、いや!わ、わたし疲れてるんです、よね〜」
「体力不足だな。鍛え方が足りなかったらしい」
形の綺麗な整った唇を釣り上げて笑う先生に背筋が震えるのを感じた。素敵なイースター休暇を耐久防衛術レース(もちろんやるのはわたしだけだ)で潰されたのは記憶に新しい。
「うう、こんなの持たせるなら先生も手伝ってくれたらよかったじゃないですか・・・先生が全然わたしに振るからこんなに疲れたんですよ」
先生は授業中1度も自分のパトローナスを見せたりしなかった。授業最初の見本もわたしで、そのあともアドバイスはするが、生徒に何度頼まれてもわたしを呼ぶだけ。
「・・・たまにはいいかと思っただけだ」
「なんですかそれ〜、、というか、やばいですそろそろ握力なくなり、ま、」
腕は重すぎる荷物に悲鳴をあげて、今にも手を離してしまいそうだ。ひどい、と涙目でリドル先生を睨むと一呼吸置いて笑い声をあげた。それから顎あたりに手を添えて、クツクツと笑いを咬み殺しはじめる。大広間に向かう廊下の真ん中だから、生徒たちが一斉に何事かとわたしたちに視線を送った。
恥ずかしいやら意味がわからず呆気にとられるわで意識を荷物から離してしまったらしい。やばい、と思ったときにはもう手を離していた。思わず目をきつく閉じる。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」
短く、それでいえしっかりとした聞きなれた先生の声。目をおそるおそる開けばあんなに重かった箱は無重力にいるみたいにふわふわと浮かんでいた。
「ばかだな」
「・・・あ、そっか、浮遊、呪文、」
「いやまさか、手で運ぶとは僕も予想外だった」
長細い体を折り曲げて笑いながら先生が杖を振ると勢いよく箱は上空を飛んでゆく。わたしはといえばさっきの何倍もの恥ずかしさで火照る頬に手のひらを押し付けてどうにか冷やそうと精一杯だった。
「・・・はやく、教えてくればよかったのに・・・」
「いやしかし、よろよろと歩くお前は傑作だったな」
「・・・」
「そうふて腐れるな、さらに不細工になるぞ」
「・・・・・」
「・・・ほら、機嫌を直せよ」
機嫌よく赤みを帯びた瞳を細めて、リドル先生はわたしの頭を撫でまわす。悔しくてしばらくだんまりを決め込んでいると夕食のデザートをやるからと背中をゆるく押されてしぶしぶ大広間に向かって足を動かすことにした。が、すぐに気付く。先生は甘いものが好きじゃない。デザートはいつも貰っているじゃないか。
「・・・デザートじゃあゆるしません・・・」
からかわれるのも日常茶飯事だしこれはほぼ自滅に近い。もう何に怒っているのか分からなかったがこうなればヤケである。幸い先生は至極機嫌がよさそうに「後でセブルスにも教えてやろう」と笑っている。それは、やめてほしいけれど。
「今日はいやに強情だな。なら、どうすればいい」
「・・・質問に答えてくれたら」
「なんだ?浮遊呪文でも教えてやろうか」
「・・・なんで、さっきパトローナム出さなかったですか」
形勢は少し傾いたようだった。珍しく、一瞬言い澱んでいたのが見て取れる。長い睫毛が揺れているのが証拠だ。そんなに恥ずかしいパトローナムなのだろうか、と少し期待してしまう。
「・・・お前のパトローナムが、」
「へ?わたしの?・・・え、ただの白猫ですけど」
「だからだ」
「え?」
話は終わり、と言わんばかりに歩調を速めてひとりで大広間の教員席に行ってしまう先生を追いかけることができずに立ち尽くす。全然意味が分からない。けれどはぐらかされたにしては先生の様子がおかしい。
「何突っ立ってるんだ。食わんのか」
「あ、ああセブルス・・・あ、ねえ」
「なんだ?」
「リドル先生のパトローナムってなにか知ってる?」
「パトローナム?・・・たしか、黒い猫だったと思うが」
「・・・・・そうか、同じ猫かぶりだったから、怒ってんのかな」
「・・・は?」
「いやなんかね、それでさっきパトローナム出さなかったの」
セブルスが何かもごもごと言いかけていたが、ぐうと空腹を訴える音と同時に視界に入った本日のデザート・大鍋ケーキにそれまでの全てがどうでもよくなる。その名の通り大きくて、砂糖の衣がついたそれにもう目は釘づけだ。これがふたつも食べられるなんて、パトローナムには感謝をしなくてはいけない。ああ、なんて今日はいい日なのだろう!
敗因:落ち貧弱すぎて
|